2017年7月15日土曜日

悪い事ばかりではなかった その三




 気持ちの良い稜線でも、真夏である限りは虫の羽音は伴奏だ。風があれば虫は見事に消え去る。そよ風位では付きまとわれる。うかうかしてると喰われる。此れは南北中央アルプスでも同じ事だ。
 ただ、南北中央アルプスでは森林限界を超えて吹きさらしなので、然るべき風が殆どの場合吹いて居る。丹沢は樹林帯なので、そうで無い場合が多い。中級山岳なので、仕方無いと思って頂くしか無いのです。
 神ノ川から支尾根に取り付いて金山谷の頭へ登った。今は破線の登山道表記になって居るが、二昔前は踏み跡が有るかどうかの状態だった。其れでも、特に危険も無く稜線に立ったが、真夏の一日であった。
 登るにつれて暑さは遠のいて行く。木々は元気一杯、夏を謳歌している。虫達も当然元気一杯だっただろうが、記憶には無い。記憶とは、都合良く自動修正されるものなので、余り嬉しく無い出来事は消え去って行くのだ。
 尤も其れが自分を守る自然な働きなんですなあ。克明に嫌な事を覚えていたら(其れも何十年も)やってらんないって。何を思い出しても、ひえー、やだよう、となっちまう。
 山の思い出も、虫に喰われ、暑さに喘ぎ、寒さに震え、汚いトイレにギョッとし、コーヒーを飲もうとしてカップの熱さで取り落とし、雨に打たれて辛くて辛くて、となって仕舞って、もう二度と山なんざ行くもんかあ!
 ね、適当にバイアスが掛かって楽しい思い出を中心に記憶が残るって、とても良い事でしょうが。そして嫌な思い出も、結構楽しい思い出に変わって行くのです。人間とは上手く出来て居るもんなのですぞ。
 えーと、話は金山谷ノ頭に着いた処だった。細かいアップダウンを過ぎると、檜洞丸への登りとなる。其処迄行けば、最早暑さは無い。足を止めれば涼しい。一寸と休んで居ると寒くすらなるのだ。ブナ林帯なので、木陰ばかりだからなのだ。

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