2021年1月13日水曜日

閑話 その三百四十六

 


 妻が十日の日曜日に高取山に行くと言い出した。四日に次女とあたしと三人で登ったばかりだから、何とか行けると思ったのだろう。

 あたしに一緒に行こうと言うので、一人で行けと突き放した。誰かと行く、或いは誰かの後ろに付いて行くのと単独は、偉い違いがある。単独だと神経を使う。周りの景色さえ違って見える。常に注意が必要なのだ。人に頼っていると、自分がどこを歩いているかも考えずに済む。ぼーっとして山を終える。

 行ったばかりだ、頑張って行って見るんだと励ますと妻もその気になった。バスを降りる場所(自由乗降区間なので声を掛けて停めて貰う)から山道への入り方、ざっとコースの説明をする。妻はせっせとメモしている。

 特に注意を促したのは、道標を見落とさない事と、道が不明瞭に成ったら必ず明瞭な場所迄引き返す事の二点だ。これさえ守れば何の心配もないコースなのだから。

 当日の朝「矢張り弘法山コースにしようかな、喉もいがらっぽいし」なぞと弱音を吐く。いざとなると迷うのが世の常、「行くと決めたら行くんだ、何て事なくできるから」と励まし「初めてのお使いみたいなもんだ」と笑って送り出した。

 十二時二十分には「やったー、頂上に着いた」とTELあり。うん、読み通りの時間だ。この分なら問題なかろう。

 夕方には里湯で入浴して帰って来た。「やったねえ」とねぎらう。日曜だから入山者も多かったそうだ。万が一道を失っても叫べば助かる。初の単独には持って来いの日だ。

 これで弘法山コースからランクアップした訳だ。ま、里山から里山へのアップなんだけどね。それでも筋肉への負荷は倍になった。一人で歩いたので、きっと景色も道も克明に刻まれた事だろう。

 三回高取山を歩けたら塔へ連れて行く、と約束させられた。頑張れ、吾妻よ!

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