2023年6月19日月曜日

クソ面倒な話 その九十八

 

 飯山陽(いいやまあかり)と言うイスラム思想研究者は時々ネットで見掛けた。歯に布着せない話っぷりが気に入って、彼女の書いた本「イスラム教再考」を買って見た。

 彼女はイスラム思想学界では異端児扱いだそうだ。学会主流の”専門家”はイスラム左翼主義と呼ぶべき反米・親イスラム思想で「イスラムこそ解決」と、イスラム同胞団と同じスローガンを掲げている。多いですなあ左翼の仕切る学会、特に文科系に。

 彼等は言う「何故イスラム教徒の時だけイスラムの犯行と言うのか。キリスト教や仏教徒の犯行とは言わない、言われなき差別だ」。

 これに飯山氏は明確に答える。イスラム教に従って事件を起こした時にそう言う。盗みなぞの一般的犯行では言わない。イスラム教に従って事件を起こした時とは、異教徒に対する攻撃を指す。仏教徒が異教徒に仏の名の元にテロを仕掛ければ仏教徒の犯行となる訳だ。

 彼等(学会主流派)は言う「イスラムは平和の宗教だ。軍国主義の残虐な日本とは違う。イスラム教徒は十七億人、イスラム国の戦闘員は五万人、極少数であって大多数のイスラム教徒は平和に暮らしてる」。飯山氏はその詭弁を聞き逃さない。聖典コーランに異教徒は公然たる敵で屈服するまで戦え、と命じており、多神教徒を見つけ次第殺し、またはこれを捕虜にし、とある。経典が戦いを命じているのだ。平和の宗教と呼ぶのは間違いだと指摘する。

 彼等は言う「ほとんどのイスラム教徒は穏健派だ」。これには飯山氏も賛同するが、十の問題点を指摘をする。幾つか紹介する。

 〇信仰・表現の自由を認めない。ムハンマドを風刺しただけで殺された例がありましたなあ。あたしは多神教信者(仏教徒)なので殺されるべき対象です。尚、イスラム教への入信は認めるが棄教は認められないのです。少なくとも十ヶ国で棄教者に死刑判決が下されているのだ。(続)

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