2011年2月6日日曜日

クソ面倒な話 その二十七


 日本人のUFO目撃証言を集めた本が出た様だ。やっとか、と思う人と、何だそりゃあと思う人が居て当然なんで、あたしは何度も書いて恐縮至極乍ら、UFOを否定する根拠を持たないので、有っても良い派だ。
 日本でも、軍用機民間機を問わず、パイロットのUFO目撃は当ったり前過ぎて、話題にすらならない、らしい(オーバーなのでは?)。
 欧米では昔からそうだとは、何かで読んだ事が有るが、日本でもそうだったとは知らなかった。
 尤も、本に書かれて居れば正しいなら、教科書は正しい事になるし、飛んでも本も、正しい事になる。従って、本を信じるのは、極めてヤバイ冒険なので、本は参考にして、自らが考察するのが、お薦めです。
 教科書は正しい事になるしって、何の事だ?当然の疑問です。あたしはへそ曲がりなので、教科書を信じない。時代に依って教科書の内容もどんどん変わって居る筈だ。此の間迄神国日本が、今は正反対。僅か数十年で根付いたのだ。
 理数系は違うだろうって?二十年後の教科書は凄く変わって居ると思う。ビッグバンは消え去って居る筈だし、相対性理論だって、どうなって居る事やら。
 大正時代の教科書と今のとは無闇と違うのだろとは、想像出来るでしょう?では、教科書が正しいと思い込んで居たら、其の人は危ない人だとあたしは思うのだけど、その考えは変かな?一般的には、一寸と変ですなあ。
 UFOの話に戻ろう。これもくどくて申し訳無いのだけれど、UFOとETIをあたしは分けて考えて居る。詰まり、UFOは異星人の乗り物とは考えて居ないのだ。何度も聞いたって?御免なさい!
 ではUFOは何なんだろう?目撃者が嘘を吐いて居ないなら(多分嘘では無いだろう)、存在する訳だが、実態は霧の中。
 一番簡単な考え方は、高度な文明を持った異星人の乗り物なのだが、あたしは其れを否定するので、ハタと行き詰って仕舞う。否定しなけりゃ簡単なのにさ。
 いい年こいてるんだから、考えを変えて見ようか。あたしがどう考えを変えたって、何の影響も無いのだから。
 技術的に恒星間飛行は不可能なのだが、其れは地球の技術であって、かの星では全く違う技術が有るとしよう。勿論、重力も制御出来るし、光速だって平気で超すのだろう。
 公式に姿を現さないのは、未だ人類に受け入れる心の準備が無いから、と散々言われて居る説を、とりあえず認めよう。
 すると話は簡単で、チラホラ姿を見せつつ、人類の覚醒を待つって事なのか。それも五十年以上に亘ってだ。その間UFOには何の進歩も見られない。世にも珍しい話だ。世の中はこんなに変わったってえのにさあ!
 ちっ、最後にゃあ又もや疑っちまったぜ。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

宇宙は五パーセントしか観測出来ていない
後は22パーセントと73パーセントの理論が引き出した訳の解らないエネルギーみたいなものらしいです
悪戯っ子は見たり触ったりした物しか信じません。勿論、教科書なんかは他人の作り物。
歴史だって恣意的に組み上げられると云うことなのです。なのですが何を選ぶのかは個人の自由。

全宇宙は加速度的膨張しでいることにしましょう。でも、そうしとかないと理論に誤謬が生まれるで、そういう事にしましょうと、まるで多数決。
物質より反物質が多いらしいとか、んなわきゃないと思うのも自由なのです。

あえてエーテル理論が脚光を上げる日が来るかもしれないのです?

kenzaburou さんのコメント...

流石悪戯っ子さんは、物が分かるのですな!

科学は行き詰って、突破するには数光年の大きさの加速機が必要だったりして、最早考えて、信じるしか無いのです。

因みにエーテル理論は、今でも支持する学者が多いのです。

悪戯っ子(デラシネ) さんのコメント...

UFOで来たのはドラエもんとアインシュテインなのだ(きっぱり)

オバマはどこから来たのか? 多説ある報道は性格とは限らない。ミドルネームがフセインであることだけは確かなのです。

エジプトのムバラクが辞任させられた。300人の命との引き換えの代償としては小さすぎる。さらに、バラク・フセイン・オバマが朝令暮改。レーガン生誕百周年のことである。やがてUSAには女性大統領が出現するのは必然であり、アラブ諸国の王族達も民主化傾倒者の台頭に打ち震えている。
民主化という嘘、資本主義という嘘。カール・マルクス以来、何も変わって居ないではないか。ヒトラーですら今より真っ当だと言い出す輩もいる。社会主義は崩壊し共産主義者が大喜びしている。
公明党もほくそえんでいるのだろう。なんたって此れで経済破綻となれば神頼みしかなくなるのだからだ。ユダヤも大喜びだ何たって対岸の火事で助ける理由など無いし絶好の進軍の好機なのだから。
しかし、この結果がどうなるか? 再び、あのナポレオンや毛沢東のように英雄視される過去の独裁者が多く出てくる。サダム・フセインも再び民主化の指導者としてアラブの英雄と称えられることも必死である。フィリピン大統領然りだし、プーチンはレーニン主義でマルクス法応用の達人である。
ただし、アラブでも豊かな国と貧しい国があり、言葉も民族も我々が考えるように同じような王国ばかりと考えては見誤るだろう。民族主義、金権主義等々、様々な課題がある。

インシャラァ、六根清浄、なんまんだぶ、エイメンと唱えるしかないのか。理も無く義も無く在るのは欲ばかりで、まるで自分の様である。

kenzaburou さんのコメント...

>理も無く義も無く在るのは欲ばかり

大体其れが決まりごとです。
孤島で暮らした日本人が、知らないだけなのです。