2009年5月16日土曜日

閑話 その二十一

FH000049

 

 メイ・ストリームという奴が有る。文字通り五月の嵐で、急速に発達して通り過ぎる低気圧のなせる業なのだが、連休中に襲って来て大きな遭難事件を何度も引き起こしている、恐るべき自然現象で有る。
 大昔、白馬(はくば、で無くしろうまです)で五、六人の死者を出したのもそれ。装備劣悪の時代には、此れにバタバタとやられた。当時は未だ富士山にレーダーは無く、天気予報も余り当てにならなかった。
 当時の確りしたパーティには気象係りが居て、テントの中で気象概況を聞きながら天気図を書き上げる。例の「石垣島では南東の風、風力3、晴れ、1006ミリバール」です。
 因みに我が零細山岳会「山浪」には、気象係りは存在せず、空を見上げては、「まあ、良かんべさ」といったおおらかさ。(と言うより、おろかさ?)
 二昔半前、四月末に爺ヶ岳へ登って、と言っても夏道は雪の下だから南尾根を直登する訳だが、雪のひだが有って結構苦しんだ。
 閉まっている冷の小屋横で幕営、夕から風雨となって朝を迎えたが、残念ながら未だ風雨治まらず、一人で憂鬱に考える。此の日の予定は針の木岳だった。
「駄目だな。停滞するか……」
 風が天幕を揺する。
「明日も駄目かも知れない。今日降りるか。でも、爺に登り返すのも嫌だなあ」
 それ程風雨は強かった。停滞も嫌、風雨の下山も嫌、To be or not to be.不細工なハムレットで有る。
「ま、どっちにしろ、もう暫く待とう」
 こう言う時の自問自答には切ない物が有る。
 寂しくコーヒーを飲んで居ると鳥の鳴き声、風雨が急に弱まった気配に、天幕から顔を出すと、お!雨は止み雲に切れ間が出来ている。
 焦った。何故でしょう?
 詰まり、行動可能となった以上は一刻も早く行動を起こさなければ、又悪天候が来るかも知れないから。
 凄い勢いで天幕撤収、歩き始めた時は晴れだった。右下に黒部ダムを見ながら稜線を辿る。晴れて居るのは有り難い、道は無くとも(雪なので)迷う事無く針の木の冬季小屋に着きました。勿論此の山域は私一人が歩いただけで一人占め、シメシメで有る。で、何と無く幕営せず無人の小屋に入ったのがラッキーだったのだ。
 夜からメイ・ストリーム、小屋は揺れ、壁の板の僅かな隙間から、雨が飛沫となってシャワーの様に吹き込んで来る。小屋ごと飛ばされると思える一夜だった。幕営なら間違い無く天幕ごと吹き飛ばされていただろう。
 翌朝は風雨少し弱り、一気にブロック落下の痕跡だらけの針の木雪渓を走り下りました。のんびり下る場所、状況では無かったので。
 ダラダラと思い出話、五月真っ盛りなのでやっちまったのです、ご容赦。

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