2017年1月8日日曜日

柄でも無い事 その五十八




 三度(みたび)梵天荘を訪ねるに至っった経緯は、閑話の通りだ。12Kgの中型リュックを玄関に置いて声を掛けた。
「済みませーん!」
 お、爺さんでなく女将が階段を降りて来る。足が不自由なのに大変だなあ。爺さんもそうなんだけどね。まあ、旅館の構造が身障者に冷たいのだから、仕方が無いですなあ。
「時計を忘れた大塚です」
「はい、預かってますよ」
 時計を受け取って帰る訳にはいかない。
「風呂には入れますか」
「入れますよ」
 温泉の強みである。何時でも入れる。慌てて沸かさなくても良い。尤も、カランから出る湯は温泉では無いのだろうから、ボイラーには火を入れて有ったのだろう。客が来ないかも知れないのに。やって行けるのかなあ。
 で、ゆっくり温泉に浸かって出て来たら、女将が落ち葉を掃いていた。
「幾ら掃いても直ぐに落ち葉で一杯なんですよ。キリが無くて」
 そうでしょうとも。でも、小さいとはいえ旅館の女将は其れが許せないのだろう。処で三大女将さんってえのが、無根拠乍ら有る。
 相撲部屋の女将さん、旅館の女将さん、政治家の女将さん。政治家の場合は奥さんとか夫人とか呼ぶけどね。確かにどれも大変極まり無い立場だ。
「嫁に来た時は二十数件有った旅館が、今では四件残っただけ」
 ははー、此処と陣屋と大和と、ビジネスに転向した美ゆき旅館の四件だな。そう聞くと此の小さな旅館が頑張って来たのは、大変な事なんだと分かる。
 因みに女将は七十代後半だと言うが、全くそうは見えない。肌もつやつやして居る。温泉の効果も大いに有るのだろう。
 で、ミカンを貰って来ました。何だか気に入っちゃったんで、たまには行く事にしたのだ。如何にもあたし好みの宿ってこってす。

0 件のコメント: