2011年4月29日金曜日

閑話番外 その四十七


 グチグチとGEの文句を言うんだけど、新雪には新雪の姿ってもんが有るんだけど、唯の白になっちまうのは、何で?
 やり方は、無いでも無い様なんで、色々と試しもしないで(今の処は出来ないで)文句を言うのもどうかとは思うけど、此れじゃ昔のバカチョン(固有名詞)の方が増しだと思って仕舞うですよ。
 どうせ買っちまったんだ、頑張って使いこなしましょう。そんなに難しい筈は無いに決まってんだからさ。

2011年4月27日水曜日

山の報告です その十六



 十五の続きです。テント内がびしょびしょになった話だった。おまけに湯を沸かして居たカップ迄転がして、こうなりゃ濡れろ濡れろ、はっはっは。自棄になるのは止そう。
 やがて風がぴたっと止み、雪の当るサラサラと言う音に変わった。二十一時に表に出た時点で10
Cmは積もって居る。
 此れでトレースは完全に埋まった。明日もガスって居たら、下山は地図と磁石が頼りとなる。一寸と気が重い。
 偉く寒い夜を、ウトウトと過ごすと、朝となる。お、晴れだ、やったー!!
 積雪は、1
m位の雪の上に30Cm程だ。見通しが利くので一編に気楽になったあたし、良い年して、駄目だなあ。
 バッテリーはポケットで暖めておいて、カメラに装填、写真を撮り終わると又ポケットへ、お陰でカメラは生きて居ましたけど、あー、めんどうっちい!!

 さて、気楽に出発。幸いYの腿のつりも治り快調に下る。と、山が前に有る。おかしい、下るだけの筈だ。初めて地図と磁石で確認、方向を45度も違えて、別の尾根を下り、目前は大平山と判明。お粗末ですなあ。状況に依っては死活問題じゃんかさー。
 でも良いの。尾根を下れば結局17号線へ下れるのだから、距離は倍になるが、何、楽しい雪山漫歩さ。
 ってな御気楽で居たもんだから、何事にも好い加減、国道が近くなって雪も消え、赤マークが有る。何か書いて有るが読みもしない。此処を下れってか。下を向いた木の生える60度以上の斜面で、10
m程で雪となる。
私「後ろ向きで下るぞ」
Y「はい」
 慎重に下り始める。と、Yの気配が無い。
私「Y!」
 雪になる境の一寸と上にYが居る。随分下で有る。落ちたのだ、無言で。
私「大丈夫か、怪我は無いか!!」
Y「オーケー」
私「やけに速いじゃないか」
 安心して軽口も出る。彼方此方にストック、帽子、眼鏡が散らばって木に引っ掛かって居る。其れを回収しつつ下る。
 数箇所擦り傷は有ったが取り合えずは無事だ。足場が崩れた瞬間滑落、ザックに引かれてもんどりうって、大きな木の横に僅かに有った凹地にザックを下に叩きつけられたのだ。
 其処で止まらなければ、硬い急斜面の雪面を滑って、鉄の雪崩止めに激突だっただろう。そうなりゃ、お葬式か入院で有る。
 全くの判断ミスだ。下から見上げれば、遥かに安全に下れる鞍部が有る。あのマークには、此処を下るな、と書いて有ったのだろう。
 でも、無事だったのは何より。ぶん撒いた品物も皆回収出来て、失くし物も無い。湯沢で蕎麦とビールを楽しみ帰京。あたしのお粗末が事故とならずに、本当に良かったです。

