2014年10月22日水曜日

休題 その百三十六




 毎年朋友達と旅行に行く事は書いた。今年は大仁へ出掛けた。唯、Ynは仕事の都合で参加出来ず、五人で行ったのだ。
 帰りに伊豆長岡の近辺で食事をしたり、お茶を飲んだり、買い物したりでブラブラして居た。如何にも老舗と言う宿が有った。
An「黒沢明が此の宿に籠もって脚本を書いたってさ」
 如何にも其れらしい宿だ。此処からが本題で有る。
 黒沢は殆どの作品で、複数の脚本家と組んで本を仕上げて居る。一人の力の限界を知って居た訳だ。一つのシーンを複数の人間が書いた中から選択する。どれも不服なら、皆で知恵を絞る。
 “隠し砦の三悪人”で、国境の橋を渡るシーンには、酷く困った様だ。どうしても渡れない。宿に籠もった一同(黒沢外二名だったと思う)は頭を抱えた。やがて一人が叫んだ。「出来た!!」
 其れがあの橋のシーンとなった。貪欲と言っても良い程作品に拘り続けた黒沢明の、面目躍如で有る。
 其の代わり、チームに入ったら大変だった様だ。缶詰になるのは良い。承知の上だろう。良く無いのは注文が物凄く厳しい事だ。ま、当たり前では有る。黒沢以上の物を要求するからこそ、複数体制を取ったのだから。
 初めてチームに加わった脚本家が、敵の城への夜襲シーンを書いて居ると(一斉に書き始めるらしい)、黒沢が「出来た!」と叫んだ。
新人は未だ半分位しか書けて居ない。黒沢は「君のを見せろ」と脚本をひったくり、ざっと目を通すと「何だ、こんなもの!」と投げ捨てた。新人は悔し泣きに泣く為に隣の部屋へ入った。
 いやはや大変ですなあ。余程の腕と根性が無ければ、務まらない。
 本が仕上がると、皆で大宴会となる。其の時、世界の黒沢がポツリと呟いたそうだ。
「君等は良いなあ。僕は此れから撮らなきゃならないんだ」
 そして撮影が済むと、廃人の様になって仕舞う。一作一作に命を込めて行ったのだ。

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