2015年8月27日木曜日

又酔っ払って書いちゃった その四




 電車やバスで子供を座せれるんじゃない!親が立って居る。外にも他人の年寄りが立って居る。子供を駄目野郎にしたいのかよ!!
 子供は、思うより元気で丈夫だ。座る必要(何かの時は有るかも)は無い。我儘で座りたいだけだ。
 子供が喜ぶから、親(其れも馬鹿親)が座らせて、自分は立って居る。ガキに馬鹿をさせて馬鹿な大人になって、泣かされるのは自分だぞ、分かってんのかよ、馬鹿親!!!
 えーと、山の愚ログでしたね。
 山に子供を連れて来る親は偉い!小学生を良く見掛ける。幼稚園児の事も有る。あんた等は偉い!!自然の尊さと自助努力と他者への思い遣りを、同時に教えて居るのだ。
 他者への思い遣りが分かる? 当然の疑問だ。其れがね、自分が苦しい思いをして、初めて他人の苦しさも分かる。此れが鉄則なのだ。電車で子供を座らせる親には、死んでも分からない真理だ。馬鹿親、死ね!!
 えーと、余りの暴言でした。陳謝して取り消しません。本当だからだよ♪
 此処から先は、頼まれても無いけどYに替わって言おう。
 Yは時々嘆く。ピッケルが単なる道具になった。どれも此れも金属だ。たまにシャフトがウッドでも、金属部分は鋳物だ。品もクソ(失礼)も有ったもんじゃ無い、と。
 Yのピッケルもシャフトこそウッドだが、鋳物だ。其れも、リベットで留めて有る。昔なのに、其れしか無かったのだ。
 私のピッケルはピッケル鍛冶が鍛えて、きめ細かいウッドに差し込んで有る。フッフッフ、今手に入れようったって、手に入らないからね。え、リベット?え、鋳物?何だい其りゃあ? みっともねえよ、馬鹿野郎が、美意識はねえのかよ!!!
 此れはあくまでYの台詞(意訳です)なので、お間違え無き様に。
 (又酔っ払って書いちゃった その五へ続く)

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