2009年2月22日日曜日

閑話 その十三

イラスト15

 上河内岳を語った閑話でダイオードのヘッドライトにふれた。で、今回はヘッドライトの話です。
 三昔以上(四昔に近い)前はヘッドライトは一般化しておらず、海中電気に紐を付けて肩に掛けたり首にぶら下げたりして夜道を登ったものだ。大倉尾根がメインルートで、麓から見ると点々とライトが続いていた。
 三昔前からヘッドライトが一般化したが、電池の性能が悪い為、単三電池四本タイプなので大きくて重く、炭鉱夫の装備に近かった。(と言っても分かります?)
 それから数年で今の形の物になったのだから、技術の進歩とは素晴らしい。普通の豆電球の時代が二十数年程続き、突然ハロゲンが現れて驚いた。ガスも通す威力(それ程では無いのだが)、あたしやあ相変わらず豆電球、凄いなあと思っているうち、皆ハロゲンになっちまった。テントから出るとハロゲンの白い光が右往左往していて、黄色い蛍の光はあたしだけ。一寸と恥ずかしくは有るけど、何の遠慮が有りますか。
 そしてハロゲンにダイオードを組み合わせた標準型の時代となった。此れは優れものでダイオードで全体を照らし、必要な時はハロゲンに切り替えて一点を照らす、しかも燃費に極く優れているのだ。従って皆そうなった。
 フッフッフ、皆では無い。あたしゃあ今でもイラスト通りのオールドタイプで、二十年使用しているからゴムは延び放題、頭に止まらずずり落ちるし、ネジは馬鹿になって下を向きっ放し、ヘッドライトと呼ぶもおこがましい単なるヘッドライト型懐中電灯に成り下がった物を後生大事に使っているのだ。言わせて貰えば、我ながらアホじゃ!
 山中では今回で終わりだと思うのだが、帰るといそいそと仕舞ってしまう。従って下手すると一生使う事になる。おいおい、良い加減にしろよな。はい!
 でも使えるし、それ程は不自由しないので(どえりゃー辛いでかんわ、って目に会わないので)、取り替える気になれない。性分です。コヘルだって変な鍋の蓋を取り付け(イラストにも有りました)、未だに使ってる奴なので当然の事。
 ま、夜間に登る事が無くなった(出来なくなった)のが最大要素で、もし夜間に行動しているならば、あっという間に新型に代えていただろう。
 今使用するのは天幕の中か小屋の中が主で、頭に着けられないので首から下げて必要な時にスイッチを入れるのだが、スイッチも馬鹿になっていて一発では点かないのだ、えっへん。(涙)
 最早ヘッドライトとは違う品物では有るが、長年連れ添ったよしみは切り難く、きっとまだまだ使い続けるのでしょう。幕営地で首にヨレヨレのヘッドライトをぶら下げたおじさんが居たら、多分あたしです。

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