2011年4月26日火曜日

山の報告です その十五


 初日は写真どころじゃ無かったので、写真は有りません。そんなもんどうだって良い?そう言われると、一寸と悲しい。
 此の土曜日(23日)は、東京でも雨と強風だったらしいが、Yとあたしゃあ越後の山を登って居て、思う存分吹かれたのだ。
 山の報告とするには、お粗末な内容なのはお分かりだろうけど、先にお詫びしときます。
 22日(金)の夜は、例に依って越後湯沢のバスセンターで寝て、一番のバスに乗る。
 目標は日白山、上越の主稜線から外れて居るので、独特の壮大な景色が売りだが、路は無いので、雪の締まった春にしか登れない。
 先ず高圧線の鉄塔から尾根が始まる。鉄塔迄は保守の為の路が有る。好い加減なあたしは、此処いら登ってれば路に出るっぺさと登るけど、其の路は雪が隠して分からずに超えて、一寸と変だとガスを透かして見ると、あっちの方だ。いかん、と下って登り返す。
 勿論、雨は降り始めて居た。
 と、雪が切れて藪に突入する。又かよー。先に白く雪が見えるが、一寸と変では有る。雪には着けたが壁だった。尾根に付いた雪の端で有る。足元は雪に抑えられ下を向いた木や枝や笹。つるつる滑る事此の上も無く、最高でだね!見る限り何処までも同じだ。
 高さは僅か3m強、空身になって自分とYのピッケルを左右に打ち込み乍ら這い上がり、ザックを持ち上げ、今度はYが二本のピッケルで上がって来た訳で、最初からお粗末。
 無事に尾根に上がったのは目出度いが、風は強まる一方。真直ぐ歩けず、よろよろと左へ逸れる(右からの風だった)。
 視界は無く、雨に降られ乍ら風に翻弄され続け、偉く消耗する。何たって、常に右から押されて、たまに力を抜かれたり、急に強く押されたり、を続けるのだから。
 東谷山を越して、鞍部に降りて考えた。Yも風で相当参って居る。前進するより後退にしかず。で、東谷山へ登り返すと決めた。
 正解だった。登ってるとYがイテテと言う。
私「どうした」
Y「つった」
私「何処」
Y「両足の大腿四頭筋」
 危ねえ危めえ、バックで良かった。前進したって日白山へは着けっこ無い。
 東谷山へは程無く戻れた。問題は風で有る。二人係りで飛び去ろうとするテントを抑え、風方向はピッケルで張り綱を留め、幸い最近の新雪がピークを覆って居たので綺麗な雪も取れた。
 で、其の雪を融かし乍ら二人で乾杯をし一服つけて居たら、Yは缶チューハイに灰を落とした。瓶の灰皿と間違えたので、あたしにも覚えが有りますなあ。可哀そうに、半分しか呑んで無いロング缶なのに。
 テントは風に揺すられ続けており、当然中の空気も揺すられて居る。結果、半分雪の解けたコヘルがあたしにどっと落ちて来た 靴下はびしょびしょ、テント内はびしょびしょ。お粗末ですなあ。続きます。

