2009年9月22日火曜日

新婚旅行とキリギリス その二

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 次に行ったのも妻と一緒だ。十二月であった。前夜は箒沢山荘に泊まるつもりで、最終バスで箒沢に着いた。ところが何と、箒沢山荘が閉まっている、文字通り、閉まった!
 親父ギャグ失礼しました。私は根拠もなく年中無休と思い込んでいたものだから……。
 慌てて土地の人に、泊めてくれる所を教えて貰い其処を訪ねたら、某土建会社の忘年会で貸切だからと、断られてしまった。呆然自失とはこの時の私の為に有る言葉。私一人なら、箒沢山荘の軒下で丸くなってビバークも有りだろう。勿論着れる物は全て着込み、新聞紙を体に巻きつけ、リュックに足を突っ込んで、何とか生きて朝を迎える。結構寒い夜だろうけど、耐えよう。そのくらいの事ができなくっちゃ、冬山なざ行けっこないのだ。
 此処で幾ら威張っても意味がない。妻がいてはそうは行かないのだ。従ってそこを何とかと頼み込み(だって、外に頼む所は無いんだし、バスは終ってしまったので)、広間の端をアコーデオンカーテンで区切って貰い、其処に泊めて貰えた。
 土建屋さんの忘年会だから、静かな筈は無い。アコーデオンカーテンの向こうで宴会をやってんだから。でも文句を言ったら人でなしだ。無理を聞いてくれた民宿の方、土建会社の方、本当に有難う御座いました。
 翌朝は快晴。やったー!目指すは桧洞丸。ツツジ新道を登り、石棚山から下るコースなのだ。楽勝だぜ!
 この話に私の落ち度が二つ有るのだ。一つはもう書いた、山荘の営業の有無も調べなかった事。会社の仕事なら、これ一発で馘首になっても至極当然な手落ちである。二つ目が、山が凍っていた事。これも本来なら一発で分かる事なのだ。当時は気力と根性で何でも乗り切れるという気持ちが有ったので、強引に予定通り登山した。今なら、すぐ引き返していただろう。
 ルートの始めに小さな堰堤(?)のようなギャップが有るのはご存知でしょう。其処がツルツルの青氷になっていて、両手両足でやっと這い登る状態だったのだ。つまり、雪ではなく、氷の山になっていたのだ。何処でも凍っている。日当たりの良い場所は乾いているが、ほかはとことん氷。雪の方がどれだけ増しか。何故気づかない?繰言で失礼。私はそんなに愚かなのか?(そうだ!)
 目出度く頂上には立ちました。行きはよいよい帰りは怖い。昔の歌にさえ有る通りの、決まり事です。そしてその通りになってしまったのです。下りのツルツル路はひどい。軽アイゼイが有れば何でも無い話なのだ。持って行かなかった。持ってなかったのかな?どっちにしろその時は無かったんです! (新婚旅行とキリギリス その三へ続く)

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