石楠花こぎは辛いとしょっちゅう書いて、すっかり悪役にされて居るが、今頃はこんな可憐な姿なのだ。
しかし、正体を知って居るあたしは、其の見た目にゃ騙されないからね。
あれ、少し人間が歪んで来ちまったかな?あんまり辛い思いをさせられたから……。
2011年6月30日木曜日
おまけ
2011年6月26日日曜日
閑話番外 その五十一
2011年6月25日土曜日
閑話 その六十九
イラストのコンロはキャンピングガス(株)製で、使用するガスは青色のコールマンのガスで有る。
もう三十年使用して居るがビクともしない。バリバリの現役で有る。他の人達のコンロはどんどん変わり、火力もあたしのコンロの倍以上は楽に有るが、使えるうちは使うのが、我がポリシーなので、ずーっと此れで行くつもりだった。
ガスのストックが3個になったので、穂高に行く前に買いに行った。白樺スポーツで有る。ガスの棚に青が無い。店員に聞くと製造中止になったので、もう無いとの事。
慌てて新宿へ出て、ICIへ行っても同じ答えだ。
店員「上を(コンロの事)買い換えるしか無いですね」
ガックー……。
そりゃあ古いもんだから、性能は落ちるとは言え、未だ充分に使える物を、ガスが無い為に破棄するなんて、あんまりだ!
何たって思い出が詰まって居る。どの山でも奴と一緒だった。冬は、小さく火をつけて手をかざして居た。コンロを消すと、テントがしぼみ、見る見る氷の花が咲いた。
小屋の自炊場では、カップで湯を沸かし、他の客を見ながらコーヒーを飲んだ。
春は、イラスト通りの、歪んだ鍋の蓋をのせたコッヘルで雪を融かしてくれた。火力が弱いので時間は掛かるのだが、一服つけて酒を飲んで居れば良いのだ。
朝は真っ暗な中、ゴーと青白い火でモーニングコーヒーを沸かしてくれた。其れから一日が始まるのが、決まり事なのだ。
あと3個のガス。ま、意外ともつんだけどね。冬山二泊で1個半かな。雪を融かし、常に暖房として焚いて居てもだ。
でも、時間の問題なのは間違い無い。一番売れてる物を買おう。もう製造中止は御免だ。
2011年6月23日木曜日
クソ面倒な話 その三十三
リサ・ランドーラの「ワープする宇宙」を再度読み始めたと、前に書いた。そして読み終えた。注釈を抜いて617ページ、厚い本で有る。 歯が立たなかったのは、全く同じ。駄目なもんは繰り返しても駄目って事だ。
情無い事に、あたしが「ワープする宇宙」に二度挑戦しても、さっぱり分からん。詰まり、リサ・ランドーラの説が正しいかどうかは別問題なので、其れはやがて検証されるべき事柄なのだが(其れを科学と称する)、彼女の説が、正しいかどうか以前に、分からないと言うのは、馬鹿で有る。従ってあたしゃあ馬鹿で有る(涙)。
でも、あんな話を(除く専門物理学者)誰が分かるのだろう?彼女は誰を啓蒙したくてあの本を書いたのだろう?誰も分からない本だと、あたしは思うが、中には分かる人も居るのだろうが、其の人は素人では無い筈だ。
多分出版社も分かって無い。そうとしか思えない。訳者とアドバイザーは別だ。ある程度理解してなけりゃあ、ハチャメチャになっちまうだけだ。
詰まり、分かって居る人も居るんだ。
電磁力、強い力、弱い力、重力の4っつを統合するには、10次元が必要なんだろうけど、10次元どころか5次元でさえ全くイメージ不可能。
頭が硬くなり、固定観念から抜け出せなくなって居るのだろう。あたしが三十代なら、あっさりと、言わんとする処を理解したかも知れない。
重力が局所集中して居る場合、重力ブレーン近くにKK粒子は集中する。
??????
