2012年4月29日日曜日
閑話 その八十
2012年4月27日金曜日
体中がつった! その八
2012年4月25日水曜日
クソ面倒な話 その四十六
2012年4月23日月曜日
体中がつった! その七
2012年4月20日金曜日
休題 その八十八
休題八十七で、多分嫌な顔をされただろうから、ついでにもう一つ。前回嫌な思いをした方は、是非スルーしてね♪
あたしは絶対覚えて置きます。其の道・県或いは政令市を。何時迄覚えて居られるだろうか、直ぐ何でも忘れちまうのに……。
負けるなkenzaburou!アルツなんか恐れるな!(ちょっと待ってよ、あたしゃあ未だアルツじゃ無いよ!)
まあ良い、忘れたら此の章を読めばOKだろう。此の愚ログは備忘録でも有るのだ。現に、山に関してはそうなりつつ有るのだから。
では、貴方を忘れない為道・県を列挙する。長野県、和歌山県、徳島県、香川県、宮崎県。道(どう)は無かったです、すんまへん。
そして貴方を忘れない政令市。
札幌、名古屋、福岡。
クッソー、長野県や徳島県、香川県、宮崎県は皆(みんな)大好きなのに……。札幌、名古屋、福岡、クッソー、……以下同文。
もう分かってますでしょうね、東北のガレキを受け入れないと決めた所を、列挙したのです。良い所ばかりなのに、何でエゴイストの人で無しに遠慮して、ペコペコと本筋を見失って仕舞ったのだろう。アホじゃ!
面倒な話四十三では、南京発言で河村名古屋市長を褒め上げ、其れにケチを付けた大村愛知県知事をアホ扱いした、其の舌の根が乾かぬうちに、ガレキを受け入れる大村知事に拍手を送り、受け入れない河村市長を罵る事になるとは、悲しいのです。
「マスコミに左右される知的弱者」と言う文を何かで読んだ時は、きつい言い方だと一寸と反発を感じたが、此のガレキの件に関しては、全く同感で、知的弱者(自分で考え判断出来ない人)が行政の足を引っ張って居る。
其の、知的弱者を扇動するのが、社会活動家と言うプロなのは、団塊の世代なら皆さんご承知の筈。そんなの知らない、と言うならば、其の人々の70%は嘘をついて居て、残りは、ものを見れない人なので、あたしには責める気は無い。良い歳を取って下さい。
列挙した県と市、何か酷い事になっても絶対助けを求めないで欲しい。助けを必死に求めるのを拒否するのは、こっちも辛いのだ。
え、お前には何処も助けを求めて来ないよだって?勿論分かってるけど、気持の問題なのだ。
2012年4月18日水曜日
体中がつった! その六
ふざけるな、冗談を言ってる余裕は無いのだ!手足の指が二十本全てつったのだ。私は、声を殺し、ただ悶えていた。声を、何故殺したのだろう?馬鹿ですなあ。どったんばったん苦しんで(実際はどったんばったんなんてしていない、呻くだけ)、やがて、動けるようになって、必死に表に這い出たのです。多分げっそりとやつれていただろう。水のほとりで、同志落伍者がしょんぼりと炊事をしていた。
同志落伍者「どうしました」
私「そこらじゅうつって、痛くて、どうしようもなかったんです」
同志落伍者「はあ」
私「体中つったんです」
同志落伍者「……はあ」
経験の無い彼には、多分分かって居ない。
私「こんどつったら、助けて下さい、叫びますから」
同志落伍者「良いですよ」
どう助けるか、分かってなかったと思う。この夜も何度もつったが、初っ端(しょっぱな)のような大発作が無かったのは、幸いでした。二度も有ったら生き地獄だ。
一晩寝ても、相変わらずの、ばてばておじさんです。そう、この山行から、若者ではなくなって中年おじさんになったのだ、えっへん、……(涙)。
中ノ岳には、本当にやっとの思いで着いたのです。同志落伍者は遥かに元気で、とっとと登って行ったのだ、此の裏切り者……。丹後山へ行く予定(だったのだ)なんざ豚に食われちまえ!真直ぐ下ろう、こうなりゃ最短距離で十字峡へ下ろう。
