2012年5月27日日曜日

柄でも無い事 その三十六



 柄でも無い事三十五の続きになっちまうけど、焼き物好きな奴が、知人に自分の持って居る焼き物を気に居られると、物凄く嬉しい。自分の感性(オーバーですかね)を理解する感性を持って居る人なんだから!!
 金持ちの話。此の器が気に入ったので、貰いたい、と言われたとする。言われた方は困ると同時に嬉しい。自分が気に入った物を、良さが分かったな!!畜生、其処迄言うなら、くれてやる。持ってけ泥棒!!となるらしい。
 其の気持ちは、よっく分かって仕舞う。貧乏人の癖にだ。ま、焼き物の究極に関しては、貧乏も金持ちも関係無いってこってしょう。但し貧乏だと、本物の焼き物に出会う機会が少ないって事なんでしょうなあ。
 処で本物の焼き物って何さ。偽者の焼き物って有るの、例えば焼き物に見える紙の器とか。表現を間違えてます。上質の焼き物と言うべきなのだ。柿右衛門の偽物ってえのも本物じゃあ無いが、少なくともあたしには何の関係も無い(資金的に?ああ、そうだよ!)。
 前述だろうけど、焼き物は作者で決まるとは思って居ない。そりゃあ加藤唐九郎の器は素敵だろうが、中には其れ程でも無い物も有るだろう。え、彼は不出来な物は割っちゃうって?喩えが悪かったか。
 人間国宝を出したのが、間違いだった。普通、名前で評価する。従って箱書きを(品物よりも)大事にする。本末転倒で有る。良い焼き物が良いので有って、決して箱が良いのでは無い。
 無名の作者の名品も有れば、高名な作者の駄作も、たまには有るだろう。あと、使う人の好き好きも有る。
 従って、自分が気に入った物が良い物なので、誰の作でも関係無い。あたしゃあ箱は皆棄てちまって、中身を並べて有る。前述でした、失礼!いやさ、酔った年寄りは同じ事を繰り返すのですよ。スンマヘンなあ。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

悪戯っ子は焼き物の蒐集には興味が無いが人から貰った近代の花瓶は百万近いと言われた。もっとも叔母上が手慰みに作った茶碗を見て「うーん銘が無いのと欠けているのが残念だ」とか云っていたので当てには出来ない。
友人に金も無いのに江戸期の蕎麦猪口を集めている者が居る。聞けば5万から100万ぐらいの品が50程あるのだ。「おい、蕎麦作ってこれで食おうぜ」といったら、ニヤニヤしてそれもいいな」とかいってました。彼は料理も上手(元弁当屋の経営者)で茹でたての蕎麦を食べましたね。
彼とパリに遊んだ時、お土産屋で無い店でガレを見つけ、「オイ金を貸せ」とか云われ、私のカードで16万で買い求めました。
30cm位の高さの一輪挿しの花瓶だか細工して電球にシェードを付ければ電気スタンドにもなる様な代物です。
数ヵ月後にあれを何に使っているのかと聞くと「いやあ40万で買った、アホが居るんだよ、エッヘッヘ」その金で江戸期のぐい飲みを買い求めてました。ガレは彼の趣味ではないらしいのです。
彼は蕎麦猪口、私にはぐ折い飲みで一緒に酒を飲んだけど、何時もより美味しく感じられました。
気のせいかもしれませんが器は物の味を変えますね。
けん様も使うほうですか?

kenzaburou さんのコメント...

>気のせいかもしれませんが器は物の味を変えますね。

気のせいではありません。ご承知の通りものの味は舌だけで感知して居るのでは無いのです。舌の役割は3割弱位かな?

使いますとも!そのための焼き物購入の旅なんですから。尤も、酒器に特化しています、へへへへ。

DOGLOVER AKIKO さんのコメント...

「器の箱は捨てて、中身を並べ、、、」、「無名作者の名品、高名作者の駄作」、、、含蓄のある、潔い言葉です。
そういえば父が亡くなったとき、いくつもいくつも箱に入ったままの器が、出てきました。高価な頂き物らしかったけれど、父には 全く知識も関心もなかったので、そのまま貯まっていたのです。関心がないならないで、毎日使えば良かったんですよね。そうすれば、良いものに愛着が湧いたでしょうに、、、と、いま思って残念です。

kenzaburou さんのコメント...

Doglover さん

それはとても勿体無い事でした。
仰る通り、感心が有ろうと無かろうと、普段使いにすれば良いのです。
不思議と、良いものは分かって来るのです。