2011年4月20日水曜日

下駄より地下足袋 その二


 三昔前迄だろうか、山で地下足袋の人を見かけたのは。多くは山小屋の人だったが、沢をやる諸君は大概地下足袋に草鞋だった。今は渓流ブーツ(で合ってたっけ?)が主流の様で、地下足袋は殆ど姿を消した。
 絶滅したのでは無いと推測出来るのは、登
山用品店で草鞋を売って居るからだ。それに、沢を詰めて縦走路へ出るあたりに草鞋が棄てて有るのも時々見掛ける。
 と言う事は未だに地下足袋族が生息して居
る訳で、絶滅に瀕した希種なのだから、皆で大切にするべきで有ろう。え、違うって?鬼!
 四昔前に遡れば、沢ばかりで無く、尾根や
縦走路も地下足袋で歩く人が、結構居た。極(ごく)普通の山の風景で有った。今なら珍らしがられるのだろう。大体山小屋関係者は間違い無く地下足袋姿だった。今は何だろう、長靴?南アルプスでは無い。丹沢では、えーと、トレッキングシューズ。えーん、何だか悲しいよお。
 で、現在。地下足袋は愚か、皮の登山靴す
ら希種となりつつ有る。変わり行くのが世の中、無常とは此の事です。
 今の主流はゴアで有る。技術の進歩は斯く
の如し、歴史有る皮の登山靴すら簡単に駆逐するのだ。確かに軽くて手間が掛からず、カラフルで如何にも新しい、と思わされる。
 革靴はメンテが必要だ。それも汚れを落と
してから陰干しをし、皮には保革油(け、変換も出来ねえ)を擦り込み、ビブラムとの境の皮には亜麻仁油(変換出来た!)を塗って仕上げる。偉く面倒だ。ゴアなら汚れを落とせば終わりだろう。凄い!
 其の優れ物のゴアの欠点は弱い事だろう。
五年は保つまいて。春の雪に蹴り込んで居たら、三年がやっとじゃないかと思う。あ、此れは説明が必要ですね。
 春山の急斜面は、靴を雪に蹴り込んで足場
としつつ登って行くので、雪が硬い時は、二度、三度と蹴り込むのだ。何でそんな事をするかってえと、路は無いから雪を真直ぐ登るしかなく、兎に角力任せに足場を造りつつ、直登するのだ。
 上手く巻けって?雪ではトラバース(雪面
を横に、或いは斜めに横切る事)の方がずーっとヤバイの!!!!だから、仕方無く直登せざるを得ないのだ
 意味不明?トラバースをやって見れば、一
発で分かるのだ。うっかり滑れば一気に滑落し、場合に依ってはお葬式、最良の場合でも、偉い苦労と危険な思いをしてをして登り返すのだ。あー、嫌だ嫌だ。
 で、雪を蹴りこむ足跡が見事なのだ。たま
たま先行者が居れば、其のパーティが何人であろうと、綺麗な足跡(蹴り込んだ跡)がずーっと続いて行くのだし、私の前に人が居なければ、振り返ると綺麗に足跡が続いて居る。冷静になれば結構感動ものでは有るが、其の時は必死なんで、其れ程は感動しない。正確に言うとしてられない。
 (下駄より地下足袋 その三へ続く)

2011年4月17日日曜日

クソ面倒な話 その三十


 どうにも歯が立たない本は、誰にも有る筈だ。え、あたしだけ?嘘だ、絶対嘘に決まってる!!
 最近では、リサ・ランドールの「ワープする宇宙」。彼女は美人の理論物理学者なのだ。美人はどうでも良いとして、書評を読んで、うっかり買ったは良いが、歯が立たない。
 数式は一切使わず、極力分かり易いたとえを引いて説明してくれては居るのだが、分からん。スワヒリ語を読んで居る様でさっぱり分からん。歯がボロボロになった。……情ん無かですたい。
 超ひも理論と密接な関係を持つ内容なので、先ず超ひも理論を確り押さえなければ、ずーっとチンプンカンプンな侭だろう。
 とは分かってんだけど、余りにも理解が出来なかった悔しさで、無謀にも続けて読み始めた処で有る。
 我乍らアホじゃ。数撃ちゃ当る世界とは違うのだ。きっと二度目に読み終えた時には、ろくに歯なんざ残って無いだろう。自業自得とは此の事。
 余剰次元がそこらじゅうに有って、巻き上げられて居る為認識出来ない、とか、ブレーンワールドに宇宙は閉じ込められて居る、とか、重力ブレーンとウイークブレーンが想定され、それぞれが有限の大きさを持つ五番目の次元の境界をなす、とか、時空の歪曲のしかたによっては、余剰次元が無限に伸びていながら、なおかつ目に見えない可能性もある、とか、もう充分かな。
 え、何処が歯が立たないかだって?何処もかしこもなんだよ(涙)。
 彼女の説はNHKでも取り上げたそうだが、分かる様に紹介出来たのだろうか。少なくとも、あたしが見て居たとしたら、絶対意味不明だっただろう。
 どんどん新しい考えが生まれて居る。数学を言語として。ついて行けないなあ(溜息)。

