2015年10月22日木曜日

閑話番外 その八十四




 死に掛けて入院して、一月近くも居ると、とことん病院に居たくなくなるもので、囚人と変わらないであろう思いに悩まされる。
 これは余りに多くの人が体験して居るであろうから、今更あたしが書く必要は無いのだが、つい書いてしまう訳だ。
 飯が不味いとは、そうなんだが言わない。生きて居て食事が出来るだけでも上等だ。一日が長い。これは困る。やる事は薬を飲むかガーゼを変えるか点滴をするか血を採るかしかないのだ。
 その癖体は思う様には働かないので、何をするにもまどろっこしい。管が取れてからはなるべく歩く様には心掛けたが、病院の中を歩いても何も面白く無い。
 詰まらないテレビを見て居ても詰まらないだけだ。お蔭でテレビの詰まらなさ下らなさを再認識出来たのはごく少ない収穫の一つだろう。
 唯一つの楽しみは妻が訪ねて来る事になったのは、如何にも情けない限りだが事実だから仕方無い。
 別に妻の顔を見てもどうと言う事は無い。何時もと変わらぬやかましいおばさんで有る。普段はやかましい訳では無いのだが、場合が場合だけに医者の手下の様にやかましい。
「暖かかくしてなきゃ駄目よ」
「梅干しなんか塩分が心配でしょう!」
「足が冷えてるじゃないの」
 子供じゃ無いんだから、そんな事は先刻承知だ。
 妻も毎日来れる訳では無い。本人の用事が有る。そんな日は味気無く一日を過ごすのみなのだ。哀れでは有る。
 何を言ってるかってえと、結局苦しい時に頼るのは伴侶だって事で、余りに当たり前の話で失礼しました。

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