もう一度挑戦して見るかな。勿論嘘です。三度読んでも分からないに決まって居る。彼方此方の図書館にも置かれ出したので、分かる人も結構居るのかな。
2011年6月19日日曜日
休題 その六十七
ダニー・ボイルとは気が合わない、と何処かに書いた。相手には痛くも痒くも無いのは先刻ご承知の上でだ。
反りが合う合わないと言うのは、感覚の問題なので、良し悪しとは無関係で有る。
其の気の合わないダニー・ボイルの作品を朝っぱらから観に行って来たのだが、題材に引かれて行ったので、題名は「127時間」。
ご承知の方が多い(此処に来る人が少ないんだから、多いは間違いでした)だろけど、実話を元にした作品で、渓谷で落下して来た岩に腕をはさまれ、脱出不能になった男が、自ら腕を切り落とし、生還すると言う、半ドキュメンタリーだ。
因みに、其の渓谷は、「明日に向かって撃て」のモデルになった二人組のギャングの策源地だったそうで、アメリカも広い様で狭いなあ。
身につまされて、其れもとことん身につまされて、全く人事(ひとごと)では無い映画になっちまって、仕舞いには泣けて来た。
あたしだって、一つ間違えてれば、似た様な状況になって居たかも知れないんだから。春は人の居ない雪山、ま、最近はYと一緒だから良いけど、昔は単独だった。沢はマイナーな、誰も入りっこ無いとこを好むので、其処で足でも折れば、ハイ、其れまでよ~。
鋭利な刃物でも有ったのだろうと思って居たら、全然切れない中国製のナイフ。其れを使って腕を切り落とすシーンは、目を背けて仕舞った。
あ、骨は体重を利用して折って置く。切れっこ無いから。ネタバレ?此の位は良いでしょう。其の位分かって居たって、全く映画の面白さを損なう事は無い。
あたしが山登りが趣味で無ければ、泣く程では無いかも知れない。でも、手に汗握り、矢張り身につまされるだろう。
山に行く時は行き先を書き残す、と決めた。
2011年6月18日土曜日
山なんか嫌いだ! その三
夏で良かった、専務は一晩其処で明かした訳なのだから。北陸なので、冬だったら一晩はもたないだろう。
朝になったら、見通しが利いてどうにか林道に下る事が出来たそうだ。初心者なので、変な所で動きが取れなくなって居たのだろう。でも、動かずに朝を迎えたのは正解なのだ。暗い中を動き回っても、ろくな事は無い。
林道で彼を探しに来た救援隊と出会った。さぞ嬉しかっただろう。専務はそこら中蚊に刺されボコボコだったそうだが、何より無事で目出度い。
地元の新聞にも載って仕舞ったが、小さな山だったから蚊に喰われる位で済んだ。多分専務は、山なんか嫌いだ!とあちこち掻き乍ら心で叫んだ事だろう、はっはっはっは。
笑い事では無い、不謹慎でした。でも山仲間は無事に済んだ遭難話は、大笑いして楽しむネタなのだ。何たって無事なんだから、こんな良い事は無いのだから。
家族、友人が山で死んだら、山なんか嫌いだ!と言いたくなるかも知れない。でも、一寸と違うんだなあ。何でそんなドジを踏んだんだ、と凄く怒る(悲しむ)だろうけど、決して山の所為では無いのだから。
でも、其の山が無ければ、其の死も無い。
で、其の山を嫌う場合も有り得ると想像出来る。特に、子供を山で亡くした親はそう思うでしょう。全く当然です。
幸いにして、私は山で死人どころか怪我人も出した事が無いので幸せなのだが、本格的登山者のNやIはそうは行かない見たいだ。
Nは冬の硫黄尾根で遭難者を出し、警察で取調べを受けた。彼は其処に行っていないのだが、有名山岳会の其の冬の幾つかのパーティの総リーダーだったからだ。
仲間が死んだ上に警察ざた、さぞや辛かっただろう。でも仕方無い、総リーダーなんだから。遭難の責任も負うべき立場なのだ。流石のNも、山なんか嫌いだ!と思った瞬間が有ったのでは?
多分無いだろうな、そんなにヤワな奴じゃ無いんだから。と言い乍ら、其の瞬間が有ったと、私は勝手に思いたい。だって、Nだって人間なんだから。しかも人並み外れた人情家なのだ。
其の点私が様な好い加減な山好きは、そんな悲しい思いをしないで済んで、とても嬉しい。でも、私だって山のリーダーは百回以上は勤めてるんですぞ。無事故無違反、ゴールド免許なのだ。ま、絶対に危ない所には行かないからだけどね。ゴールド免許は運転しない人専門、と同じ事ですなあ。
無事が一番、山の事故は既に敗北。勝ち負けでは無いのだが。
外には思い浮かばない。あ、林道歩きもウンザリだ。此れは長くなるので次の章とします。お楽しみに(嫌?)。
2011年6月16日木曜日
休題 その六十五
ターミネーターも新シリーズに入った。旧作と同じく三部作になるらしい。勿論調べも無いので、単なる噂を書いただけだ。
と言っても、T3はターミネーターシリーズとしては扱わない、との意見も有るそうで、割と冷たく扱われて居る。
あたしは決してT3を嫌っては居ない。唯、T2,5だな、とは思って居る。それに、前作から見ると、多少面白みが欠けては居るが、此れは前二作の出来が良すぎた、と解して居るのだ。
で、四作目。いそいそと見に行きました。何だこらー、何間違えてやがんだ!の世界でがっかりした事、期待を裏切られた事此の上無く、プロデューサーと監督とライターを、焼酎を浴び乍ら罵りまくったのだ。
完全にB級映画になっちまった。あたしゃあ何度も言う通り、B級映画大好き人間なのだが、ターミネーターをB級映画にしたくは無いのだ。理由は簡単で、ターミネーターが大きい好きだからだ。
もっと真面目に、ジョン・コナーが如何にして防衛軍を造り上げ(此れが四)、如何にして、全軍のリーダーとなって行き(此れが五)、どうやってスカイネットに反撃して行くか(此れが六)を描けば、其れなりに立派なターミネーター作品になったんじゃないのかい?
でも、ターミネーターの怖さは、日常を突然襲う恐怖なのだ。一方エイリアンは密室の恐怖で、都会にエイリアンが出現しても、恐怖はエイリアンの正体が不明なうちだけ。
T4は訳が通らない。納得出来ない。カート・ラッセルが主役の映画だと思えば、まあそこそこだ。或いは、セガール主演でも良い
其れでも、あたしゃあターミネーターフアンなんで、ああはして欲しく無かった。次作は造るのだろうか?造りゃあ勿論見に行くけど、がっかりさせないでね。
2011年6月14日火曜日
山なんて嫌いだ! その二
人の病気は、幾ら克明に話を聞いても分からない。全然分からない、と言うより実感出来ない。自分が同じ病を持って初めて分かる。此れを同病相哀れむ、と言うのです。
冬山の撤収とはそう言う訳で、山すら嫌いと思わせるだけのパワーが、私にとっては有る(もし冬山に行けばSにも)。大体からして寒い中(氷点下三十度近い)、ギンギンに冷え切ったテントを畳みポールを収めるのだから、あっと言う間に指は凍り始める事になって仕舞うのだ。
悪天候、ガラガラの登り、うーん、だからって山を嫌う謂れは無いし、強いて言えば薮かなあ。其れもどちらかと言えば、好んで入った訳なんだが、昨年(平成二十一年)の春山の様に丸一日続くと、流石に山なんか嫌いだ、となる。
山の報告で掲載済みなので重複して仕舞うけど、石楠花と雑木と笹の絡み合った所を、こじ開けつつ行く歩みは、遅々として進まず、おまけにどうして進めないんだ、と足掻くと確りと体に蔦が絡んで居たりする。
蔦の絡まるチャペルなら良い、祈りでも捧げて下さい。山の蔦は体重を掛けたって切れっこ無い。何歩か下がって外すしか手は無いのだが、此れが面倒極まり無い。こっちは、目を動かすのさえ辛いんだから。
辛さの余り、「お蔦、俺と別れてくれ」と思わず呟く(勿論心の中で、口に出す力は無い)。ふっふっふ、此の台詞、余りに古くて分からないでしょうね。
それで、其の苦しい行為が一日中続く。ね、きっと貴方でも叫びたくなるでしょう、山なんか嫌いだ!
Nに聞いた話だが、新雪の胸迄のラッセルを、其れこそ汗だくになって頑張って、百メートル(二百だっかな)しか進めなかったそうだ。ま、其れよっかは増しだけどね。でもNはそんな時でも、山なんか嫌いだ!とは叫ばない様だ。うーん、流石に本物の登山家だなあ。
石楠花と雑木と笹の絡み合った所を、こじ開けて登るのは、一度お試しになれば、山嫌いになれる事請け合いです(除くN)。余程確りした布地でなければ、ズタズタになるのでご注意下さい(え、そんな馬鹿はやらないって?其れは正解です!)
私が前に勤めて居た会社の顧客だった、金沢の医療器会社の専務が、突然山に行かんぞと志し、裏山に登った。夏の事だった。そして、どう言う訳か下りを間違えて沢に下りて仕舞った。
典型的なパターンで有る。路を外れて居るのに気が付かず、変な踏み跡を下ると、踏み跡も消えて、本来は其処で登り返すべきなのだが、登るのが嫌で何と無く下って沢に出て、滝が有ると其処でニッチもサッチも行かなくなって仕舞う。どれだけの人が同じ状況を辿った事か。
(山なんて嫌いだ! その三へ続く)
2011年6月12日日曜日
閑話 その六十八
その4 暑さ寒さを当たり前と思える。
そのうちに本文に出て来るけど、越後の山は暑い。半端じゃ無く暑い!丹沢だって暑い時は酷く暑い!アルプスだって、アブローチは嫌になる程暑い!
寒いとなると、これまた寒い。前述の通り、過冷却水の流れをコヘルに汲むと、見る見るうちに氷の塊となる。シェラフに入っても、寒いのでは無く冷たいのだ。定期的に、ぶるっと震える。寝ちゃ居られないが、うとうと寝てるもんなんです。 で、暑いも寒いもどうし様も無い。勿論、ブツブツ言っても怒って見ても、何にもならない。そう言うもんだと心得るしか無いのだ。
従って、里でも暑いの寒いのと言わなくなる。言うのを愚痴と言う。愚痴を言わなくて、出度いのが、登山者で有る。
その5 観光地が詰まらなくなる。
あ、失礼、此れは欠点だった。
前の会社の同僚で昔山をやって居た同僚が、良くそう言って居た。何々の滝だとか、何処其処の絶景だとか言われても、山と比べるとチャちいんで、面白くも何とも無い、と。
此れは国内に限った話で有る。海外なら、息を呑む様な観光地も有る事だろう。
で、温泉は良いけれど、彼方此方みて回る気が無くなる奴(たとえば私)も出て来る訳なのだ。ま、大して害にもならないから、放っといて下さい。
登山をする利点を並べて見ると、丸でホームレスへの準備段階の感は有る(不適切な表現をお詫びします)。
でも、逆境に耐えて逞しく生きて行くタイプになるで有ろう事は、保証出来ます。
もしも山と縁の無い貴方(そんな人は読んでっこ無い?ご尤も)、此の機会に山登りを始めたら如何です?新緑が見事ですよ。
2011年6月11日土曜日
山なんて嫌いだ! その一
山なんて嫌いだ!と、言いたくなる時の話です。変な章ですなあ。
バテて歩いて居る時には、常にそう思って居るのだ。年と共に其の確率は、鰻登り指数級数的に増大して居るのは、我乍ら悲しい。其の癖、帰りの列車の中では、次に登る山を考えて居るのだからお目出度い。
其れは、山に登る人間には余りに当たり前の事なので、バテて歩いて居る時以外の事としよう。
そう規定すると、難しい。滅多に無い。全然無いのかと問われれば、否と答えざるを得ないので、壊れ掛けた頭を絞って(おいおい、もっと壊れるぞ、無理するんじゃ無い!)何とか思い出そう。
有った、畜生、冬山の撤収だ。何が嫌だって、こんな嫌なもんは無い。ムカデの大軍に囲まれた方が未だ増しだ(うーん、此れを否定する権利は留保させて下さい(ペコリ))。山なんて嫌いだ!
大山の章で、寒さで指が動かず、リュックのファスナーをKに閉めて貰ったと書いた。詰まり、Kにとっては寒くても指は何でも無いが、私には駄目と言う事だ。Sにいたっては、其の時には指が透き通ったんだから、もっと駄目なのだ。スキーの名手(?)のSが決して冬山に行かないのは、指が凍るからなのだろう。
で、私も同じ。冬山に入れば私とSの差なんざ、全く無いと同じ世界なのだ。従って私の指はすぐ凍る。
一番暗いのは夜明け前と言うが、其れは間違いなので、夜明け前は薄っすらと朝の気配が漂って来るものなのだ。一番寒いのが夜明け前なのだ、と言うと思ってるでしょう。(人差し指を振って)チッチッチ、残念でした、私がそんな間違いを言う筈なんざ無いのだ(ま、たまには間違えるけど)。一番寒いのは日の出直後なので、後は日光の力で気温は上がるのです。
情無い事に、其の一番寒いタイミングでテントを撤収するのが、時間的なセオリーで、オーバーミトンを嵌めて居ては撤収作業は不可能、従って毛糸の手袋で作業をして居たら、手が痛くて耐えられず、手袋を取ったら指が透き通って居て、慌てて口に咥えたら口内にくっ付いたのには驚いた。