2011年4月16日土曜日

下駄より地下足袋 その一


 地下足袋を履く仕事と問われれば、先ず第一に鳶職を思い浮かべる事だろう。
 Sが高校を卒業して、暫く鳶をやってた事
が有る。写真学校に入る前だ。Sは言う。
S「いや、気が荒くなっちゃってさ、上から
何か落ちて来りゃあ、足場を駆け登ってそいつをぶん殴るんだよ」
 あのなあ、Sよ、君は前からどちらかと言
うと、気は荒かった方じゃないのかい?気は強いが荒くはないって?そうかい、そうだったけかなあ……。
 山仕事の人達も地下足袋だ。皆さん年配者
だからだろうか。もしも若者が其の世界に入ったら、トレッキングシューズを履くのですかなあ。何だかピンと来ないけど。
 前述の通り、山仕事には若者が近づかない。
3K其のもの仕事だもんね。高い所の植林帯なら、仕事場に着くだけで一仕事だ。下手すると、軽い山登りよりも登らされる。で、其れから仕事を始めるのだから(!)、勘弁して下せえ、と逃げ散って仕舞うのも無理は無い。おまけに危なくて、無闇と汚れるのだ。此れで、何恥じる事無い立派な3K。
 私の場合、勘七沢で沢登りでの登山靴の不
利を思い知って、其れ以来地下足袋に草鞋を着けて沢に入る様になり、其のうちに尾根も地下足袋で歩く様になった、とは何処かで書いた。何処かとは何処かって?忘れた!
 でも、積雪期と縦走は別で有る。積雪期に
地下足袋で歩いてりゃあ足の指が落ちるだろうし(私とSの場合。除くN、K)、縦走は必然的に荷物が重くなるので、登山靴を履く事になる。何で?足の裏の負担が増して痛くなるから。
 地下足袋の欠点は足の裏の痛み。変な所を
登ったり下ったりするには、全然問題無い。ある程度の傾斜が有る登山道も、全く問題無い。足元がゴツゴツした岩でも何の問題も無い。角の立った岩屑も平気の平左さ。
 処がですよ、緩い下りの登山道と林道が思
いもよらない曲者で、石を踏むと痛い。とても痛い。
 そう考えると、加藤文太郎は凄い。銃走路
を馬鹿でかいキスリングを背負って地下足袋で、風の様に通り過ぎて行くのだそうだから、さぞや足の裏も丈夫だった事だろう。
 私の場合は、銃走路をやや大きな見っとも
無いザックを背負って、芋虫の這うが如くにヨロヨロと行くのだから、同じ人類だろうか、と疑いを持って仕舞う。多分、違う人類なのだろう。
 たまに妻と沢登りに行く事も有るので、此
の間、ワーショップで妻用の地下足袋を買った。寸法が違ったら役に立たないので気を付けて、サイズは間違わずに買って来たのだが、何と十二枚コハゼ(鳶用)で、勿論使用は可能だが、何たって履くのが面倒な事此の上も無い。両足で二十四枚もコハゼを止めるのだ。はっはっは、大変ですなあ。(自分のミスなのに、失礼)
(下駄より地下足袋 その二へ続く)

2011年4月12日火曜日

柄でも無い事 その二十九



 あたしの柄と一番合わないのは、“粋”と言う言葉だろうと思って居るし、同感する人も多いだろう。
 一応表面上は其の通りなのだが、実のところ内心では、あたしゃあ“粋”な男だと思って居る。正確に言えば、だった。
 え、気が触れたのかって?本人がそう思って居るのだから、こんなに確かな事は無い!
 あたしが“粋”ねえ、そりゃあブーイングの嵐だね、少なくともあたしを知ってる人にはさ。“粋”になんてどっから見たって見えないもんね。
 あたしを少しでも知ってる人の評価は、良くてもそこらのおっさん、普通で汚ねえ親父、悪くて馬鹿ジジイ。
 結構酷い(ひどい。前にも書いたっけ?)けど、そんなもんでしょう。人は、自分が自分を評価する程の評価はして呉れないのだ。
 大体からして、“粋”って死語だよね。会話で使う事が無い。
 ま、良い。どうせあたしゃ粋なんだよ、と言う話だとは読まれて居るだろう(馬鹿、既に書いた)。此処は柄でも無い話なんだから。
 粋にも色々有るけど、薄着が基本に有る。ボテボテ着込んだ粋人なんってのは、存在しい。今は良い。江戸時代は今よりずーっと寒かったのだから、粋は命懸けだ。
 伊達の薄着、此れも死語かな。薄着が粋って事で、表現が違うだけだ。
 で、あたしはずーっと薄着だった。秋と冬と春で、着るものが変わらない。冬物を持って無いからかって?まあ、其れも有る。
 コートなる物を一度だけ持った事が有った。二年程で止めた。面倒臭いだけなんだもん。従って、何時でも身軽で、行動迅速、そうで無くっちゃさあ。
 へへへへ、粋でしょう、矢張り駄目?
 今はゲンチャリを乗り回す仕事なので、着膨れの野暮親父です。

2011年4月10日日曜日

休題 その六十四



 日本では、一般で映画代金は1800円。聞く処に依ると、アメリカやカナダでは800円一寸と位の感じだそうだ。そりゃあ映画館にも行き易かろう。
 東宝シネマズが、一部地域で実験的に1500円にして見るそうだ。さて、結果は如何だろうか。其れで客が増えて増収となれば、目出度し目出度しで有る。
 あたしは、そうなって欲しいが、シニア料金(1000円)を65歳からにすると言うので、其れは困る。が、仕方無い。何、直ぐ65にならあね。
 映画は映画館で観るべきものだとは、前にも書いたかも知れないが、自分の書いた物すら調べるのが面倒っちいんだから、調べない。ダブったって、誰も覚えちゃ居まいって。
 昔々其の昔、マクルーハンの説が持てはやされた。彼はメディアをホットとクールに分けた。ホットは熱くさせ、クールは冷静にさせる。ホットの代表が映画とラジオ、クールはテレビ。
 若し其の理論が正しければ、DVDを見ると言うのはメディア違いなので、本来が伝わらないのでは?筋書きは同じだが、実は違うものなの?
 昔と違って、テレビの画面も大きくなったし、音響も格段に良くなったんだから、関係無い、とも考えられるが、大きさの問題では無く本質の問題だ、と言われれば、答えに詰まる。
 マクルーハンに指摘される迄も無く、DVDとスクリーンは確かに別物だ。映画館なら多少詰まらない作品でも、楽しめる。DVDなら途中で切る。
 臨場感の違いなのだろうか。やや舞台を観る、に近い要素が有るかに感じる。
 映画館へ行きましょう。もっと安ければとても良いんだけど……。名作こそ、映画館です。間違い有りません!

2011年4月9日土曜日

閑話番外 その四十六



 休題六十三で、グチグチGEの愚痴をこぼしたけれど、冬に戻った日だったとも書いた。
 本当に冷えた。三月末とは思えなかった。フライは氷の花が咲き、ガチガチになって居た。そう、Yと一緒にYのテントで寝たのだ。何せ、あたしのテントのフライは棄てちまったんだから(馬鹿よねえ)。
 あたしは冬山以外では、シェラフに入る時は下はパンツのみだ。勿論上は着て居る。此の日は、予備のズボンを履こうかと思う程寒かった。
 目が覚めてトイレの為表に出る。下はパンツのみ。寒いかって?冷たいよ!
 人が見てたら、キチガイですなあ。幸い見てたのはYのみで、彼には当たり前の風景なので、問題は無い。
 で、恒例の夜間宴会が始まるのだが、其れについては又今度。
 写真は、前日撮った熊笹ノ峰です。残念乍ら、檜洞丸は其の後ろで、姿が見えません。

2011年4月6日水曜日

閑話 その六十七

 山を趣味(?)にして良かったと思う事は結構多い。他のあらゆる趣味とも勝負可能だと思われる。

 その1 汚いがどうした、と考えられる。
 丸で人間的欠陥が生じるかの如く思えるだろうが、違う。清潔が命ってな、いびつになっちまった人間には決してならないって事。
 人に限らず、生き物が生きて居る限り、清
潔と言う概念は有っても、清潔は無いのでは?あたしゃあ素人だから平気で言うのだが、無菌状態を清潔の極地と定義するならば、清潔になったら人類は死滅するのでは?
 菌に出会った時に抵抗力が無いと言う訳も
有るだろうけど、あたしは、雑菌と共存して居るんじゃ無いかと、思って居る。根拠は無いが、思うのは勝手だ。
 回虫類を殲滅したら、アトピーが発生した。
正式な医学的発表では無いが、良く聞く話だ。
 空気を綺麗にしたら、花粉症の患者だらけ。
昔は花粉症なんて無かった。今でも山仕事の人間には花粉症なぞ無い。勿論登山者にも。
 従ってあたしは無根拠に、人間(生物)は
雑菌と共生して居て、パートナーの菌を失ったら生存出来ない、と考えて居る。
 だから汚いのは気にならない。山歩きをし
て居ると、嫌でも汚くなっちまう。汗はポタポタかき放題、更に着たまま、おまけに何日も風呂とは無縁だ。
 お陰で、全うな神経を持つ事が出来たのだ。

 その2 歩かなければ絶対着かないと知る。
 当たり前ですよね。ずーと其処に居るだけ
になるんだから。やがて食料も無くなり、待つのは死のみ。
 歩く、何が何でも歩く。藪が邪魔しようが、
崖が遮ろうが、ガレが続こうが、歩かなければならない、と思い知るのは山登りのお陰なのだ。
 リタイアは無い世界なのだ。とか言って、
実際はリタイア可能なのだ。其れを遭難と呼ぶ。運が良ければ救出されるので、歩かないで済む。運が悪ければ遺体を搬送されるので、歩かないで済む。
 不謹慎だって?確かに。

 此れは結構重大な事なのだ。ルート完遂を
諦めて、前途を放棄しても、下山する為には歩かなければならない。もうやーめた!との択は無い。
 丸っきり人生其のもので有る。人生ではも
うやーめた!は有るけど、自殺か自棄の結果の犯罪だろう。其の観点に立てば、山でも、もうやーめた!は成立する。結果は同じく、碌な事にはならないだろうけど。

 その3 手間を省く名人になる。
 余分な手間は敵なのだ。

 如何に手間を掛けずに目的を達するかが、
とても大事なの。たとえば朝、手間隙掛けて朝飯なぞ造って居たら、日が昇っちまって大慌て、ってなアホな事になる。
 続きは又今度。

