2015年2月25日水曜日

閑話 その百四十




 飲むと良く出る話って有るでしょう。あの試合の時の逆転シーンとか、あの日は結局寝過ごして、高崎で目覚めて夜を明かしちまったなあ、はははは、とかね。
 Yと飲むと、やけに暑い日に蛭ヶ岳で落ち合った話が、飽きもせずに出る。此の話は本文でも触れて居る。
 Yは大倉尾根を登り、つった脚を騙し乍らやっと蛭に着いた。あたしは東野から蒸されに蒸されて蛭に着いた。記録的に暑い日だった。お互いに其の苦労を語っては喜んで居る。
 其れは何時の事だったのかと記録を調べたら、平成七年の事だった。今年の夏で丸二十年経つのだ。此れには驚いた。割と最近の様に感じて居たので。
 うーん、二十年も同じ事を語り続けて居た訳だ。惚けかけなのかな? 其れだけ印象に強く残って居たイベントだったのだろう。
 前述だが、Yは大倉尾根の最後のあたりでつった様だ。ガンガン照らされて居るのだから無理も無い。山頂間近のバルコニーに入り込んで、息をついたそうな。
 塔の頂上では鹿にペロペロ舐められた由。多分汗だらけだったので、鹿は其の塩分を欲したのだろう。おいおい鹿よ、腹を壊さなかったかい。
 大倉尾根で前後したおばさんが二人、靴を脱いで煙草をくわえて寛いで居たのが、鹿とYを指さして笑ったそうな。無理も無い。彼女達とは蛭であたしも会う事になる。
 塔から蛭へは地図上二時間半、もう一寸となのだが、すっかり参ったYにはそうは行かない。丹沢山へはストックに縋ってやっと辿り着いた様だ。気の毒で有る。
Yはよろよろと小屋に入り、ポカリスエットを買った。つるべ落としを下って熊笹の嶺へ登り返し、水場に座り込んで三十分も其の空き缶に水を汲んでは、茫然と飲んで居たそうで有る。聞くだに哀れで有る。
 そして、蛭に着いて三十分であたしが帽子の庇から汗を垂らし乍ら現れたのだ。(続)

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