下りで、つりまくったのは、初めての経験でした。普通下りではつらない、膝は笑うけど。下ってはつり、休んで下り始めてはつり、野中へは、ふらふらになって辿り着きました。
……えーん、情無い。それからは今日に至る迄、山に登ると何らかの意味でひどい目大会を開催しています。
ま、歳だから、そんなもんだと思わなくっちゃね。
(体中がつった! その七へ続く)
2012年4月16日月曜日
ハイクへのお誘い その八
三つ目のピークを越せば、じきに鹿柵沿の道となる。ハイライト(何の?)は此処迄。此の先は手入れが出来て、今迄と比べれば格段に歩き易くなる。其の上、道もはっきりするので、先ずは安心で有る。
では、ほっとして三椏のアップでもどうぞ。
皆下向きに咲いて居るのが面白い。和紙の原料として広く知られて居るあれで有る。
やがて丹沢湖も見えて来るが、樹木越しなのは仕方無い。
歩き易くなった下りを続けると東電の建物の横を通る。其処迄来れば湖畔は近い。とは言っても焦ってはいけない。百里の旅は九十九里を以って其の半ばとせよ、と先人は教えて居る。詰まらない所で転ばない様にね。
最後はコンクリートの階段で、浅瀬入り口に降り立つ。詰まり、逆ルートで登りに使う場合は、バスを降りたまん前の階段を登れば良いのだ。
右に行き橋を渡れば丹沢湖バス停とは、書いた。寄り道しない方は、降り立った道の向かいに浅瀬入り口のバス停が有る。
盛んに逆ルートを勧めて居るが、安全度が高いと言う意味で、楽だと言ってるのでは無い。足場の悪い急登を強いられるのだ。
二日の事、浅瀬入り口で十人程の中高年パーティが下車した。ははー、権現山だなと思ったが、大当たり、良い読みだ。え、誰でも分かるって?まあね。
あたしが頂上で一服つけて、500m程も下ったら彼等が登って来た。可哀想に息も絶え絶えの有様で有った。
「ゼーゼー、もう着きますか?」
「もう一登りです」
「ゼーゼー、そうですか」
「頑張って下さい」
此れは心からの声だった。彼等は助け合い、励まし合い乍ら登って行く。あたしより先輩が多いのに。
其の代わり、峠に向かえば下りは安全なのが救いで有る。
もしも、余り山馴れない方が権現山に登ろうと志すのならば、二本杉峠からのピストンが一番の安全策でしょう。でも、一寸と詰まらないかなあ。植林が多いし、三椏は殆ど無いし(季節を外せば無いって)。いずれにせよ、思いの外に良い山で有る事は、確かですよ。
2012年4月13日金曜日
体中がつった! その五
祓川(なめりかわ、水場が有る)に辿り着いた時は、両脚がつり、殆ど歩行不能状態だった。いやーあそこ迄バテた思いは、今迄何回有ったのだろう?トップクラスである事は間違い無い。
祓川から中ノ岳迄は、僅か一時間だが、もう歩けない。本当に歩けない。殺すぞ、と言われれば、分からない。多分死ぬ覚悟で歩くだろう。でも幸いな事に、殺しに来る人間がいなかった。……良かった、とても良かった。
祓川の水は冷たいと案内書には書いてあったが、生ぬるかった。そう感じた。でも、がぶがぶ飲んだ。ちっとも美味しくない。当然だ、塩分とミネラルを失っているのだから。だから、つりまくったのだと、今では分かるのだが、其の時は分かっていなかったのだ。
中年の単独行者が、同じく呆然と休んでいた。彼も行動不能になったのだ。この夜の祓川の天幕は二つだけだった。
強いなあ、他の方々は皆中ノ岳に進んで行ったのだ。我々落伍者二人は、ボソボソと言葉を交わし、それぞれ天幕に戻った。私にとっては、其れからが本番だとは、神ならぬ身の知るよしも無く、とはこの事ですなあ。
天幕に入って、座ったとたんに、つった。何処が?何処もかしこもだ!