指が凍り掛けて居た訳で、口内で温めてから手袋を嵌めて作業を続けたが、指はジンジンと激しく痛くて、本当に泣く思いで有った。西穂小屋の幕営地だっただろうか、聖岳の肩だっただろうか、ま、何処かでは有るのだ(惚けです)。
其の時ばかりでは無い。何時でも冬山の撤収は、指の痛さで泣く思いをするのだ。此れは、指が寒さに強いKやNやIやTには決して分かって貰えない事で、Sならば、絶対に良く分かってくれる筈だ。ふん、どうせ外の奴等は、面の皮と指の皮が厚いのさ。私とSは繊細なんだよーん(自棄?はい!)。
(山なんて嫌いだ! その二へ続く)
2011年6月8日水曜日
柄でも無い事 その三十
焼き物と言えば有田、焼き物代名詞です。
金曜日に出張が終って、長崎の大村航空から羽田に帰るのがセオリーだが、勝手に有田で泊まって、焼き物を見てから(焼き物には限りません)帰京するのも有りだとは、出張員なら常識の事。
自費でやるこったからね、文句は有るまい。
突然行ったって、有田あたりは宿が取れるもんなんですなあ。で、翌日は、有田の焼き物を見放題。本当の贅沢って、こう言う事なんですよねえ。
御承知の通り、日本の磁器の発生は有田なので、圧倒される程の遺跡・遺品が残って居るのだが、何せ無精者代表を自認するあたし事だ、傍迄来て居るのに足を伸ばさず、焦点を焼き物屋のみに絞り込む。
線路に沿って歩き乍ら、其処中の店を覗くのだ。良い品物のオンパレード、流石有田。
併し、面白いもので買おうと思う物、或いは手を振ってあたしを呼ぶ品物が無い。此れは、結局あたしは美濃好みなんだな、と理解した。詰まり磁器より土物好み。
とか思い乍ら歩いて居ると、矢張り財布に見合った良い物と出会うんですよ、此れが。うーん、磁器も良いなあ、と気付かされるのだ。
財布に見合うと言うのは非常に大切な事で、別の言い方をすれば、分に適う生き方、なので、其れを弁えないと。酷い悲劇が待って居る訳なのです。
有田は偉く風情の有る町で、焼き物も買い放題、其れも良い物ばかり(物の好みは別にしてです)。
欠点は、行きにくい。でも。行く気が有れば行ける(当たり前、アマゾンじゃ無いんだ)。是非お暇なら、行っても損は無いですよ。
写真は、出張の時買った物とは全く別のコーヒーカップなんで、鎌倉にも此の作者の品物を扱う店が有ります。女性に人気です。
2011年6月4日土曜日
クソ面倒な話 その三十二
一応核発電所の写真を用意したけど、誰もそんなもん見たくも無いだろうから、文章だけ。
その三十一で核発電を擁護したが、日本人の傾向として、何か有るとドドーッと一方に走るので、今に反核発(核発電が此処での表現と決めたので)が圧倒的多数になって行く筈だから、あたし位はとことん抵抗して見よう、と言う意味合いも有るのです。
二十九でも触れたが、代換の方法が無い。
繰り返さないが、技術的問題の他に、金額的問題も有る事を書いて置こう。日本での費用で、一時間に1KWの発電とする。単位は当然円。
水力発電 8.2~13.3
石油発電 10.0~17.3
LPG発電 5,8~ 7.1
核発電 4.8~ 6.2
太陽光発電 46.0
風力発電 10.0~14.0
尤も、事故が起きれば核が一番修復が面倒だし、費用も掛かる。でも、事故さえ無ければ、べらぼうに安い。おまけに、増殖炉に至っては、燃料を使用し乍ら増やすのだ。使えば使う程増える!前に説明したので説明は抜き。
世に出しちまった悪魔に、退散を祈るだけで無く、役に立って見ろ、とあたしゃあ発想する。どうせ、兵器としてはノウノウと存在するに決まってんだし、存在してんだから。
LPG発電と経費は余り変わらない。併しLPG発電とは天然ガスだから、当然Co2が出放題。さて、放射能で死ぬか、温暖化で死ぬか、これは難しいですなあ。好みでしょう。
中国は、今年十五基の核発電所が起動する。安い価格でどんどん電力を提供する中国と、高い電力、それも不足気味が目に見えて居る日本との差は、著しく開くだろう。フンフン、嬉しいなあ♪
クーラーやドライヤーを棄てる覚悟が有って核発電に反対するなら、嫌々乍ら、同意です。(核発電は無いに越した事は無いとは、あたしだって思ってますよ!)。