2009年1月7日水曜日

蛭ヶ岳のビールのぬるい訳 その三

FH000069

 

 Rさんを嫌う人もいるかに聞く。でも、旧蛭ヶ岳山荘に何度も泊まった人は知っているだろう。最高の山小屋で、最高の山小屋の主人だったと。
 Yと、秋深い頃岩水沢を詰めた。(蛭ヶ岳にはYと行く事が多かった)Yが参っていて、汗だらけで進まない。花立の大階段を塞ぐ人のように、両手を広げて左右に揺れている。足を動かすので、お、進むのかと思うと、一歩下がってしまうのだ……。待ってる私は風に吹かれ放題、袖口は凍り付き、濡れた地下足袋で足の指が千切れる程痛い。でも待つしかないのは、結構きつい。お願いだから下らずに登ってくれYよ!
 やっと頂上。ストーブを楽しみに小屋に入ったら、数人の登山者がポケットに手を突っ込み立っている。情無い事にストーブは燃えていない。従ってとても寒い。で、仕方なく私達もポケットに手を突っ込んで立っていた(座ると寒いのです)。
 そこへRさんが現れた。荷揚げをしていたのだ。小屋がシーンとしていたから、誰も居ないと思っていたらしいRさんは驚いた。皆が記帳しようとすると、「ま、先ずお茶を、お茶を」と慌ててお茶を出し、ストーブを点けた。当たり前?そう、何時でも当たり前の事をした人です。だから素晴らしい。
 居ない事もあった。バイトしか居ない。聞くと、パットレスだと言う。そう、北岳です。バイト君は今日降りたかったと、嘆いていたが、Rさんは翌日帰って来た。最後迄現役の登山者だった。
 水が無い小屋なので、水汲みが大変なのだ。原小屋平の水場で汲む。私が空身で歩いても、行きに五十分、帰りに一時間半はかかる。もし水汲みをさせられたら、私なら一散に逃げ去るだろう。其処を、Rさんはしょっちゅう往復していたのだ。
 混む日はビールは一人一本と制限された。バイト君の話だと、Rさんが、自分で飲む分を必死に確保しているとの事。全て熊木沢コースから担ぎ上げるのだから、偉い苦労である。熊木沢コースは息つく間もない急登の連続なのだ。飲んで下さい、自分で苦労して担ぎ上げたのだから!尤も、慣れた客はビールを買わない人に「貴方の分のビールを買いますよ。へっへっへ」とか言って、何本もせしめてはいたが。
 Rさんと、その熊木沢コースで擦れ違った事が有る。私は下りだったし、リュックも軽くて気楽だ。Rさんは、背負子にでかい荷物を括って、流石に息も絶え絶えだった。
私「Rさん、大変ですね」
R「ハーハー、歳です、ハーハー」
 その貴重なビールにケチを付ける人も居る。
曰く「何だ、このぬるいビールは、冷蔵庫も無いのか」
 無いよ、見ろよ、ランプだろう、電気は無いの、ランプじゃビールは冷やせないんだ!文句が有るなら、北アルプスか尾瀬に行け。間違っても、南アルプス南部や蛭には来るんじゃない!
 勿論、心の中で思っただけです。怒鳴りつけても良かったかな、とは思う。思わず熱くなっちまった。表に出て涼みましょう。 (蛭ヶ岳のビールのぬるい訳 その四へ続く)

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