2009年12月20日日曜日

一期一会の無言の会話 その三

FH000118

 

 

 針の木から前後して来た男(四十位、以下男と書く)は水場へ向かった。と、突然の夕立。突然とは言葉の彩なので、山中では二時を過ぎると、先ず夕立は来るのに決まっている。この日は一寸と早かっただけだ。激しい雨を見ながら一服つけていると、男がずぶ濡れで戻って来た。二人は思わず、目を合わせニヤッとした。以下は二人の口に出さないやり取り。
男「ひでえ目に会ったぜ、あんたラッキーだったな」
私「フン、お気の毒だったね。俺は年だから、楽させて貰うよ」
男「楽をした上に濡れもしない、歳は取りたいもんだ」
私「どうぞ、お取りなさい、はははは」
 此処船窪から烏帽子迄は、忘れられた山域だ。後立山縦走路と天下の裏銀座コースの間の、標高が低く樹林帯のガレっぽい、偉くマイナーな部分だ。訪れる人は極めて(其の前後のコースと比べ)少ない。
 私と男が明日其処を行くと知って喜んだ三人のパーティがいた。彼等は今日其処をやって来たのだ。彼等は雀躍(こおどり)りして言う。
A「そりゃあひどいからね」
男「そんなにひどい?」
B「路は悪いな、気をつけなよ」
私「でも、七時間コースだってじゃない」
C「あ、そんなの何のあてにもならない」
A「アップダウンがうるさいからね」
私「どの位かかったの?」
A「九時間位かな」
男「え!」
C「ペースはゆっくりだったけどね」
B「ゆっくりでなきゃ、無理だね」
男「……早立ちだな」
B「そうした方が良いね、悪い事は言わないからさ」
私と男の気持ち「言ってるじゃないか!」
 散々脅されて表で夕飯を食べて(私と男は自炊だった)いると、そのコースを学生が二人やって来る。もう薄暗くなっていた。二人はやっと小屋へ登って来る。
私「ご苦労さん、どうだった?」
男「道はきつかったかい」
学生「……良い修行になりました」
私・男「……」
もう一人の学生「着けて嬉しいっす」
 ヤバイ、修行の為に山に来ているのでは無いのだ。私と男は顔を見合わせた。翌朝、ライトの灯りで朝飯の支度をしていたら、男がヘッドライトを点け、飯も食わず出発して行く。あ、汚ねー、先を越された!
 慌ててラーメンを食べ、飛び出した。確かに良く無い路だったが、脅すだけ脅されていたお陰で其れ程の事もなく(と感じられた)、どうにか野口五郎小屋に着いた。男が小屋の前のベンチで、ミカンの缶詰をむしゃむしゃと食べている。目が合ってお互いにニヤッとした。以下は口に出さないやり取りだ。
 (一期一会の無言の会話 その四へ続く)

2 件のコメント:

DOGLOVER AKIKO さんのコメント...

あはは、山が大好きで 無口で 負けず嫌いで意地っ張りの二人の山男のやりとり すごーくおもしろいです!

kenzaburou さんのコメント...

 喜んで頂き、非常に嬉しいです!!