2019年5月31日金曜日

柄でも無い事 その七十



 随分前にシナリオのゼミに通っていた話をした。青山のSセンターである。平成十八年に卒業したのだから、五十八才だったのだ。二年近く楽しい事は滅茶苦茶楽しいのだが、作品を貶されて(正確に言うと批評されて)滅茶苦茶悔しかったりした日々だった。
 ふとある女性を思い出した。三十代のやり手で、業界絡みの仕事をしていた。何を思い出したかと言うと、彼女の作品が全く分からなかった事をだ。意味不明なのである。
 ゼミのやり方は、発表者は勝手に黒板に題名と登場人物を書き込んでおく。そして自分で作品を読み上げる。外の諸君はそれに耳を傾ける、ってやり方だ。
 その女性が読み上げる作品はチンプンカンプン、何が何だか分からない。皆の評価は中々良い。先生も高評価だ。あたしは、全然分からないと半分腹を立てて言った。彼女はフン、と言う感じで笑っていた。
 それが三度位続いて気付いた。これは彼女の作品の所為ではなくあたしの所為だな。こっちのアンテナに穴が有って、彼女の作品は受信できないんだ、と。
 コメントするのは席順に回って来るのだが、したくない時、或いは出来ない時はパスすれば良いのだ。それからは彼女の作品は殆どをパスさせて貰った。分かんないだもん。
 面白いもので彼女もあたしの作品はヒッチャカメッチャカ、全然分からないらしい。凄く単純明快な戦国ものでも、馬がやたらと走ってて、全く分からないのでパスします、と言う事になる。あたしも、フンって笑う。
 はっはっは、そういうもんなんですなあw 波長が全く違うのだろう。あちらは男女や人間の機微を、あたしは(できればだけど)骨太に人間の生き死にを、と書く目的からして全く異なるのだから。
 パス合戦(?)を経てあたしの卒業の日(三十本の課題を出し終えた日)に彼女も作品を発表した。最後だから何かコメントをと思って言いかけたが、やっぱりパスします、となってしまった。無理やり的外れな事を言う必要はないでしょうが。
 彼女は、やっぱりパスしますと言われた時は何だか嬉しかった、と。お互い分からないって分かってんですな。

2019年5月27日月曜日

閑話 その二百八十六



 ツェルトの片方は木に紐で結び、入口の方はストックを支えにして張り綱で固定する。ポールなんざ持って来なくても有る物を使えってこってす。
 荷物を入れてYと二人で入ると、当然だが狭い。今迄は三、四人用の広いテントだったので、驚く程狭い。まあ、承知の上だったんだけど、身動きが取れなくて困る。これと同じツェルトに、冬山でN、Kと三人で暮したのだが、どうやってたんだろう? 冬山装備もたっぷり入っていたのに、実に不思議ですなあ。
 Yがごそごそ動くと引っ張られてあたしはツェルトに押される。逆も有る。何でも寝た形で行わなければならない。うーん、意外ときついじゃないかい。
 でも、文句は言うまい。ちゃんと頂上に立てたのだからね。考えれば何時ものテントはゴアじゃないので、広い割に軽い。よし、今度似た様な登り方をする時は従来のテントにしよう。其の位なんてこたあないって。何時でも頭を押さえられているのは辛いでよお。すっかり贅沢が身に付いてしまった我々なのです。
 狭くたって、酒を飲み飯を喰わねばならない。そこは良くしたもので、半身を起こしてウイスキーで乾杯だ。半身でも酒は美味い!
 ザックは縦に置いて、その上に足を乗せて寝る。Yがあっと言う間に寝付くのは常の如しである。碌に眠れないあたしがYを起こして、夜の宴会が始まるのも常の如し。
 谷川岳の時の様に、今回も日本酒一合パックを二つ出して熱燗にした。其処へ梅酢を垂らすのだ。これはすっかりYのお気に入りになった様だ。気の向いた方はお試しあれ。意外と美味しいですよ。
 外は深いガスになった。だーれもいないのだから騒ぎ放題である。実際は騒ぐ訳じゃないのだが、二人とも声は大きいので外に人がいれば騒がしいだろう、と言う意味です。そしてうつらうつらしたらば朝なのだ。(続)

