2015年2月28日土曜日

閑話 その百四十一




 一方のあたしは、東野からなので風が通らない。姫次で若者二人が木台に寝そべって居るのに会ったが、彼等はつりまくって蛭は放棄、引き返した。蛭へ誘ったんだけどね。
其のお互いの苦労を、何度も何度も語って喜んで居るうちに二十年経ったのだ。
 頂上には中年夫婦が休んで居た。旦那は木台に長々と伸びちまって、もう駄目。小屋に入ろうとしたら、丁度Yが鹿に舐められて居るのを笑ったおばさんが到着した。
 皆さんくたくたのビショビショで有る。あたし以外は大倉からやって来たのだ。詰まり、Yと何らかの関わりを持って此処迄やって来た諸君という事だ。同志みたいなもんで有る。
 此の日の泊まりは我々の外に六人居たと記録には有る。あと二人が思い出せない。多分単独行二人だったのだろう。主人のR氏は夕刻に登って来た。北岳のパットレスを登って居た由。
 此の夜はR氏が楽しく酔っ払い、花火が見えると一同を起こした。あたしはチラっと花火を見て寝て仕舞ったが、皆さんは喜んで居た様子だ。
 今でも其の時の記憶は鮮明で有る(除く、二人の不明者)。余程暑くて大変だったのだろう。現に大変だったし。
 それと、其の時が初めてYが単独で蛭にやって来た日、というのも記憶を鮮明にする理由の一つだろう。
 詰まり、其の日でYは初心者を卒業したのだ。本来なら、とっくにYは初心者ではなくなって居たのだが、万事に異様に慎重なYの事だ、山はあたしに連れられて行くものと思い込んで居たらしい。
 何の何の、悪場でも藪でも天候が悪くても、Yには何の心配も要らない。立派なもので有る。何せ其れ迄に、散々あたしに引きずり回されて悪場を歩いて来たのだから。時には大いに身の危険を感じ乍らだ。
 此の夜の蛭は、同じ苦労をして辿り着いた人達と、変な仲間意識が生まれて面白かったのだ。何度も書くけど山は一期一会で有る。
そして、夢は其の日の蛭ヶ岳をかけめぐります。

2015年2月25日水曜日

閑話 その百四十




 飲むと良く出る話って有るでしょう。あの試合の時の逆転シーンとか、あの日は結局寝過ごして、高崎で目覚めて夜を明かしちまったなあ、はははは、とかね。
 Yと飲むと、やけに暑い日に蛭ヶ岳で落ち合った話が、飽きもせずに出る。此の話は本文でも触れて居る。
 Yは大倉尾根を登り、つった脚を騙し乍らやっと蛭に着いた。あたしは東野から蒸されに蒸されて蛭に着いた。記録的に暑い日だった。お互いに其の苦労を語っては喜んで居る。
 其れは何時の事だったのかと記録を調べたら、平成七年の事だった。今年の夏で丸二十年経つのだ。此れには驚いた。割と最近の様に感じて居たので。
 うーん、二十年も同じ事を語り続けて居た訳だ。惚けかけなのかな? 其れだけ印象に強く残って居たイベントだったのだろう。
 前述だが、Yは大倉尾根の最後のあたりでつった様だ。ガンガン照らされて居るのだから無理も無い。山頂間近のバルコニーに入り込んで、息をついたそうな。
 塔の頂上では鹿にペロペロ舐められた由。多分汗だらけだったので、鹿は其の塩分を欲したのだろう。おいおい鹿よ、腹を壊さなかったかい。
 大倉尾根で前後したおばさんが二人、靴を脱いで煙草をくわえて寛いで居たのが、鹿とYを指さして笑ったそうな。無理も無い。彼女達とは蛭であたしも会う事になる。
 塔から蛭へは地図上二時間半、もう一寸となのだが、すっかり参ったYにはそうは行かない。丹沢山へはストックに縋ってやっと辿り着いた様だ。気の毒で有る。
Yはよろよろと小屋に入り、ポカリスエットを買った。つるべ落としを下って熊笹の嶺へ登り返し、水場に座り込んで三十分も其の空き缶に水を汲んでは、茫然と飲んで居たそうで有る。聞くだに哀れで有る。
 そして、蛭に着いて三十分であたしが帽子の庇から汗を垂らし乍ら現れたのだ。(続)

2015年2月22日日曜日

閑話 その百三十九




管理棟を覗いたらおばさんが居た。良かった、休みではない様だ。
私「お風呂有りますか」
おばさん「有るよ。何処から」
私「仏果山から」
おばさん「ああ、階段を滑り落ちて来たのね」
 さっぱりした言い方が気に入った。秋深い平日、誰も来ないかも知れないのにちゃんと風呂を沸かして居たのも、気に入った。ま、あたしに気に入られたって何にもなんないんだけどね。
まあ、オートキャンプ場なんで、対象は登山者だけでは無いけども、其の日はあたし一人の為に沸かした様なものだろう。
おばさん「女性風呂が沸いてるから、そっちに入って」
 ま、二つは沸かせないだろうけど、あたしが入って居る時に女性客が来たらどうするんだろうか?
 風呂は露店風呂のみ。洗い場も付いて居るが、露天なので冬はキツかろう。あたしは先ず体を(勿論頭も)洗ってから湯船に入るタイプなのだ。現に此の日も、体を洗って居て奮えちまったぜ。
 飛び込んだ湯はぬるめ。秋でも入ったら出れない。でも、午後の日を受けながら木々を眺めての露天風呂、慌てて出る必要は全くない。ゆっくりと温まる迄入って居た。うーん、幸せだよ。
 湯上りにビールでも飲もうと思いつつ、管理棟に戻る
おばさん「あ、今から行けば丁度バスが来る」
 バス停迄二十分歩くのだ。バスは一時間に一本しかない。此処は残念だが、リュックを背負って歩き出すの一手だ。単独でなければ、一本バスを遅らせて飲む、も有りだけど。
 そして首尾良くバスに乗り、本厚木に出て町田の我が家へ帰ったのだ。
 リッチランドは正解だった。気に入って仕舞った。風呂も良いし、さっぱりしたおばさんも良い。秋から春が狙い目だろう。夏はキャンパーで混むだろうから。又行こうっと。
 併し風呂にも入れない我が身、山の帰りに立ち寄るなんて、今の処、夢の又夢って事で、何とも情け無い話です。