2011年4月3日日曜日

ポリタンをご存知ですか その四


 小川谷出会いからユーシンへの道と別れ、石棚山方面へ行くと、左手に岩の下から湧き出す水が有る。
 此れが冷たくて、美味しいの!
本物のミネラルウオーター、車は乗り入れ禁止なので、知って居る人しか知らない(変な表現?)。夏だとビールや果物が冷やされて居る。人の物だから、しめしめとか言って勝手に飲み食いしちゃ駄目ですよ。
 大倉尾根を三十分近く登ると路は左右に分
かれるが、多くの人は右を行く。左を行くと、意外と自然の中の良い登りで、大倉高原山の家に着く。此処にも美味しい水が有るので、もし通った事の無い方には、お薦めです。
 何と無く右の方が近そうに感じて、どうし
ても右へ行くのだけど、何の何の、時間的には全く同じなのだ。だったら自然の多いルートも良いじゃないですか。
 畦ヶ丸の章で、雨の中、大滝峠から下って
水を汲んだと書いたが、あれは今の大滝峠上から更に下ると大滝峠なので、当時は此処から下山道が東へ向かって居た。東海道自然歩道で、より楽な新ルートを定めたのだろう。今は訪れる人も稀で、静かな峠なのだ。
 其の大滝峠から、登山道を外れて西に下っ
て、セキノ沢源流あたりで汲んだのだが、思えば畦ヶ丸から随分降りたもので、一時間程下った訳だ。登り返しは一時間三十分位、若かったから良いが、雨の中ご苦労な事だ。今なら畦から真直ぐ、鬼石沢源流を目指して、遙かに楽に水を汲むだろう。
 ん、其の手が有った。でも、源流迄はガレ
っぽい所を相当下るので、矢張りお薦めは出来ない。
 菰釣から先の稜線も水場は無い。困る。仕
方無く、大棚ノ頭から山伏峠へ下り(丹沢山塊は、山伏峠で道志山塊(?)と繋がって居る)、国道へ降りて、横の小川の藪で幕営した事が有る。あの小さな流れが、道志川の源流だった訳だ。此の話はもう書きましたね。
 一晩中車の音とライトが煩かったが、そん
なとこに寝てる奴が悪いので、勿論通る車の所為では無い。
 そんなとこに寝てる奴と言えば、松本駅の
切符売り場の端で寝た事が有った。昔々だから出来たのだが、夜行が着くので一晩中煩くて、碌に眠れなかったが、勿論本人の所為で有る。
 越後湯沢のコンコースで寝た時も同様、夜
中でも列車が着くとゾロゾロワイワイ、寝てられなかったが、此れも自業自得だ。因みに今は駅で寝かせてはくれない。最終列車が行くと追い出され、シャッターが閉まる。冷たい仕打ちと、お恨み申します。
 何の話だったっけ。そう、駅は最高、水場
も有ればトイレも有る!
 何れにせよ、水こそ生命線、水場に合わせ
て幕営地が定められて居るのは、余りにも当たり前の事なのです。

2011年4月2日土曜日

休題 その六十三



 此の間の土曜日に、大室山手前にテントを張って遊んで来たのだが、春めいて来たと言うのに其の夜だけは真冬に逆戻り、偉い寒さで震え上がって仕舞った。
 で、案の定、朝の景色を撮ろうとしても、カメラが作動しない。スイッチを入れても知らん顔。
 大室山だから良かったが、此れがどっか行きにくい山で、しかも見事な景色が展開されて居たとしたら、あたしは間違いなく、知らん顔をして居るGEを、罵り乍ら力一杯、谷底へ投げ込んで居ただろう。
 あー、良かった、買ったばかりなんだから。それに未だ使いこなせないんだし。
 一応使用法は覚えたつもりだったんだけど、現地へ行くと、えーと、こうするのはどのボタンだったけ、と変なボタンを押して、変なマークが出て慌てる。
 全く馬鹿丸出し親父だ。
 あたしが馬鹿なのは良い。別に文句も無いし、仕方も無い。
 困るのは春山と冬山だ。あ、其れに晩秋の山も加えよう。其の季節には間違い無く、カメラは死ぬと分かった。正確に言えばバッテリーが死ぬのだ。
 勿論バッテリーと予備バッテリーをシェラフの中で抱いて寝て、バッテリーを装填して、其のバッテリーが死んだら、予備に入れ替えて写真を撮る。そうすりゃあOKさ。違うかい、プロはそうしてんだから。
 あたしゃあプロじゃ無い!波外れた無精者だ。でも、そうするしか無いのか、面倒で嫌だなあ。
 大体、ピント位自分で合わさせて欲しいんだよ、あたしゃあさ。機械のお世話になる必要なんざ、全く無いんだ、あたしは目は見えるんだよ!
 写真は前日で未だGEが生きてる時に撮った蛭です。丹沢の最高峰です。