2019年5月24日金曜日

閑話 その二百八十五



 稜線に出てから山頂を目指す訳だが、以前は踏み跡程度の路だった。今回は良く踏まれていて、そこそこの路になっている。このルートで登る人が増えたって事だろう。
 幸いな事にサラッとした気候なので、登るには持って来いである。これがジメーッと蒸すと偉く体力を消耗するのだが、其の点は全く問題ない。従ってYの水消費量も少なくて済む。水を減らしてるので大助かりなのだ。
 一時間弱で大室指からのルートとの合流点に着いた。我々のルートも合流したルートも、共に赤破線のルートだが、大室指からの方がメイン扱いである。道標もそっちを示しているのだ。そこいらもバイケイ草が群れている。
 分岐点にザックを置いて空身で頂上へ向かう。ほんの一寸とで頂上に着いた。やったぜ、ピークを踏めたのは何年ぶりだろうか。
 頂上には二パーティ、五人の登山者がいた。折角だから犬越路への分岐点、詰まり主稜線迄足を伸ばす。と言っても五分で着くんだけどね。小太りのおじさんが犬越路方面から登って来て、その侭ベンチに横になった。相当疲れている様子だ。Yもそうだが、小太りだと辛いのだ。来るだけでも偉い。
 主稜線には木道ができていた。バイケイ草もちらほら生えている。植生保護の為に神奈川県は頑張ってるんですなあ。
 もう一パーティが登って来る。皆さん若いか中年だ。あたしとYが飛びぬけて老けている。連休中だからそうなんだろう。Yも含めて皆さん確りとした登山スタイルだ。作業ズボンに地下足袋なんて、あたしだけだ。
 大室山は木が邪魔して展望が今ひとつだ。丹沢の山は殆どがそうなのだから仕方ない。樹林帯の中級山岳の宿命です。
 頂上を辞して分岐へ戻る。さて困った。バイケイ草だらけでツェルトを張る場所がない。あちこち当たって、数本は踏むが、一番被害が少なそうな場所を決めた。(続)

2019年5月21日火曜日

閑話 その二百八十四



 三月にYと大室山を目指して、ラフに尾根に取り付いたばかりにガレザレに突入して、結局稜線に上がった所で幕営したのは既述だ。五月三日四日、十連休の最中にリベンジと相なった次第です。
 打ち合わせ通りツェルトが宿、缶チューハイはご法度、余分な物は一切持つな、水も二人で5l半で行くぞ、畜生!
 と、復讐に燃えた我々は(何に復讐?)再びあたしのボロ車で神ノ川ヒュッテに入った。流石に連休中ですなあ、彼方此方にオートキャンプの諸君が王宮の様なテントを張っツている。フン、良いのさ、こっちはツェルトでぃ!
 念の為にツェルトを説明しよう。こんな愚ログを読む人には不要だろうけど、ひょっとして知らない人がいるかも知れないので。
 ツェルトとはビバーク用(不時露営、詰まり想定外の露営。まあ、遭難寸前ってこってす)の簡易テントの事。軽くて小さくて、二人用テントより一寸と小さい。基本は木に紐で結ぶが、ポールを使って自立させる事も有る。多くの場合は頭から被って命を救うです。悠長に張ってる暇なんざない、って局面が不時露営ってもんなんでね。
 Yは何時もより二回り小さなザックで来た。シェラフはスリーシーズン用だし、大型コヘルもいらないのでね。それにしても色々と多彩な装備を持ってるもんだ。
 今回は変な行動は避けて忠実に登山道を行く。え、それが当たり前だって? そうなんだけど、つい、ってあたしの悪い癖です。
 実にスムーズに稜線へ上がれた。三時間弱で着いた。前回の大騒ぎは何だったんだろうって塩梅なのだ。路を行くとはかくもスムーズなものなんですなあ。
 驚いたのは、一面バイケイ草なのだ。前回テントを張った所もバイケイ草が一面に有る。へー、大室山にバイケイ草が有るなんて知らなかった。(続)