あれは、長いんだか短いんだか、良くは分からない人生の中で、たった一回の経験でした。経験してない人には、是非してもらいたいと思います。
脚がつる、両方とも。あ、と脚に手を伸ばすと腕がつる、それも、何故だか両方。あー、と痛がっていると、背中がつる。苦しんで体をよじると、横っ腹がつる、肩がつる、尻がつる。うー!足の裏がつった!脛がつった!あ、手の平が!わー、指迄つったー!く、首を吊ったー!
(体中がつった! その六へ続く)
2012年4月11日水曜日
ハイクへのお誘い その七
写真は頂上付近よりの檜洞丸方面。あたしが様に丹沢に拘りが無けりゃ、詰まらん風景なんでしょうなあ。丹沢好きには堪らん景色なのが、面白い処です。
頂上をゆっくりと楽しんだら、二つの木の台の間を通って、やや左へ行くと、こんな看板が有る。
此の前を通って行くのだが、決して尾根を外さない様に気を付けよう。一応踏み跡は有るがこんな感じで、分かり易いとは言い難い。
登りに取った方が良いと書いたのは、登りなら支尾根に迷い込む事は無い。登れば、必ずピークに立てる。下りだと、つい支尾根に引き込まれ易い。確り踏み跡を追って、変だと思ったら、確信の持てる所迄登り返すの一手なので有る。其れを守らねば、泣きを見るのが決まりなのだ。
貴方が山馴れた方なら、勿論何の問題も無い。万が一余り馴れて居ない方だったら、逆コースにして下さい。不明瞭な上に、道が整備されて居ないので、急な下りが結構こたえる筈だ。おまけに滑り易くも有る。
悪い下りでも、登りに取るとそうでも無いのが面白い処で、安全なのは此の下りを登る事なのだ。じゃあ、最初から其の逆ルートにすれば良かったのにだって?ご尤も!
例に依って大したもんじゃない訳が有って峠から登らせたのだが、何、下山して一寸と行った丹沢湖バス停(橋を渡れば直ぐ)横に落合館と言う、風呂に入れて酒も飲める宿が有ると言うだけの事なんで、いや、直ぐ飲む事を考えるあたし(恥)。
入浴して蕎麦とビールが付いて2000円(お得だ!)と何かで見たのだが、蕎麦を出してくれた兄さんに聞いたら知らなかったので、保証は致し兼ねます。
蕎麦は白い蕎麦で物凄く腰が強く、確かに美味い。唯、量が上品過ぎ(特に山帰りには)なので、評価は分かれると思う。外にも数件食事の出来る店が有るので、お好きな所へどうぞ。勿論何処もビールは有る。
ハイクのお誘いでした。つい、蕎麦だ酒だ風呂だと、人を山の中に置きっ放して何騒いでんだろう。
くれぐれも気を付けて、決して焦らず、踏み跡を外さず(くどい?)に。
行ったのは四月二日だったので三椏(みつまた)の花盛り。権現山は三椏が多い。でも、外の季節ではみられませんなあ。
下り放しでは無い。小ピークを三つ越す。三つ目には流石にブツブツ言いたくなるだろうが、ブツブツ言っても詮無い事、ハーハー言って登ろう。(続)
2012年4月8日日曜日
体中がつった! その四
八海山の小屋で、中ノ岳へ向かう登山者が集められた。レクチャーである。暑いから、兎に角早く発て、舐めるな、標高差800mをアップダウンする、しかも尋常じゃなく暑くなるんだから、気を付けるんだ!私は、軽く頷いて聞いていた。
そうです、その通りです、私は舐めていました。約二昔前だったので、若気の行ったり来たり。今なら、絶対舐めたりしない、死んでも舐めない!自分を知ったから。
翌朝、超ド快晴。(超ドが付く、超ド級です)皆さんが出発してから、のこのこ出かけた。馬鹿は死ななきゃ直らない。鎖場の連続を越え、どんどん下って、皆さんに追いついたのは、オカメ覗き。最低鞍部で有る。普通鞍部は風の通り道。
処がどうした、セオリーに反して、か、風が無い。其れも、そよとも無い。普通は、そよ位有って然るべき地形なのだが、無い物は無い。絶対無い。
蒸すなんてもんじゃ無い、ここは蒸し器の中か!と感じたのは、相当参っていたのだろう。ふん、すぐ追いつくさと、飛ばしたもんね。ここからの登りはひどかった。ひどい目大会の名に恥じない。立派で有る。
どうしたんだ、何故こんなに汗が出る、他の奴等は何故俺を引き離して行けるんだ、おい、有り得ないだろ。おっさん、おばさん、何でどんどん行けるんだ、おい、間違えてんじゃ無いのか、どしたってんだ!(当時は、そんな気持ちだったんです。今思えば気がおかしい)変だ、足が進まない、どうした、糞、ぐ、ぐるじー……。
自業自得だ、思い上がりの報いだ!
歳だし、心がけが悪かった。それ迄は未だ、我に追いつく敵機なし(知ってますか、この電文?)、の残滓が心の中に残っていたのだろう。この日からは、我が追いつく敵機なし、に変わったのだ。歴史的な日であった。
……嬉しい、とても、嬉しい。ワーテルローの一日に匹敵する日なのだと考えよう。
(体中がつった! その五へ続く)
2012年4月6日金曜日
ハイクへのお誘い その六
丹沢湖を越えると目の前の山が世附(よずく)権現山だ。昔は本当にマイナーな山だったが、最近は中高年のパーティが増えた為も有るのだろう、1000m位の辺鄙な山も、良く登られる様になった。此の権現山も其の一つであろう。
写真は丹沢湖を隔てて見た権現山。なかなか良い姿だ。詰まり、登るも下るも急なの。
二本杉峠から登り、浅瀬入り口に下るルートを紹介しましょう。地図を見れば一目瞭然、下山路は破線になって居る。本当は上りに取るべきなのだが、峠経由とするが、本当のお勧めは逆ルートで有る。
松田より西丹沢行きのバスに乗り、細川橋で下車する。「100m先権現山入り口」の看板に従い少し進行方向に進むと、二本杉峠入り口が有る。
入り口は階段だが直ぐ舗装道となる。車止めを越すと道は川原に下りて行くが、下りてはいけない。川原手前で右に水平道と別れるが、そっちへ行くのだ。此処は道標が欲しい所だが、無い。お陰で川原に下り、適当な所を登って峠道へ戻るドジを踏んじまったぜ。
後は峠迄不明な所は無い。一ヶ所崩れて居るが、支えのロープも有るので、慎重に行けば大丈夫だろう。ま、誰でも危ないとこは慎重になるもんです。
峠の道標は右の屏風岩山と左の権現山は指して居るが、真直ぐ千鳥橋へ下る表示は無い。木の肌に赤ペンキで「ちどり」と記されて居るのみ。踏み跡も殆ど見当たらない。
十数年前に通った時にも、既に廃道寸前だったのだから、無理も無い。又一つ懐かしい峠道が消えた訳だ。(大野君の地図には、破線が残っては居る)
さて、左へ登ろう。此処からが本当の登りだ。左には中川温泉入り口付近と、石棚山から檜洞丸迄がちらちらと見え、右には菰釣山(くどいですが、こもつるしやま、です)から椿丸迄見えて、急登乍ら楽しめる。
山頂手前のピークに立てば、もう一息だ。写真は手前のピークからの権現山。
登り着いた頂上は、1018.8m、疎林の気持良いピークだ、汗をかいた甲斐は充分有る。
木の台が二つ有るので、ゆっくり休んで下さい。下りが本番なんです。(続)
2012年4月3日火曜日
体中がつった! その三
「ウサギがいるんだよ、ウサギが……」
ついに出た、立派な幻覚で有る。こうなりゃあ、もはや子供達の遭難です。そうなんです。
???????
