2024年4月16日火曜日

休題 その五百十六

 


 「井上君に逃げたと思われたくないんです」と田口は譲らなかった。ジムの会長も、それならばと尚弥の挑戦を受ける事に決まった。

 スパーリングから一年二ヶ月、日本チャンピオンを懸けた戦いが始まった。作戦通り、尚弥の左に合わせた左フックが当たった。インターバルでセコンドが「井上尚弥は怪物じゃないぞ、左が当たった」と言う。セコンドの作戦だった、怪物じゃないと励ますのが。

 押され乍らも10ラウンドを迎え、尚弥が焦っているのを感じたと言う。倒せない事に苛立っているのだろうと。試合は終わり3-0の判定で田口は日本チャンピオンを失った。

 田口は暫く井上戦が頭から離れなかった。もっとどうにかなったのではないか、と。そこへ世界戦の話が決まった。試合は畑口が主導権を握り判定で勝った。世界チャンピオン、夢はかなったが田口の表情は硬かった、「井上君なら倒していただろうな」。リングで戦い乍ら頭の中では尚弥とも戦っていた。自分は倒し切れなかった、勝ち方で負けた。

 田口は世界戦の度に強くなった。六度の防衛を果たし、WBA王者としてIBF王者に挑戦し、二団体統一に挑戦した。試合中少し劣勢になるとセコンドは「相手は井上君より強くないだろう?」と言った。それを聞いた田口は力を発揮して3-0の勝利、日本人三人目の二団体統一王者になった。上の写真がそれ。

 「井上戦があったから世界王者になれたと思います」。引退会見の言葉だ。常に尚弥を意識し戦ったボクシング人生だったのだろう。トレーナーをやってる今、元世界チャンピオンですと紹介されると感心されるが、井上尚弥と判定迄いったんです」と紹介されると凄く驚かれると言う。

 後の二人はカルモナとドネアだが、両名共ダウンを喫している。田口選手の例で充分だろう。文字通り「怪物に出会った日」である。

 井上尚弥、日本史上最高のボクサーであります。

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