2015年3月6日金曜日

閑話 その百四十四




 相当前に本文で、停滞の苦労を書いた。念の為、停滞の説明をする。別名沈殿とも言う。悪天候に依って、テントもしくは小屋に閉じ込められる状況を指す。
 平成六年の春山で停滞した。予定では鹿島槍をピストンだったが、入山日の夜から雨、それも丸二日降り続いたので、予定は丸っきりパーで有る。
 爺ヶ岳東尾根を登って森林限界を越えた所に、ブロックを積んだ幕営痕が有ったので、テントを張ったと記録に有る。写真は其処から見た爺ヶ岳頂上だ。此の時は薄日もさして居たと言う事だ。
 思えばブロックに囲まれて居たのは、大変にラッキーで有った。何せ夕から雨に強風、ジェット機の音の様だ、と有る。時々は雪も降った様だ。ブロックが無ければ相当にテントも揺すられた事だろう。
 酒はたっぷり担ぎ上げたので不自由は無いが、寂しい長い一日だった、と有る。そうでしょうとも、友とするのはジェット機の轟音の様な風音と雨音のみなのだから。
 処が、其の悪天候の中青年が登って来て、あたしのテントの一寸下に張った様だ。樹林帯を来るには支障が無かった様だ。尤も彼も森林限界を越えての風には驚いたらしい。其れは、翌朝顔を合わせてからの話だ。
 なが-い一日が過ぎ、夜ともなると一段と風が強くなったらしい。「凄い凄い凄い、寝ちゃ居られない」と書いて有る。
 寝乍ら効く風音は、又独特の風味と言おうか凄みと言おうか、中々腹に応えるものだ。これじゃ明日も駄目かな、と情けなくなって仕舞う。寝ちゃ居られないんだから、きっと夜中にコーヒーでも飲んだのだろう。多分ウイスキーもたっぷり入れて。
 満天の星ならば、夜中のコーヒーも中々良いものなのだが、強風と雨音では、気分も沈んで仕舞うのだ。誰かと一緒ならば気分も紛れるけど、一人では何ともはやで有る。
 長い昼の後に長い夜を過ごすのだ。此れこそが停滞の醍醐味だ。(続)

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