2018年2月6日火曜日

閑話 その二百五十二




 下りに強かったのは昔の事。今じゃあ下手にバランスを崩したり滑ったりしない様に気をつけるのみで、トッロッこい親父になっちまったものだ(忸怩)。
 吉沢平(ガイド本にもこの名は無い。今やあたしだけが使う地名かな?)の手前の階段で初老の男性と擦れ違った。
男性「いやあ、きついですなあ」
私「大変ですねえ」
 気持ちはよーーっく分かる。でもですよ、それでも登って来る貴方は偉い。そこいらは誰でもきつく感じる所なのだから。
 堀山を越えて擦れ違う諸君は時間的に見て、きっと今夜は泊まりだろう。明朝晴れれば素晴らしい雪景色、雪面もピンクに染まるのだ。でも、さぞや寒い事でしょう。それでも、晴れて欲しいと願うものなのだ。
 登りに苦しんだ凍った階段も、半分融けかけている。それでもアイゼンを外さずにいたら左が外れた。付け直して下り出したら、直ぐに又左が外れた。いかれたのかも知れない。結局其処でアイゼンとスパッツを外してリュックに仕舞った。此の間約五分、後でこの五分が物を言うとは、神ならぬ身の知る由ぞ無しです。
 二、三人の中高年と前後しつつ下る。やっと分かったのだが、歳が行ってるなと思う人はあたしよっか若い。大分歳だと思う人であたし位。お年寄りだなあと思う人で、やっとあたしより上。自分は若いと思ってるんですなあ。従って前後している諸君はあたしより若い。
長い大倉尾根を下り切る頃は、充分に下り飽きているのは何時もの事だ。バスの時刻を見ると二分前に行った処。アイゼンを仕舞う五分の所為だ。普段なら手に持って下るのに。と悔やみつつ三十分待ったのだ。
 降りて来たら五時間十五分だった。思いの外に標準時間で驚いた。外の人達の水準が高すぎた、としておこう。そう考えても、己のもたつく姿を誤魔化す事はできませんなあ。七十です。

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