呆然と濁流を見つめていても、結論は一つに決まっている。馬鹿な考え休むに似たり、なのだ。
私「Z、気の毒だが引き返……」
Z「(被せて)大塚さん、橋を掛けよう!」
Zは挫けない男だ。或いは、「引き返す」の一言を死んでも聞きたくなかっただけかも知れない。Zは3m程の枯れ木を引っ張って来た。私も手を貸した。こうなったのは、私の判断ミスなのだ、止めとけ無駄な企てだとは、とてもじゃないが言えなかった。枯れ木を川に放り込んだら、あっと言う間も無く流れて消えた。二人は無言でびしょ濡れのザックを背負った。
やっと下った路を、やっと登って行く。
私は幕営地を探しながら歩いた。稜線へ戻るのは時間的に不可能だからだ。急な路ばかり、たまに有る平地は川原で、増水を考えると危なくて天幕は張れない。日が暮れて来た。行動は限界である。路は平な所に差し掛かっていた。良し、此処で幕営だ。
狭い路に無理やり天幕を張っていると、ポールがポキッと折れた。折れたポールを切り離し、グジャッとした奴をでっち上げた時は、真っ暗になっていた。雨は降り続けている。ポールが折れるような古い天幕だったので、雨は漏り放題、天幕の中には水がたぷたぷと溜り、金魚が飼える有様である。
そこで前に触れた取っておきのマッチの話となるのだ。胸ポケットのライターは、濡れた手で擦ったので、死んだ。Zのライターも濡れて死んでいた。私のライトとローソクを入れる袋の底には、二重に包装されたマッチとライターが有るのだ。フッフッフッフ、登山者の心がけってもんよ(痛い思いをして知った事なんだから、威張る筋合いでは無い)。
タオルを良く絞りって手を拭い、雨漏りに気をつけてコンロに火を点けた。成功!これで遅い食事をとる事ができた。
翌日は雨が上がり、難無く稜線へ戻り、木曾側へ下って無事帰京できたが、車内で一緒になった人達は、我々のすえた臭いに閉口したと思う、何せビショビショの着干し(濡れた服を着た侭体温で乾かす事)だったので、済みませんでした。
迷ったというより、右往左往した話だったが、Zには辛い思いをさせてしまった。でも、良い思い出になったでしょう?(あれ、Kと同じ発言だ)
お互い、迷うのは地上だけにして、山では慎重に、決して迷わぬよう行動しましょう。迷うと、ひどい目大会をやる羽目になっちまうんで。
でも絶対迷わないって事は有り得ないので、万が一迷ったら、じたばたせずに、状況の回復を待つべきで、谷に降りるなんてえのは、絶対駄目ですよ。(老婆心ながら)