2018年7月28日土曜日

閑話 その二百六十四



 下りになると何時も不思議なのは、あんなに苦労して登ったのに、あっと言う間に馬の背(鍋割への分岐)に着く事だ。下りは楽って事なんですけどもね。
 花立を越えて下りに掛かると、ビーサンの若者が下っていた。普通には下れないからだろう、ストップの効く目標を定めて斜めに走って、目標地点で停まる。どうやらそれを繰り返しているらしい。息はハーハーだ。
 気の毒ではあるが何でも経験だ。あたしの下駄ばき大山下りは、止せば良いのに日向薬師へだった。十一月だったので霜解けのグチャグチャ路だった。それよっかは増しだろう。でも、彼は何時になったら降り着くのやら。
 大階段を下り始めると「速いですね」と声が掛かった。見ると「もう一杯だ」と言っていたカップルである。いえいえそちらこそ、もうそこが花立小屋ですよ!
 ゆっくりで良い。歩き続ければ着くのだ。ここいら迄来ると擦れ違うのは中高年が中心になる。若者は大体登ってしまっているのだ。其処へ十人位の学生パーティが登って来た。日曜日はこうでなくっちゃさあ!
 何を喜んでいるかってえと、学生パーティには平日はお目に掛かれない。中高年パーティのオンパレードだ。学生達が昔と違って、綺麗な服と装備で来るのを見るのは、ジジババ(失礼!)が大挙やって来るのを見るとは大違い。喜ぶ訳、分かって貰えましたか?
 吉沢平を越えても未だ若者とは擦れ違う。その諸君は大分バテている。若くても強いと決っている訳ではないのだ。二人の若者は登山道の横で眠り込んでいた。
 あたしなりに速めで降りて来ていたが、堀山あたりから甲から脛にかけてツリ気味になって来た。お、ヤバい兆候だと思いつつ駒止階段を下っていたら、右太腿内側がつった。
 来た、と思ったが、足を真っ直ぐ伸ばせない。伸ばすとキューッとつるのだ。(続)

0 件のコメント: