2008年12月20日土曜日

ガレと草鞋の銀座歩き その二

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 三ノ塔を下り一寸と登ると、三角屋根の烏尾の小屋を過ぎる。ここから戸沢出会いへ細々とした路が有る。一昔前に下ったがひどい事になった。
 二月初めその日は朝迄雨で、突然止んで快晴になった。雪ではなく、氷雨というやつで,如何にも情緒が有るでしょう。三ノ塔も烏尾山も、とても珍しい景色になっていた。木や枝や笹が氷の被膜で包まれて、風に揺れて擦れ合い、からからと小さな音を立てているのだ。幻想的である。真っ青な空の下、全てが凍って輝いている。此の四十数年で、唯一回の景色で有る。
 おー、とか思いつつ戸沢出会いへ向かった。今にして思えば思慮が足りぬ事おびただし、である。藪っぽい路なのは分かっていたのだ。笹や枝や藪は全て氷に覆われているのに、それを掻き分けをひたすらこいで行く(藪はこぐと言うのだ)訳だから、氷を浴びながら下る事になる。結局全身氷漬けで林道に降り立った次第で、震えが止まらない、というお粗末でした。
 行者岳の鎖場は二筋通っている。交通量の多い路は二車線になるのです。大倉尾根の章で触れた大雪の時の事、トレースの無い表尾根に向かった。勿論ただ雪々、登山道に踏み込めば腰迄埋まると分かっているので(登山道はU字に掘っくれている)、左の樹林を下ったが、それでも膝迄もぐった。雪山を独り占め、羨ましいでしょう。しかも空は真っ青、風は、それ程は吹いて無い。従って、暖かいいなあ、綺麗だなあ、幸せだなあ。そして何よりも嬉しいのは、トレースは此の俺がつけるんだ!ま、子供だと思って下さい。
 で、行者の鎖を登ったと思いなさい。あれ鎖が雪に埋まってる。あと1mが無い。鎖を力一杯揺するがびくともしない。北向きで雪は偉く硬いが、仕方ない。指で削って弾みをつけ、這い登った。みっともないけど、凄く怖かった。
 笑って下さい、私は本当に臆病で、高所恐怖症なのだ。ほっとしていると中年の男性が向こうから来た。彼は埋まった鎖を見て息を飲んで立ち尽くしていた。……凄く気の毒に思って、去りました。
 全然別の時、季節は秋でした。左の鎖を登っていると、声が降って来た。「待って下さいよ!」見上げると、立派な六十代と見える紳士が(何で立派と分かる、と聞かれると困るが、分かるものは分かる、この年になると)右の鎖に取り付き、降りようとしていた。何を言っているのか意味不明なので、登り続けると、「一寸と、あなた、危ない、私が降りますから待って!」何でだ。紳士は右車線、こっちは左車線。構わず登り切る迄叫び続けていた。でもガンを飛ばしては来なかった。ね、紳士でしょう。
 この話は絶対誤解を招いたと思う。私は決してその紳士を笑いものにしているのでは無い。実は私にも覚えがある。北穂の大キレットで人と擦れ違う時、同じ叫びを心の中で上げた。だから何だと言われると、詰まり、大キレットかよ此処は、ははははは……。あ、いけねえ、本心が出ちまったぜ。 (ガレと草鞋の銀座歩き その三へ続く

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