2018年8月31日金曜日

休題 その二百二十四



 人間とは実に勝手な生き物でありますなあ。あたしの話だけど直ぐ意味が分かります。 シルバー中町地区版は昔からボランティアが盛んだった様だ。地区独自には月に一度の道路清掃がある。其の外にシルバー本部から動員が掛かる事が多いらしい。行事は大抵町田駅前で行われるので、駅に近い中町に声が掛かる訳だ。
 勿論ものぐさ者のあたしは、全然参加する気は無い。たまたま暇で、その上気が向いたら清掃に、年に一度位は出ても良いかな、ってな塩梅だった。
 地区班長になって清掃に嫌でも参加して見たら、年寄りばかりだ。まあ、当たり前なんだけど、あたしよっか年寄りばかりって事で、これじゃいけない、シルバーで仕事をしている人間には、年に一度はボランティア参加を義務付ける様センターに提言しようか、とすら考えるのだ。
 まっこと勝手な考えを持つものだ。立場が違えばコロッと考えが変わる。好い加減な事この上なしって、あたしの事です。
 七月は台風の予定だったので中止にし、八月の清掃日に、そろそろお茶を買い込んで早めに着いておこうかな、と思っていると電話が鳴った。「もう皆集まってるよ」「え!」七月と八月はスタートが三十分早まるそうだ。
 知らなかったとは言え、大慌てで飛び出してお茶を買い込み、自転車を飛ばして到着した。「几帳面な大塚さんとは思えない」何を仰いますか、あたしは几帳面の対極に位置する人間なのだ。
 配りものの制約が多くても、そのルールを飲みこんでその通りにこなしただけであって、良い加減であるのは間違いない。
今日も「銀齢」と言う情報紙を配ったが三部余った。全員にチェックは着いている。誰を落としたんだろう? まあ仕方無い。これが几帳面な大塚の正体なのだ。
 やっていけるんでしょうかねえ?

2018年8月28日火曜日

柄でも無い事 その六十九



 前に、鶴巻温泉駅前は人通りが無く店も無いと書いた。箱根蕎麦は有るが、何か店でもできたらやって行けないだろうとも書いた。
 何も店はできないのに、箱根蕎麦は廃業した。Yと堀山で幕営した翌日、里湯の帰りに閉まったのを見つけたのだ。
 まあ、しょうがないでしょうなあ。何せ人がいない駅前なんだから。何度か鶴巻店に入ったのだが、何人かは必ず客はいたけど、ぎっしり満員って事は決して無かった。
 不採算店で取り潰しだろう。残念だが商売だ、致し方無い。一寸と不自由にはなるが、町田へ帰れば有るのだから良いだろう。
 小田急フーズを覗いたら、もう鶴巻店は消えていた。やる事ハヤッ! 代わりに豊洲店が新たに加わっていた。従って総数四十七店舗は変わらない訳だ。
 ついでに閉まった話をもう一つ。大倉のドングリ山荘売店が閉まった。何の告知も無いので理由は知らないが、二月に雪を踏んで塔へ登った時は営業してたから、夏前に閉じた訳だ。結構客は入っていたようなのにね。
 ドングリ山荘自体は営業を続けている。大倉屋に次いでドングリとなると、表丹沢の登山基地大倉には蕎麦屋が一件有るだけとなっちまう。
 一寸とした食べ物や装備の不足は蕎麦屋では補えない。勿論草鞋も蕎麦屋には売ってはいない。偉く登山者には不便な話だ。
 神奈川県が偉く力を入れてる地域なのに、食堂も一杯やるとこも全滅した。どうにかしてよお神奈川県さんよお。

2018年8月25日土曜日

閑話番外 その百五



 閑話で一ノ沢を諦め堀山へ登った話をした。梅酢を薄めたドリンクが、多分効力あっただろうと書いた。
 ネットで「スポーツドリンクの造り方」があったので見たら、梅酢と蜂蜜で造るとあった。塩分もミネラルも完全に補えるとの事だ。
 こちとら蜂蜜は不用だ。甘味分は行動食として携帯している。梅酢を薄めれば良いと言う事なのだ。
 汗ビショの時それを飲むと甘くさえ感じる。身体が成分を欲しているからだろう500 ml持って行った梅酢割りの殆どはYが飲んだ。為に、大腿四頭筋がつっても(或いは本格的につらずに)歩き続けられたと判断できる。
 凄く簡単に極めて有効と思われるスポーツドリンク、梅酢を三から四倍に水で薄めるだけ、是非お試しください。とは言っても梅酢が手に入らないのが実情だろう。
 あたしの場合は長女の旦那が梅干しを造るので、梅酢を貰えるのだ。何で長女の旦那が梅干し造り? ご尤もな疑問だが、本人の好みだとしか答えようがない。
 お蔭で随分助かっているのだ。毎日焼酎の水割りにも入れてるし。これで相当美味しくなるのですぞ。是非お試しあれ。と言っても梅酢が手に入らない。
 無限ループになりそうなので、ここいらで止めよう。梅酢が手に入る人は、是非お試し下さいね。

2018年8月22日水曜日

閑話 その二百六十七



 梅酢を三倍に水で割ったのを500ml持って行ったのだが、それが多分功を奏したのだろう、Yは何とか太腿を騙し騙し次の斜面を登れた。其処を越えられればマイシクレット幕営地は直ぐ其処なのだ。
 着いたのは十四時、Yはへろへろだがどうにかテントを張り終えたと同時にポツリと来た。急いで荷物を放り込み、二人がテントに入るとダーッと降り出した。
 危ねえ危ねえ、沢に入っていれば未だ詰め上げのザラガラに手古摺っている筈だ。正しい判断だった訳ですなあ。
 雨はは雷を伴った土砂降りとなった。テントの中の我々には何でも無い。一気に涼しくなった風が強く、テントを揺さぶる。ラッキーだったなあ、我々も結構行いが良いのかな?
 Yは山で雷に会うのは初めてだと言うので、え!と驚いた。思い返せばそうだ。アルプスを縦走してれば、午後には必ずと言って良い程雷は付物なんだけどね。激しい雨音と風を聞き乍ら一杯やってるのは、良いものである。
 二時間程で雨は上がった。半端な雨なら後からムーンと蒸すが、大量に降ったので熱を完全に奪い去り、表に出ると寒い! 尤もあたしゃあ網シャツとパンツだけの姿だからか。
 ズボンとシャツは濃い塩水に漬け込んだ状態なので、とてもじゃないが着てはいられない。あたしでさえそうなんだからYはもっと凄いのだろう。現にYが「あ」と首筋を拭うとポロリと蛭が落ちた。丸くなっていて半死半生である。ははー、Yの汗の塩分にやられて血を吸う事も出来なくなっていたんだな。恐るべし、Yの汗!
 寒い位の夜を過ごし、夜中の宴会も楽しんで、翌朝はとっとと下山した。早朝から登山者が来る。一番バスではない、車かタクシーで入山の諸君だろう。
 鶴巻温泉で途中下車し里湯に入り、Yは全て着替え、サッパリして帰ったのでした。