2014年4月14日月曜日

割とマイナー その二




 其れからホテルにチェックイン。でも、ホテルったって山小屋の綺麗版、泊り客は私の外に男性一人のみ。ストーブが赤々と燃えて暖かったのは、とても嬉しかった。
 翌日は、木曽駒のピークへ行ってからロープウエイに乗って下ったのだが、プチ冬山としては最高!と思ったのだ。其れが出会い。
 其の時は、冬山シーズンで一般客は殆ど来ないからだろうが、ロープ駅に何枚も宝剣岳転落者の無残極まり無い写真を展示し(!)、注意を呼び掛けて居たが、今なら絶対に出来ない企画だ(ブーイングの嵐になる)。
 中央の北端は、経ヶ岳(2296m)と見て良いだろう(もちの論、無根拠です)。稜線は南下し権兵衛峠を経て将棋頭山(2730m)に至る。新田次郎氏の書いた「聖職の碑」の遭難碑が有る山だ。
 大正二年、伊那郡中箕輪尋常小学校の赤羽校長と生徒九人、付添の青年団員一人が、韋駄天台風の余波の嵐で亡くなった記念碑だ。
 建立は翌大正三年。慰霊碑で無く、記念碑で有る。信州人の面目躍如、こんな事故を起こしたからは、二度と学校で登山なんてしません、と言う発想はしなかった。遭難自体を記録し、忘れまいとしたのだ。
 そして、万全の態勢を整えて、伊那では今でも中学生の駒ヶ岳登山が続けられて居る。東京では考えられない話だ。詳しくは「聖職の碑」をお読み下さい。
 将棋頭から稜線は西南へ延び、最高峰の駒ヶ岳(2956.3m)に至る。三〇〇〇峰に一寸と足りない、残念!!だから中央は謂れ無い差別を受けるのだ(あくまで私の勝手な思い込みです、失礼!)。
 私は(そして誰でも)木曽駒と呼んで居たが、伊那の人は伊那駒と呼ぶそうで、面白いもので有る。何が? 何でも!
 最高峰から僅か(歩行一時間程)で、宝剣岳(2931m)だ。先ず此処いら辺が中央アルプスのハイライトだろう。見事な程派手で有る。丸で歌舞伎だ! おまけに宝剣岳東面にはカールが有り、ロープウエイ迄有るのだ。 あ、其れはもう書きましたね。
 (割とマイナー その三へ続く)

2 件のコメント:

DOGLOVER AKIKO さんのコメント...

たしかに中央アルプスはプロの山屋の山という感じで、近ずき難い存在です。木曽駒ケ岳は、立派で素晴らしい山なのに、遠い山です。夜行で行って、登ってすぐに帰ってこられない!!!伊那大島という駅から、ずらりと南アルプスの山々が並んで見える、、、って すごいですね。
「聖職の礎」大昔読んで、信州人の教育者の誇りと責任感の強さに感動しました。「慰霊碑」でなく、「記念碑」、、、KENZABUROUさんのおっしゃること、誠に的を得ています。確かに「記念碑」なんですね。

kenzaburou さんのコメント...

新田次郎氏が書いて居る事なので、決してあたしが的を得て居るのでないのです(汗)。
春日俊吉氏も此の遭難を書いて居ますが、本当に不運が重なった悲しい話です。
それにもめげない信州人は、実に偉大だと思います。