2019年5月8日水曜日

山の報告です その九十二



 緊迫した状況は続きます。斜面(ほぼ崖)に向かってYの左側は石楠花が密生している。それを手掛かりに、Yはアイゼンの出歯を蹴込みつつ戻って来れた。
 いやああぶねえあぶねえ。これでYが落ちていたら、あたしの無事故歴五十五年はパー。勿論それはどうでも良くて、Yの家族に会わせる顔なんざない。一生会わせる顔がない。本当に無事で良かった。
 聞くと、右足で雪を踏み抜いたとたん崩れて、右へ落ちたのだ。瞬間にザックの重みで向きが仰向けに変わった。と、左手が引っ張られてそこで止まった。石楠花にピッケルが飛び込んでがっちり支えられ、手首と結んでいる紐が左手を引っ張ったのだ。
 そんな事って有るんですなあ。ピッケルを落さない為に紐で繋ぐが、相当確りした紐ではある。それがYを救った訳だ。ピッケルががっちりと石楠花に支えられたのも凄い。浅い入り方ならスルッと抜けて終わりだろう。
 Yは体が崩れた瞬間仰向けになったのだから左の石楠花にピッケルが飛び込むには、左手にピッケルを握っていなければならない。痩せた雪稜通過の時雪庇が左側に出ていると書いた。すると稜線の右下を歩く事になる。常に右に下る斜面のトラバースなのだ。Yがやりにくそうなので、左にピッケルを持って行く、但しピックを前に持ち、万一の時はピックを雪に刺して体を投げかけて体重を掛けろ、とアドバイスをしたので左ピッケルだったのだ。そうしてなければ、谷底迄一直線だったのである。うー、恐ろしい。
 取り敢えず無事で何より、未だ未だ先は長い。もう十時になっている。十時の汽車なんか夢の又夢、無事に下るのが最大の目的って事になった。
 幸いな事に樹林帯冷や冷やも終わった。たまに夏道も見える様になって来た。ひたすら歩いて貰うしかないのであります。(続)

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