2009年1月25日日曜日

林道でニギニギ その三

FH000156

 

  で、何を言ってるかってえと、山ではあっという間に迷う、事も有る。増してや、路の無い所に於いてはです。迷わない方がどうかしているのだ。皆さんは、どうかちゃんとした道を歩いて下さい。
 訳が分からなくなった。大野山・高松山に戻ろう。
 高松山に、高校生の時、クラブの連中と登った。制服姿であった。当時の高校生は真面目なのだ、えっへん。その癖ビールを持って行った(え、それ何だ?)。当時は未だ缶は無く、小さな瓶で、多分アサヒスタイニーだっただろう。(有りましたねえ)
 乾杯!栓を抜くと、泡、泡、泡、揺すられ、ぬるまったビールは、泡と消えた。ははははは……。
 大野山に、高校生の時に登った。K、S、(この二人はお馴染みのメンバー)U、D、外数人だった。制服姿であった。当時の高校生はまじ……、止めよう。
 Uは腕を吊っている。体育の柔道の授業の時、私と乱取りをし、私に投げられる体勢になったのに(投げられる体勢になったら投げられろというのが、体育の柔道のルール)、Uは往生際悪く足掻き、変に潰れて伸びた腕の上に私が落下した。ボキッと鈍い音が聞こえた。Uの悲鳴も……。
 それでもUは大野山に登った。腕を吊って。大野山は当時も牧場だった。従って余り山に登った気がしないのだ。だからって高校生には関係ない。山に来ただけで嬉しく、はしゃいでいた。ははははは、可愛いなあ、当時の高校生!
 何か胸が甘酸っぱくなった。(やばい!テルスターとか、プリーズプリーズミーとか、寒い朝とかが、聞こえる。勿論PPMも、星娘も、真珠採りのタンゴや、碧空も!)
 止めた、止めた、おセンチなおじさんなんて、不気味この上なしだ。
 寄(やどろぎ)で撮った白黒の写真が記憶に有る。S、K、と三人で秦野峠から高松山へ歩いた時の物だ。その時は峠への路は未だ辿れた。あれが、登山道では無い所(当時)を歩いた初めての経験だった。
 スタイルはニッカズボンに、キスリングを小型にしたような綿布のリュック。厚手の長袖シャツ。理に適っているじゃんさー。我々は結構やったもんなんだ。そう言えば私の靴はナーゲル!歩く博物館ものだ。(ナーゲルって知ってます?知ってる貴方は偉いと言おうか古いと言おうか、どっちにしろ立派!)
 二十歳位だった。それなのにとても疲れたと前に書いたが、踏み跡、植林道を地図を頼りに行き、たまにボサに入るという行程に、思いの外神経を使ったのだろう。三人とも、疲れたー、と言った記憶が有る。
 で、それが癖になっちまったのが、可哀想な私……。
 高松山・大野山は展望が良い。それに丹沢核心部を南面からじっくりと見る事ができる位置に有る。其の上登り易いのが嬉しい。これから丹沢と付き合いたいと考えている方は、先ず登って見るべき山だと愚考します。

0 件のコメント: