2012年11月28日水曜日

Gパンにご用心 その二




 写真は山頂より北方を望んだところです。。 
 さて、そんな技も目印の鉄塔が有ればこそなので、もう出来なくなっちまったのだ。
 平成十八年版の私の最新地図(!)には諸戸の営林事務所の記載が無い。古い地図を見たら矢張り記載は無い。但し、諸戸の地名は書いて有る。新しい地図には地名も無い。オートキャンプ場の記載が有るのみだ。
 詰まり、随分長い事諸戸に行って居ないのだ。だから何にも分からない。最後に諸戸を通った時は、確か長男が小学生低学年だったから、少なくとも十五年は前だ。札掛の章に書いた、妻と長男を連れて雨の札掛へ行った時なのだ。
 驚いた、本当に爺さんが危ない記憶を頼りに綴る愚ログになっちまったぜ。ま、そんなもんだとは最初からお断りしてるんで、良いってこったね。(でも、自分が驚いた!)
 諸戸から登った事が、もう一度有る。カンスコロバシ沢と言う、変わった名前の沢を詰めた。そう苦労もせずに、大山の一寸と北側の北尾根(変な表現!)に立てた。大山山頂は人でごった返して居るに決まって居る。初夏の天気の良い日だったから。
 で、気持の良い林の、しかも静寂な北尾根で休憩と決めた。此処迄は上出来だった。が、伏兵が居た、アブで有る。膝の裏に激しい痛みを感じた。「いててて!」と振り払うと、でかいアブが凱歌を上げて飛び去った。
 噛まれた痕には小さな穴が開く。やがて堅く腫れ上がり、一週間は痒さを楽しめると言う特典付き、是非一度お試し下さい!
 大山から東へ下って見晴台に到り、其処から水平道で下社のケーブル乗り場へ帰るのが、一般的ルートだ。東に下り始めて暫くで左に尾根を分けるが、此れが大山三峰(ッは入らない)に続くのだ。
 (Gパンにご用心 その三へ続く)

2012年11月26日月曜日

柄でも無い事 その四十一




 詰まらない事を、自慢げに話す奴が居る。是非勘弁して欲しいですなあ。で、今回はあたしがその自慢する奴になるのだ。フッフッフ、逃げたい方は、今のうちですよ!
 最早誰も残っちゃ居ないだろう。こうなりゃあ好き放題だぜー!(自棄? うん……)
 零細山岳会のパーティで、大昔奥多摩を歩いて居た。場所は?ん、何せ大昔なんで、覚えて無い……。
 丁度谷を挟んで尾根が有る。そう、こだまの絶好地点だ。彼方此方のパーティがヤッホーを掛けて居る。勿論、うちのパーティの諸君もヤッホーを掛けて居る。
 大勢のヤッホーが交差して、良い感じで、耳に心地良い。其処に加わらなきゃあ山男では無い。自称山男のあたしとしては、勿論キスリングを背にして両足を踏ん張り、両手を口に当てて思いっ切りヤッホーを掛けた。
 谷間にあたしのヤッホーが響き渡った。其れも、何度も何度も。其のヤッホーが尾を引いて消えると、静寂になった。皆さん、余りに見事なヤッホーに沈黙して仕舞ったのだ。
 書いて居て汗が出た。えーい、構うもんか、最初から自慢すると宣言してるんだから!
 其の自慢する事が碌に無いのが、我乍ら哀れで有りますなあ。
 「大塚お前、粋だなあ」と言われた事が有る。あたしは自分を結構粋な奴だと思って居るが、人様はそうは思って居ない様だ。世の中とは、侭ならぬものだ。
 何の時かって?何、テントの中か避難小屋か忘れたが、ローソクが点いて辺りを照らして居た。勿論山用の太い奴だ。
 あたしは煙草をくわえ、ひょいとローソクを取って、其の炎で煙草に火を点けた。其れだけの事なので、言われたあたしがキョトンとした有様。他からも賛同の声が有ったから、きっと粋に見えたのだろう。当たり前の行為なのに。
 あー、柄にも無く自慢は、疲れる……。

2012年11月23日金曜日

Gパンにご用心 その一





 これまた大分昔(三年一寸と前かなあ)に大山を取り上げた。何たって古い話なので、改めて取り上げよう。え、嫌だって?ガキじゃないんだから我侭言うんじゃありません!!
 大山は目立つ。とても立派だ。流石丹沢の玄関と言われるだけの貫禄が有る。東伊豆からも、箱根からも、とんがった姿ですぐ其れと分かるのだ。
 目立つから良い訳ではないが(特に人の場合)、山は矢張り見た目が大きい。何も特徴も無い山を、誰が目に止めるだろう。ん、其れは人にも当てはまる?面倒なんで、スルー!
で、大山は新幹線の車窓からもはっきり望め、表丹沢よりも印象が強い位だ。やっぱり山は見ても立派が良いなあ。(話が滅茶苦茶なのが此の愚ログの売りなんで、其のうち平気で、山は見た姿と無関係だ、とか言い出すのに決まって居るのだ。其の時はご勘弁を)
 大山は綺麗に南北に尾根を伸ばして居る。昔は南北共路の記載は無かったが、今は登山道扱いされて居るのはご承知の通り。南に至っては、一部林道にすらなって居るのは前述(閑話とハイクへのお誘い高取山を、参照)。
 で、北だけど、ミズヒノ頭を経て一ノ沢峠へ至る破線なのだが、鉄塔の記載が無いので、迷わず行けるのだろうか。尤も今は昔じゃないのだから、きっと踏み跡も確りして居るんだろう。でも、鉄塔と電線の記載が有れば、間違えっこ無くしかも簡単に、位置の確定が出来るのだ。
 まあ良い。テロ対策だと思って諦めよう。あ、書き方が悪かった。幾ら昔の地図でも鉄塔は記載されて居ない。高圧電線の経路が記載されて居たので、尾根を横切る所に鉄塔が有るな、と推定するのだ。
 諸戸から黒い破線(当時の五万図、今は無い)を追って、大山へ登ったのは前述の通り。其の時はイタツミ尾根を途中迄下って登山道と別れ、春岳山のピークを踏んでから一気に東に下った。勿論路では無いが、鉄塔が絶好の目印だ。林道に降り立った二十m先に、私のボロ車が待って居た。大当たり!
 (Gパンにご用心 その二へ続く)

2012年11月22日木曜日

ハイクへのお誘い その二十三






 雨山は南東側の展望が開けた、ブナ林帯の気持の良いピークだ。檜岳(ひのきだっか、くどい?)や伊勢沢ノ頭も良い所なのだが、植林の影が有る。従って最も自然なピークは此処となる。
 あたしの登った日は、初老の夫婦が日溜りで、景色を見乍ら弁当を使って居た。処で、弁当を使うって、最近聞かない。最早死語なのだろうか。
 彼等はあたしと逆コースを来たとの事。今日会ったのはあたしが最初だそうで、こちらも同じ状況だ。



 二人と別れ、進むと道は下る。下るに従い檜岳が競り上がって来て、登り返すのが大変そうだが、取り付けば思いのほか直ぐに頂上(1166.8m)に立てる。雨山からは三十分一寸とで有る。
 次のピークが伊勢沢ノ頭(1177m)だ。檜岳からも三十分一寸とだ。巧く行けば富士山が見える頂で有る。



 此処迄の行程は、右は蛭から檜洞丸の山々、左は平野部が広がると言う、素敵な展望なのだが、樹木が邪魔する事が多く、ぱーっと開ける事は、そうは無い。
 さて、伊勢沢ノ頭からは多少踏み跡が不明瞭になるので慎重に。五十分で秦野峠へ下り着く。此処は旧峠で、林道秦野峠に行かなければならない。
 最初はアップダウンを繰り返すが、直ぐに下りとなり、下り切って枯れ沢を渡ると標識。



 撤去となって居るので、直ぐに無くなるだろうが、誤解をしやすい表記だ。此処で下ってはいけない。巻き道を登るのだ。下りの道は沢に降りて終ってしまう。
 一登りさせられ、今度は急な下りが始まる。降り立った所が林道秦野峠で有る。三本の林道が集まって居るが、一番左の道が正解で有る。秦野峠から林道秦野峠へは二十分だが、もっと長かった様に思うのは、疲れが出た為だろう。
 さあ、一時間十分の林道歩きが始まる。とは言っても広々とした谷間の林道下りなので、気分が良くて、そう長くは感じない。やがて橋を渡ると、朝通った林道出会いで有る。
 此のルートは地図上で七時間三十五分、結構ボリュームが有る。変化も有る。で、迷う可能性も有る。余り人が入らないのは無理も無い。併し、良いコースですよ。

2012年11月19日月曜日

ハイクへのお誘い その二十二





 さて、山道に取り付いても直ぐに河原に戻される。進むとストップの印が有る。



 此処を右に山道へ入る。登って下ると又沢だ。対岸には鎖が有る。



 我乍ら、何と詰まらない案内なのだろうかと呆れ返る。山慣れた人なら、こんな案内は余計なお世話で、河原や沢歩きが多いので、マーカーを見落とさないで、と書けば済むのだ。第一、こんなに克明な説明の必要な初心者は、行ってはいけなかったんじゃなかったのかい?
 そう、全く其の通りなのだ。よし、ラフに行こうじゃないか!!
 山道は気持が良い。木橋も確りして居る。沢も幾つか渡るが、対岸に道は見つかる。結構アップダウンを繰り返し、沢に降りたり登ったりなので、くれぐれもマーカーには気を付けて。
 最後には沢を歩く事になるが、マーカーの連打で有った。尤も、台風が来ればマーカーは消え去るだろうから、良く見乍ら行って、沢から抜ける道を見逃さない様に。



 沢から離れたら、一登りで雨山峠にご到着だ。下って来る林道の出会いから(詰まり車止めから)二時間程を要する。此処迄が一番迷い易い所だ。
 もし間違ったと思ったら、躊躇する事無く、明白な地点へ戻るのが絶対の鉄則なので、繰り返して述べておきます。
 雨山峠は、木の台と道標が出迎えてくれる。狭い峠で有る。右に行けば鍋割山、真直ぐ下れば玄倉林道の雨山橋。今回のコースは左へ登って雨山へ向かうのだ。
 稜線を行くのだが、九十九折の登りは、此の季節は枯葉に隠され、外し易いので気を付けて慎重に。まあ、そんな区間は僅かな間なので、心配する迄も無いか。
 峠から四十分も登れば、雨山(1176m)に登り着く。(続)

2012年11月16日金曜日

ハイクへのお誘い その二十一





 前回に引き続き、初心者のみでは不可のルートです。必ず経験者と同行願います。
 雨山峠から檜岳(ひのきだっか)山稜を歩いて、秦野峠へ出ようと言うもので、立派に
登山道扱いされて居る癖に迷い易く、入る人も少ないので、取り上げた次第。
 新松田から寄(やどりぎ)行きのバスで終点迄入る。三十分弱で有る。寄とは変わった
名だが、山奥の部落に拘わらずに人家も多く、驚く程に良い所なのだ。一見の価値有りです。
 バスを降りたら川に沿って山に向かう。橋を渡ってはいけない。あたしが勝手に弾丸道
路と呼んで居る、一直線の自動車道を行くのだ。左は川、右は色々な観光客相手の店なの
で、帰りに寄る所を物色するのも良いだろう。
 やがて道はうねうねとし傾斜も増す。四十五分も歩くと、左から確りした橋で林道が合
流する。秦野峠からは、此処へ林道を降りて来るのだ。
 雨山峠へは真直ぐ行く。併し道路は車止めで封鎖されて居るので、其の脇を擦り抜る。
直ぐ右に管理棟、其の先左にトイレが有る。自動車道が終る迄行く。尚も行くと看板と道
標が有る。此処を右に行く。



  看板を拡大してお読み下さい。全く其の通りなので、気を付けて。



 山道となるが、何本か道を分ける。あくまで雨山峠に向かう。



 此の道標から直ぐに、鹿柵の扉が取れた所が有るので、其処をくぐる。少し歩くと沢に
下る。対岸には階段が見えて居るので大丈夫だ。適当な所をさがして、流れを渡る。



 階段を登って暫くで川原に下りる。ゴーロの先に堰堤が有る。ピンクのマーカーに従っ
て流れを渡る。



 紅葉の左に下がるマーカーが分かるだろう。



 其処から観れば、此の道標が見える。



 山道に入って間も無く、又河原に下りる。



 左手に気をつけて行くと、道標が見える。此の写真で分かるだろうか?兎に角堰堤は左
から越える。直ぐに河原に戻り、左を気をつければ、マークが見付かる筈だ。此処に道が
有るのだ。


 写真で撮った以外にもマーカーは有る。キョロキョロ見回し、見落とさない様に(続)

2012年11月13日火曜日

閑話 その九十




 流れる水を最高に美味しく飲むには、どうすれば良いのだろう?
 カップで汲む?何のカップ、まさかアルミじゃないでしょうね。では、チタニウムのカップかい?それとも手の平に受けて飲む?
 チッチッチ、違うんだよねー。正解は、流れに直に口をつけて飲む。此れが一番美味い!若し知らなかったなら、一度お試しあれ。
 とは言っても、そこいらの汚い川やドブではやらないように。腹を壊したり、変な病気になりたけりゃあ別だけど、そんな人は居ないだろう、多分。
あくまで、綺麗な水の流れる山中の話だ。流れる清流に口をつけで水を飲む。此れは美味い、文句無く美味い!
 山中でも、もう一つ条件が有った。植林帯の流れは除く、が条件だ。植林帯の流れは、見掛けは清流でも、そこいらの川やドブとそう大して変わりは無い。
 一寸と言い過ぎたかな。以下の話は本当の小沢だったので、水量が三倍も有れば結果は違ったかも知れない。
 昔々、Yと植林帯の小沢を下った事が有った。夏の終わりだったと思う。Yのズボンは泥まみれだったので、彼は流れに入って、ジャブジャブとはいた侭ズボンを洗った。
 直に道に出て、停めて有ったあたしの車に乗って、東京に帰った。平日は仕事に行くので、車は使わない。翌土曜日、車のドアを開けて驚いた。助手席がカビだらけなのだ、シートベルト迄!
 思うに、沢の水に雑菌その他が大勢生息しており、Yの衣服に移って車の助手席へ、其処で密封されて天火に炙られ、絶好の培養器の仲ですくすくと成長したのだろう。多分当って居る筈だ。沢に入らなかったあたしのシートは、全く無事なのだ。
 慌ててYの下宿(当時Yは駒沢に住んで居た)へ車を走らせ、車内を見たYも驚いた。熱湯で綺麗に掃除をしたら、其の後は出現しなかった。
 此の話は、今でも時々出る。我々はマタンゴ事件と呼んで居る。マタンゴとは、茸状のバケモノが人間を襲う古いB級映画だ。
 其のマタンゴ事件以来、我々は植林帯の流れは、飲まなくなったのです。恐ろしい話でしょう?

2012年11月11日日曜日

休題 その九十八




 たまに、我が朋友達の話が出る。残念な事に、山に縁の無い諸君なので、一応山のブログで有る「たんとも」に出場の機会は、極めて少なくなるのは、仕方無い事だ。
 あたしは朋友達を友人だと思って居る(朋友って友人の事だって?そうだよね)。あっちはどう思って居るかは、聞いた事が無いので、知らない。(あたしの勝手な思い込みだと言う可能性も、うんと残る)
 ま、此処は一つ、皆が友人だと思って居るとして貰いましょう。
 で、何を言いたいのかってえと、友人の定義なのだ。ご承知の方が多いだろうけど、知らない人も居るかも知れないので、頼まれもしないのに語りましょう。
 山本夏彦氏曰く「友の様なもの」。詰まり、自分に益になれば友、さもなくば関係無い人、良くても、関係無い知り合い。殆んどが其れだと、氏はのたまわって居る。
 では、本当の友とは何か。氏は明白に答えて居る。恩を施し恩に着せない。恩を受けて恩に着ない。
 詰まり、おい、お前にああしてやっただろう、と言う様じゃあ友では無い。恐ろしい事に、あの時ああして貰って、脚を向けて眠れません、と思ってもいけないのだ。
 思えば、散々朋友達に恩になったが、恩に着て居ない。定義に沿って居る訳だ、エッン。
 一つ例を上げよう。KJが結婚して一ヵ月後(多分)にあたしも結婚した。あたしはKJに、式場の手配を一切任せっ切りにした。全く同じで良いからさ、と言って。其の件に関しては、一見ヤクザのYNも、後に同じ行動を取った筈だ。
 KJはせっせと式場をセットし、当日はKJのお母さん迄出向いてくれて(KJのお母さんは理容師なのだ)、妻の着付けから化粧迄全般に面倒を見て下さった。
 それでもあたしは、有り難う、手間掛けたなあ、でお仕舞い。
 う~ん、何だか人非人、人でなしの様に自分が思えて来た。何故って、皆さんに恩を受けるのみで、誰かがあたしに恩を受けた例が有るだろか、と考えると、無い様なのだ。
 一寸と拙い、いやうんと拙い。併し此処は確り踏ん張って、定義に忠実に生きよう。幾ら恩になっても良いのだ、其れが友だ!!
 え、お前なんぞとは死んでも友になんざなりたくないって?全くご尤もです!

2012年11月8日木曜日

臆病者の痩せ我慢 その四




 スズタケや木の根にもご厄介になって、体をズリ上げて行くと、もう戻る事は出来ないのだ。まあ、サブザイルが有れば戻れるんだけどね。
 で、適当な所でトラバース出来れば良いのだが、其んな場所は大抵落ち口の上あたりなので、若し滑落すれば其の侭滝に迄落ちると思うと、足が出ない。仕方無く、より高く登って行く事となる。
 沢屋の諸君はそんな事は無く、トットとトラバースをして行く事だろう。私との違いは余りにも大きい(忸怩)……。
 さて、必死に登って行くと今度は川原が随分下になる。そうなると、中々降りれないのだ。トラバース気味に一寸とずつ降りて行くのだが、コレマタ怖いの。どちらにしても、高所恐怖症には、辛い話だ。
 無名沢の最後の詰めには、それぞれのロマンが有る。土の壁かも知れない。飛んでもないザレかもしれない。密集したスズタケかも知れない。ロマンでしょう(涙)。
 高名な沢の詰めは、踏み跡を辿って稜線に出る。藪とか土の壁とかは、無い。中川流域だと、(勿論行く筈無いので、聞く処に依ればです)稜線に出ても路が無く、凄い密藪と格闘するよりは、中級の沢を下降するのがセオリーと言う、恐ろしいのも有る様だけれども、そんなのは稀だ。多くの詰めは、楽と言っても良い様だ。
 無名沢の最後の詰めについては、本文以外にも散々書いた(との覚えが有る)。だもんで敢えて繰り返さにゃーでよ(名古屋弁)。ですけれどもですが(栃木弁)、さっきはロマンと書いたけど、命懸けに近い局面が多い(お前が臆病だからだろう?そうです)。沢屋・岩屋の諸君が来て見れば、多分又、今迄とは別の恐怖が有ると思うのです。
 其れを覚悟で、高所恐怖症の臆病者が震えながら前進して行くのです。(アホじゃ!)

2012年11月6日火曜日

クソ面倒な話 その五十二




 超光速を発見したとの発表は、矢張りガセだった。ま、そうでしょう。大体からして、超光速を、光速の機器で測れるのかなあ(電気の速さも光速)?
 今度はヒッグス粒子を検出と来た。予見されながら発見されない最後の粒子だった。本当に検出されたなら、ビッグバン理論の大勝利なのだが、其の本家大本のビッグバン理論が否定されて(欧米ではで、日本では相変わらず有り難がって居る)居るのだから、どう解釈すべきなのだろう。
 思うに(お前が思って何の意味が有るって?フン其の通り、全く意味無いもんね!)、量子力学はビッグバン理論と別に構築されて来たのだから、切り離して良いのでは?
 え、駄目、ビッグバン理論からの推論だって?分かった、確かにそうだろう。数学で組み立てた理論が実証されたのだ。
 ビッグバンは置いといて、ヒッグス粒子に話を戻すと、新聞の解説記事も、書いて居る人間が既に分からない事が、良く分かる。実はあたしにも良く分からない。
 ヒッグス粒子が邪魔をするので物(素粒子で有る)は抵抗を受けてスピードを落とし、それが質量として観測される。光子だけは影響を受けずに光速を保って居る。従って光子には質量が無い。
 正確にはヒッグス場と言う空間の問題なのだ。そして、ヒッグス粒子は普通の素粒子り、ずーっと重いのだ。
 ???????????
 だったら、ヒッグス粒子が邪魔をするどころでは無く、素粒子を止めて仕舞うのでは?それで場として働くと言うのだろうか。
 いずれにせよ、量子力学は我々の常識や感性に真っ向反する理論なので、感覚で掴む事は不可能、と言っても言い過ぎでは無い筈だ。だから数学の出番となるのだろう。
 ヒッグス粒子検出が本当だとしても、ビッグバン理論とは切り離さざるを得なくなるだろう。何度も書いて何だが、ビッグバン理論は日本を除いて、ほぼ終った理論だ。其のうち其の波が日本にも、黒船の様にやって来る事だろう。

