2022年7月25日月曜日

初めてのお使いとか その七


  Yの初めての春山は、ほぼ冬山の状況から始まった訳だ。どうにか雪を融かして水を造り、コーヒーで一服。風に煽られて氷の花が、バラバラ降って来る。煙草の煙はテントが風に吹かれる儘にビビビと縞模様を描く。うん、中々良いぞ。

 翌日も悪天候、早々に撤収して下山した。普通ならこれで懲りるでしょう?でもYは、其れから毎年春山へ出掛ける。お気に召した、としか思えない。冒頭の通り、天候とは無関係な例で有ろう。

 今でも此の時の話は、笑い話で出る。全然言葉が通じなて困った、と二人で笑い合う。東北弁とは、如何に優れた伝達様式なのだろう、と感心し合うのだ。

 私が初めて沢に入ったのは、三十代半ばだ。沢での遭難が余りに多い時代を知って居たので、決して沢には近づくまいと思って居た。併し、丹沢好きなら沢は避けては通れない。道の無い尾根をやるにも、沢の経験が必須だ。

 入門編の入門に相応しい沢が有った。葛葉川だ。ガイドブックを何度も読んで、略図迄書いてポケットに入れ、一人で出掛けたのだ。

 うん、此れなら行ける。略図の通り、殆どの滝は小振りで直登可能、嫌な滝には巻き道がバッチリ付けられて居る。飛沫を浴びて小滝を登るのは、爽快な気分だった。

 最後のガレも可愛いものだった。藪もろくに無い。踏み跡を辿れば登山道に飛び出るのだから、確かに入門の入門だ。うん、此れなら沢も悪くない、少しやって見るか。

 其れからは険悪な滝が売りの沢は避け、彼方此方を登った。名の通った沢は未だ良い。巻き道は有るし、踏み跡も有る。捨て縄が残って居たりもする。

 良く無いのは、全く誰も相手にしないだろうと思える沢をやり始めた事だ。相手にされなくとも沢は沢で有る。大抵詰め上げには難所が待って居る。其の下らない苦労は散々書いたので、繰り返さない。(続)

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