2017年11月27日月曜日

閑話 その二百四十二




 薄っすらと雪の乗った木橋は滑り易く、嫌なものだ。どうしても慎重になる。鬼ヶ岩に登り返した時は日が出ていて、蛭も上半分は朝日を受けていた。
 見晴らしの良い稜線を、昨日と逆に辿る。と言う事は丹沢山の登り返しがハイライトってこった。バス時刻のカセが無いのだから、ダラーッと行くにしかずである。
 ゆっくりのんびりと笹尾根を登降し、つるべ落としに取り付き、矢張り登りでがあっどー、なぞと呻き乍ら丹沢山の一角に登り着いた。ピークに着くには一寸と下って登るのだ。
 五十年近く前には鞍部に遭難碑が有った。昭和初期(だったと思う)に慶應高校生四人が亡くなった場所なのだ。確か冬の出来事だった筈だ。もう一頑張りで塔の小屋に着けたのに、悪天候の犠牲になった。
 今は其の碑も朽ち果てて、無い。
 丹沢山は無人で、小屋のみが暖かそうにしている。此処に来る迄に十人以上と擦れ違ったので、小屋泊まりの諸君は皆出発した後なのだろう。


 写真は丹沢山の薄っすらと雪の乗ったベンチ。
 次は塔の登り返しが待っている。急ぐ旅でもあるまいと、引き続きダラーッと歩を進める。数人と擦れ違ったが、塔の宿泊者だ。
 からーっとした快晴ではない。何だか霞っぽい。翌日より天気が崩れるのだから仕方ない。文句を言ったら罰が当たるってもんだ。
 ゆっくりと塔へ登り返す。結構ハーハー言って塔に着いた。最後のピークに立った訳だ。花立と堀山が有るが、レベルが違う。
 時計を見て驚いた。九時二十分だった。え、三時間二十分もかかったのけえ!
 これはのんびりし過ぎだ。ダラーにも程がある。せいぜい掛かっても二時間三十分だろう、普通は。お蔭で楽には来れたんだけど。
 従って景色はちらっと見ただけで下山に掛かる。塔からの景色はとことん見慣れているしね。続きます。

2 件のコメント:

悪戯っ子 さんのコメント...

山登りに興味が無かったのは、帰りも歩かなければいけないからだった。いま想えば父は山を愛し、伯父貴も山なれしていた。伯父は一度、命をくれた。軽井沢で氷を喉に詰まらせた時に両足を持って逆さにして、振ったのだ。氷の溶ける間に死んだかも知れない。
何時も水をくんだ川が台風で濁ってしまったら我々に落ち葉を集めさせ、バケツに穴を開けて簡易浄水器だ。医者は科学者でもある。
その伯父は従姉妹や子供たちを連れて滝の沸きから登ったりして近場から始めたが、笹をかきながら峰を延々とのぼった。
そもそも麓まで数時間掛けてるのに、登り始めたら黙々と登る。男が一人なのでしんがりがおおかた。しんがりは歩き安いのはよかつた。
鼻曲山がかなり高いと知ったのは何年も絶ってからだ。

kenzaburou さんのコメント...

鼻曲山は未踏です。
浅間のそばの1600峰ですね。
昔の事だろうからろくに路も無かったでしょう。
海好きになっても同じ事で、帰らなければならないので。