2012年11月4日日曜日

臆病者の痩せ我慢 その三




 何の話だっけ?うん、立場を変える話だ。沢の本義は滝だ!豪快な滝を直登する、うーん、爽快だ、其の為に沢に来たのだ。著名な沢には必ず大滝が有って、滝登りのスリルを満喫させてくれる。其の上人が大勢入る。従って踏み跡はバッチリ、藪コギなんてする必要も無いのだ。
 え、豪快な滝も無い?多くは詰まらない川原歩き?枯滝が多くて岩がボロボロ?下らない滝を巻くのがガラガラボロボロで命がけ?最後はザレ土で、場合に依っては酷い藪コギが待ってるだって?
 一体何が悲しくて、そんなとこに行くんだよ!よっぽど人生辛い事が有ったのかい?話してご覧よ、俺、聞いてやるからさあ。
 と、そうなっちまうのですなあ。
 豪快な滝も良い。巻き道も完備して居るのだから。但し、高所恐怖症の私にとっては、大きな滝を高巻きするあの高度感溢れるトラバースが、死ぬ程怖いのだ(恥・汗・涙)。
 高名な沢に有る大滝には、必ずと言って良い程に巻き路が完備して居る。でも、高度感溢れるトラバースも付き物なのだ。従って、高名な沢を敬遠してしまうのだ。
 水無川本谷は昔々遡行したが、大滝のF8の巻き道が偉く怖かった。滝を遥か下に見てのトラバースは、一条の踏み跡は有ると言っても手掛かり一つ無かったのだ。
 時は流れる。何人か落ちたとやらで、何と今はロープが有るそうで、其れなら又行っても良いかなと思わされる。ロープが無ければどうだって?死んでも行くもんか!
 兎に角、高所恐怖症の人間は、本来沢に入るべきでは無いのだ。其れでも入るのならば、それこそ自業自得って事で、怖い思いでも何でもすれば良いのだ。はい、散々してますです(涙)。
 此処から巻こうと登り始める。見た処、如何にも登れそうに思える。ところがギッチョン、殆んどの場合は足元の定まらないザレ土で、たまに有る立ち木が唯一の頼り、岩なんか当てにもなんない。
 (臆病者の痩せ我慢 その四へ続く)

2012年11月2日金曜日

閑話 その八十九




 閑話八十七のポリタンの話の続きです。
 ポリタンを買いに行きました。町田に有るのはK山荘。不良品のポリタンも其の店で買った。当然、不良品は店の所為では無い。
 見てもポリタンが無いので、店員に聞いた。
私「ポリタンは何処?」
店員「一つ有った筈です」
私「一つ?」
店員「エバニューとは、取引を止めたんです」
 え、何であの信頼のブランドを切るんだ、K山荘さんよ!
店員「有った、最後の一つです」
 取っ手付きの2Lだった。取っ手付きは嫌だ、嵩張るから。でも、エバニューの最後の一つと聞いちゃあ、あたしが引き取るのも何かの縁、買って来たのだった。
 勿論、帰宅後直ぐに水漏れテストを行ったが、無事テスト完了、合格品で有る。
 何故エバニューを切ったのだろう?あたしのコヘルとカップとポリタンは、皆エバニュ―、三十年は使って居る(除ポリタン)。
 あ、其れだ!大体からして単価が安い。滅茶苦茶安い。其の上三十年以上(ポリタンは二十年以上)も使われちゃあ、店としても堪ったもんじゃなかろう。
 それで、有名メーカーや輸入ブランド品に切り替えたってとこだろう。多分、当らずと言えども遠からずの筈だ。
 中高年も山女(やまじょ、もしくは山ガール)も皆さん良い装備で固めて居る。着る物から山道具、小物に至る迄ブランド品だ。あたしが様な小汚い格好は、有り得ないと言える程なのだ。
 小奇麗な皆さんを見るのは、決して不快では無い。当然、小汚い諸君を見るのも、不快では無い。尤も、小汚い諸君に会う事は、極マレになったのは、世の流れです。
 エバニュー製品とさようならをする気は無いので、必要になったら新宿へ出るしか無い。面倒ッチイよ、K山荘さんよ!