2019年3月27日水曜日

閑話 その二百八十



 例に依って頼る物とてない斜面。時々灌木が生えているが、何とした事か皆茨(いばら)なのだ。うっかり掴むとヒエーーッとなる。
 その上、大き目の奴が立ち塞がって邪魔をする。地形上そこを通らざるを得ないのにだ。シャツやズボン、ザックが棘に擦られ音を立てる。破かれないかと冷や冷やするのだ。
 やっとガレザレを越えて植林帯へ辿り着いた時は、両手に数カ所棘に刺されての出血があった。一ヶ所なんざ棘が刺さった侭だった。凄く嬉しい、泣きたくなる程嬉しい。
 植林帯に入ればしめたもんだと思うのが普通だが、この支尾根は違ってやけに傾斜がキツい。「これじゃあ枝落としも命綱を着けての作業だな」と、Yと語り合う。
 足元が急で滑るのだから、ラフにチェーンソーを扱えば、ずるっと滑って転倒し乍ら自分を切断するだろう。チェーンソーを放せば飛び跳ね乍ら落下して、他人を切断するかも知れない。ジェイソンが金曜日に暴れる様な惨劇になるのですぞ。
 傾斜の強い植林帯をワリワリ登って行く。やがて面白い所に出た。地面が柔らかくて、10cmはもぐるのだ。斜面なのでずるっと滑る事になる。グチャグチャの泥だと思ってくれれば宜しい。無闇と足掻かされて消耗するのだ。なかなか進まないんでね。
 Yはそこですっかり消耗し尽くした様だ。暫く歩いて(もがいて?)振り返ると、随分下にいる。救いは泥がこびりつかない事だ。地下足袋も思いの外綺麗なのだ。普通の泥だったら、見るも無残になっていただろう、お初の地下足袋なのにね。
 やがてグチャグチャも終わり、傾斜も緩んだ。何だか見覚えが有る所だ。一寸と先に登山道が有った。Yに「道に出た」と叫んでも顔も上げない。歩を進めるだけで目一杯ってこってす。此処から稜線は近いが、稜線が今日の終着点だと決めたのでした。(続)

0 件のコメント: