そして造り上げた県営の小屋は、荷揚げ(水もだ!)もゴミ降ろしも全てヘリ使用で、すっごーく楽になったから、退職した職員から小屋番を募ったらしい。剣道高段者が採用されたが、二ヶ月もったっけ?分かり切った事だろうけど、剣道と山は違う。柔道と海程違う。え、分かりにくい喩えだって?好い加減慣れて下さい!
一人で小屋番を勤めるのは、辛い人には滅茶苦茶辛いようだ。客が年中来る小屋なら別だが、蛭ではそうは行くまい。私は酒さえ有れば何の問題も無いけどね。
昔々々、正月の千丈岳に登って、北沢峠のテントでもう一泊するのが何だか嫌になって(何、又寒い夜を過ごすのが嫌になったんです)、テントを撤収して其の侭下って、丹渓山荘に泊まった事が有る。今調べると丹渓山荘は無い様だ。
シーズン中はバスが北沢峠へ入る様になったので、積雪期しか客は無い訳で、経営困難と言うも愚かでもはや経営不能、仕方無い、時代の流れです。
其の時親父に聞いた話。
親父「夏に上の小屋(甲斐駒側)にバイトを雇ったんだ。慶応の山岳部員だったがね、其の年は天候が悪くてよ、客はねえずら。倅を見に行かせただね」
私「どの位たってました」
親父「半月かな。行くと歌が聞こえるがね。学生は屋根に上がっちまって、大声で歌ってるってよ」
私「ほう」
親父「倅が見ると目が変だったで、飛んで帰えって来て、学生が変だって言うずら」
私「寂しくて狂ったの?」
親父「そうらしい、やっと降ろしただがね。暫く入院してたそうずら」
山岳部員でも半月でそうなって仕舞う(場合も有る)。山馴れない人は当然逃げても責められない、剣道高段者だろうとレーサーだろうと物理博士だろうと、全く関係無い事なのだ。向き不向きで有る。
(最高峰に乾杯! その四へ続く)
2012年1月22日日曜日
最高峰に乾杯! その三
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2 件のコメント:
そんな時の特効薬は、あんこう鍋。
入院は真平御免之助で・・・
まだ食べたことがない五浦の鍋です。
悪戯っ子は未だまだ食べていないものがあるので、このまま行くとDNAのプログラムどおりに、120才まで行く。カンガルー、くま(臭いらしい)、アナコンダ、トナカイのオープンサンド(ハンバーグ)、マムシに獏。
とすると困った問題が立ちはだかる。何して遊ぶか???
誰と遊ぶかである。ペット? 否!!!
山は堪えるだろうし、仙人にもなれっこない。海も怖いしシバーは痛い。
そうなんです。長生きすると、有人知り合いは皆死ぬか動けなくなって、遊び相手が居なくなる。自分も思う様には動けっこ無い。
従って孤独になる。
なので、あたしは長生きしない様に努めます。
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