2023年6月16日金曜日

閑話 その四百十

 


 十一年前に白馬岳で遭難があった。五月四日、六人の北九州市の医師のパーティだ。この日の朝は晴れ、昼頃から雨でやがて猛烈な吹雪になった。六人は翌日一か所で雪の上に座り込んだ姿で発見され、半身は氷に覆われていた。痛ましいとしか言葉がない。

 ツェルトや防寒着が散乱し、ビバークを試みたが駄目だったと思われる。装備はあったのに、一切活用される事もないので不思議な事故だと話題になった。雨具の下は夏のシャツだったのだから。

 今年の平標のあたしを思えば謎が解ける気がする。上の写真はその時のものです。三月の上越の山を春山のつもりで登った結果、左耳が凍傷未満になった件だ。風に吹かれ続けて低体温症になったのは既述の通り。どうなるかってえと思考力を失う。フードも被らずラッセルを続けた。軽装の若者は「低体温症になるので下ります」と状況を的確に判断して下って行った。あたしは状況すら把握できなかった訳だ。

 風を避ける場所もないピークで、外れた電池の覆いを素手で直していて、リュックのチャックを閉める事さえできなくなり、Yに閉めて貰った。仙ノ倉へ進む気力もなく、カメラの絞りを合わせる事もできず、唯々下山に掛かったのだ。

 快晴の強風でこれだ。それが猛吹雪だったらどうなっていたのだろう。下山道すら失っていたに決まっている。他にパーティは幾つもいたが、トレースはかき消される。その上見通しが効かなければそうなる。

 頭が働かない。どうすべきかは経験が教えてくれるのだが、その経験すら浮かばないのだ。座った侭氷に覆われても不思議ではない。

 六人の医師達も猛吹雪の中でありとあらゆる手だてを取る間もなかった、と言う事だろう。猛烈な風の中では、防寒具も着れない場合もあるのだ。現にそうだったのだろう。

 初めての低体温症体験、恐ろしい症状です。気付かぬうちに機能がどんどん削られて行くのだ。六名の医師のご冥福を祈ります。

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