柄でも無い事三十五の続きになっちまうけど、焼き物好きな奴が、知人に自分の持って居る焼き物を気に居られると、物凄く嬉しい。自分の感性(オーバーですかね)を理解する感性を持って居る人なんだから!!
金持ちの話。此の器が気に入ったので、貰いたい、と言われたとする。言われた方は困ると同時に嬉しい。自分が気に入った物を、良さが分かったな!!畜生、其処迄言うなら、くれてやる。持ってけ泥棒!!となるらしい。
其の気持ちは、よっく分かって仕舞う。貧乏人の癖にだ。ま、焼き物の究極に関しては、貧乏も金持ちも関係無いってこってしょう。但し貧乏だと、本物の焼き物に出会う機会が少ないって事なんでしょうなあ。
処で本物の焼き物って何さ。偽者の焼き物って有るの、例えば焼き物に見える紙の器とか。表現を間違えてます。上質の焼き物と言うべきなのだ。柿右衛門の偽物ってえのも本物じゃあ無いが、少なくともあたしには何の関係も無い(資金的に?ああ、そうだよ!)。
前述だろうけど、焼き物は作者で決まるとは思って居ない。そりゃあ加藤唐九郎の器は素敵だろうが、中には其れ程でも無い物も有るだろう。え、彼は不出来な物は割っちゃうって?喩えが悪かったか。
人間国宝を出したのが、間違いだった。普通、名前で評価する。従って箱書きを(品物よりも)大事にする。本末転倒で有る。良い焼き物が良いので有って、決して箱が良いのでは無い。
無名の作者の名品も有れば、高名な作者の駄作も、たまには有るだろう。あと、使う人の好き好きも有る。
従って、自分が気に入った物が良い物なので、誰の作でも関係無い。あたしゃあ箱は皆棄てちまって、中身を並べて有る。前述でした、失礼!いやさ、酔った年寄りは同じ事を繰り返すのですよ。スンマヘンなあ。