はい、済みません謝ります、余りに、芸が無い……。
交代でAを背負って運んだ。下りにかかっていたのが幸いだった。あとAが小柄だったのも幸いだ。Aは騎馬戦のつもりになって、人の背の上で、あっちだ、こっちだ、と騒いでいる。我々は唯黙々と運ぶ。続けてB(仮)の様子が変になった。「ねえ、僕、変な事言ってないよね、ねえ、どう?」と繰り返す。
言ってるよ、煩い!とは、誰も言わない。背負う順番からBを外し、残りの三人が騎馬戦のつもりで騒ぐAを担ぎ、必死に聞いて来るBに相槌を打ちながら、やっとの事でバス停に辿り着いたのは、夕方だった。けなげだ、少年達よ!
それからの記憶は、小田急線の千歳船橋で下車する迄、飛んでいる。ぐっすり寝込んでいたのに、良く降りれたものだな?
誰かが気付いて「駅だ!」と叫んで、皆降りた時、同時に「いてて!」となった。足裏が痛かったので、此れは分かる人にしか分からない話なのだろう。
迷惑の、かけ始めの話でした。(ぺこり)
八海山という銘酒は全国区である。山は、それ程有名ではないかも知れない。その八海山から中ノ岳へは、オカメ覗きという、変わった名の鞍部を経て行く。できたら夏は避けた方が良い。越後の山は、夏は暑い、米が喜んで育つのだから、本当に暑い。で、山の標高は2000m位。従って、高山風の山なのに、とても暑い。そのくせ、積雪は世界一(だから高山風になる)なのだ。春山は素晴らしい、冬は深雪の為に近づけないという、変わった環境なのだ。
(体中がつった! その四へ続く)
2012年4月1日日曜日
クソ面倒な話 その四十五
前に超弦理論には、敗北に敗北を重ねたと書いた。ブランク長なんて分からん!と自棄にもなった。
其のブランク長を10の28乗大きくすれ水分子の大きさとなる。10の28乗って何なのさ!!まあ、其れは置いておこう。
水分子は、ざっと100mlで10の24乗個存在するので、有名な喩え話の、クレオパトラが飲んだワインのコップ(100ml)中の水分子が、あたしが無作為に汲んだコップの水の中に、計算上は10個は入って居ると言う事になる。
勿論クレオパトラのコップの水分子が、完璧に均等に散らばる訳でも無いだろうから、場合に依っては一つも無く、場合に依っては20個入って居るかも知れない。
嘘だろうって?計算上ではそうなっちまうんだよ!
其れだけ10の24乗とは、巨大な数字で有るので、反対に水分子の10のー5乗cmが如何に小さいかを表して居る。
何せ、水分子をリンゴの大きさにすれば、リンゴは地球の大きさになるのだ。うーん、頭がついて行かない。
するってえと、ブランク長の10のー33乗って、どうなっちゃうんだろう。あたしが理解不能って言った意味が、分かって頂けましたか??
あたしだけが分からないのかも知れないけど、どんな天才だって、此処迄来ちゃあ、絶対に実質的な把握は出来ない。え、其れが出来るから天才なんだって?
フン、ものの分からん奴の言いそうなこった。此処迄来りゃあ天才の出番なんかじゃじゃ無くて、仏陀の出番だよ!!
聞きましょうか天才さんに。最小から最大迄、イメージで捉えられて居ますか???計算は出来るだろうけど、何が解って居ますかね、あたしと何ら変わりも無いでしょうが??
言い過ぎかな??