2009年10月2日金曜日

閑話 その三十二

 やがて本文でも触れる、カメラと間違えて双眼鏡を持って行って仕舞った金峰山の記録が出て来た。昭和五十八年一月だ。自分の三十代の文章が懐かしく、迷惑千万とは心得て居るが、図々しくも載せて仕舞うのだ。しかもカメラを忘れた話なので写真も無しです。

一月十四日(木) 快晴
 7:20カローラで家を後にする。談合坂でフイルムを購入、カメラにセットしようとして思わず、あ!と叫んだ。カメラでなくニコンの双眼鏡で有った。
 写真を撮る為に行く訳では無い!
 諦めて笹子隧道を抜けると、圧巻、甲府盆地の彼方、左に南アルプス、中央に八ヶ岳、右に金峰山が、午前の陽を受け白く眩い!
 瞬時に気が触れた。カメラ、カメラ、そうだ買おう。中古でも玩具でも良い。……でも金が無い。そうだ、借りよう。
 甲府駅に走り込み探すが無い。クソ、地方都市!カメラ屋に訊く。「あのー、貸し出しカメラは有りますか?」有る筈無い。諦める。
“林道”
 増富鉱泉から先は薄っすらと雪道、詰め上げがアイスバーン、制動が利かず滑り込んでミズガキ山荘下に到着、車を捨てショートスパッツを着け、いなり寿司を食べて出発。
“山道”
 樹間の空は飽く迄青い、目に沁みる程青い。足元は悪く、氷を雪が隠し、ともすると足を取られる。下りは一層危ないなと、帰りの心配迄する。
“ツェルト”
 ポンチョをシートにし、ツェルトをぶら下げる。ポンチョはバリバリ凍る。寒さは西穂と比べると余程緩い。
  此のツェルトは冬用で通気性良好、炊事をしても凍結しない。もう一つのツェルトなら氷の花が一面に開くだろう。併し底面を留め無いので、風が来ると何時煽り上げられるかと気が気では無い。
“風の音”
 シェラフの中で聞く風の音、ヒューでも無い、ゴーでも無い。そうだ、ドドドド、滝の音。眠れぬ侭耳を澄ますと、遥か下からドドドドド、頭上を越えて遠くへ走り去る音。其の度にツェルトは大きく揺らぐ。満天の星で有る。

一月十五日(土) 快晴
”トレース“
 昨日すれ違った登山者の足跡が点々と続く。喘ぎ喘ぎ其れを辿る。森林限界を超えると足跡は風で消され、古いトレースが溝となって続く。高度を稼ぐと其の溝も吹き消され一面の新雪の稜線だ。自分のトレースを刻み付けて行く。五丈手前では膝迄のラッセル、雪煙を立て乍ら行く。
 此れが此の連休初めてのトレースだ。俺が最初のルートを付け、やがて登って来る人間は俺の足跡を辿るのだ。次の雪が来る迄は、新雪は俺のものだ。
 (長くなったので、続きます)

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