あたしが尊敬して居る作家は、吉村昭だとは、プロフィールでも明らかにして有る。カフカも並んで居るが、彼は外す事になるだろう。小説は、読めなくなったとは、他で書いので、繰り返さない。
吉村昭は小説家とは思えない。脚で書いた作品なので、殆どドキュメンタリーと言っても良いだろう。その癖、簡潔な文章の中で、人間を浮き彫りにして行く。彼を尊敬せずして、誰(作家)を尊敬すべきだろうか?
あたしの好みは置いておこう。
前にも紹介した「三陸海岸大津波」が増刷を続けて居るそうで有る。勿論此の間の津波の影響だ。我が家には昭和六十年から置いて有り、家族にも読むよう勧めて、殆どの家族は読んで居る(除く妻)。
三陸海岸の津波の恐ろしさは、嫌と言う程分かる。どんどん対策が進んで居て被害がって行くのも分かる。防波堤が物を言って、死者は劇的に減少した。
吉村昭が今度の大災害を前に亡くなったのは、良かったのかも知れない。彼が生きて居たなら、慟哭しただろうから……。
チリ津波を防いだ防波堤も、今度は役に立たなかった。スケールが違ったから。
想定外と流行り文句になったが、当たり前で(想定外と言い張る政府と企業を擁護するのでは無い)、人間とは、一切の想定はしても、大自然は其れには合わせてくれないって事なんだと思う。
詰まり、どんな想定をしても、常に其れを上回るのが、自然なのだ。
だから頭を下げて、お好きにどうぞ、と言う思想はあたしには無い。あらゆる知恵を絞って、もっと大きな次に備える事が、義務では無いでろうか。
核発電がそうだ。現に地震国トルコは、日本からの核発電購入の商談再開を望んで居る。知恵を絞りましょう。
2011年7月9日土曜日
休題 その六十八
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