2017年5月19日金曜日

山の報告です その五十二




 トラバースの折り返しで一寸と行き悩んだ。素直に足と体の向きを変えれば良いだけなのだが、怖い危ないと思っているので、体が動いてくれないのだ。
 どうにか向きを変え、進むと傾斜が緩んだのでYを見る。へへへ、今迄は余裕が無くてYを見てないの。何せ「何も見るな、足を置く場所に集中しろ」なもんで。
 Yは既にまともな歩行を捨てていた。山側に体を向け、ピッケルを打ち込んで蟹歩きで横に這っている。靴を必死の勢いで蹴り込んで、まんずはあ、あれなら大丈夫だんべさ。
 無事にトラバースを終えれば、鞍部へ下って行くのみ。雪解けでグチャグチャになるが、雪に戻れば綺麗になるのが雪山の良い処だ。
 笹の上にアタックザックを置いて、テルモスのコーヒーを飲んで一服つける。危険地帯を越えなければゆっくりする気も起きないのだ。残念だったのは思いの外コーヒーがぬるかった事だが、入れた量が丁度二杯分だったので、仕方無いだろう。其れでも美味しいコーヒーでしたよ。
 神楽ヶ峰への登り返しは唯々雪を踏んで行く。一登りさせられた。頂上に着くとスノーシューとスキーのトレースが幾つも有る。スキーヤーが来ているのだ。
 神楽・二股スキー場から来れば、1700m迄リフトで上がれる。標高差300mで神楽の頂きなのだから、山スキーの諸君には絶好のゲレンデだろう。危険じゃないし。
 ジャンクションから田代への尾根に下って行きつつ振り返ると稜線に十人程のスキヤーが見える。と、一人づつ滑り降りて来て、我々の左下で止まる。山スキー教室の様だ。
 見事に滑走する者も有れば。もたついている者もいる。彼等は其の侭沢沿いに下って行くので、楽ちんそうだが、やって見ればば大変だろう。
 前方から三人のパーティが登って来る。先頭はぴりっと締まった女性である。続きます。

2017年5月16日火曜日

山の報告です その五十一




 直登が続くと傾斜が緩んで来た。空が広がって行く。ん、もう頂上に着くな。と思っているとピークに着いた。平らな頂きだ。
本当の頂上は一つ先のほんの僅か高くて、交流センターの屋根だけが雪から出て居る目の前の奴だろうが、手前の此処で充分だ。
 白砂山方面も上越国境方面も、霞んでいる。特に上越国境は遠いので霞がひどい。いずれにせよ、遥かに白い山々が連なっている訳だ。
 うーん、もう一寸とシャープな日だったらなあ、と愚痴を言ったら罰が当たらあね。晴れて景色が見えるだけで、どりゃあ上等だがね。
 行きは良い良い帰りは恐い、一仕事が待っているのでノンビリせずに下りに掛かる。急な直登は急下降となる。Yは後ろ向きとなって下って行く。二つ目の急下降はあたしも後ろ向きになる。前を向いては下れない。人には見られたくない図柄ですなあ。
 さてもうじきトラバースと言う地点で例の単独行が登って来た。昨日偵察に来てトラバースから直登迄試したが、ルートが正しいとの自信が持てなくて、鞍部に戻ってテントを張ったとの事。あのテントは矢張り彼だった。
単独行「貴方達の話を聞いて、雪山を楽しむのも良いかと思って」
私「悪魔の囁きでしたね」
単独行「今日はピストンして、ゆっくり本でも読みます」
 白砂山への縦走は諦めたと言う事だ。そう、六十歳を越えれば無理は禁物。今朝早く単独の若い男性が白砂山へ向かって行ったと言う。それで足跡が多かったのだ。
 彼と別れるとトラバースが始まった。「Yよ、何も見ずに何も考えるな。今足を置く所に集中しろ」
 行きと違って雪が大分柔らかくなっている。変に斜面にくっつくと足元が崩れる。山側にピッケルを打って両手で握り、一歩一歩慎重に行く。続きます。

2017年5月13日土曜日

山の報告です その五十




 あたしのアイゼンは今日が“お初”だ。雪は締まってバッチリと効く。サクサクと神楽ヶ峰へ登って行く。途中で振り返ると、足元から続く尾根上に、ポツンと小さく我々のテントが見える。オレンジ色でなければ多分分からないだろう。
 前のアイゼンは直ぐに外れた。鬱陶しいものだった。今度のアイゼンは外れない。当たり前なんだがとても嬉しい。まあ、此の冷蔵庫、中が冷えてるよ! と同じなんだけどね。
 神楽ヶ峰迄来ると足跡が増える。単独行の足跡が加わった訳だ。雪も新しい。三日前の雨が新雪になっているのだろう。
 目の前に苗場山が聳え立つ。トラバースの跡がはっきり見える。成程、あそこを行って直登するんだな。
 神楽ヶ峰から一気に下り、笹の中の夏道に出て鞍部に着く。一寸と前に小さなテントが有った。ひょっとすると例の単独行かな。
 トラバースが始まる。思いの外高度感が有るが、雪が締まっているので足跡を慎重に踏んで行く。アイゼンが効いて助かる。Yが行き悩んでいる様子だ。
私「Yよ、危険だと思ったら山側にピッケルを打って、両手で握れ」
Y「はいっ」
 トラバースは嫌なものだ。とは言っても十年前だったらYだって平気で通過した筈だ。万が一滑落した時、片手で自分を支え切る自信が持てなくなったのだ。よーっく分かる。
登りのトラバースだから未だ良いが、下りはもっと嫌なのだが、この際は先の事を考えないの一手だ。
 トラバースを折り返して直登になる。此れ又急な直登である。遠望して覚悟はしていたけれど、想像通りだったですなあ。
 やがて藪に入り、夏道に出た。階段が続く。ふーん、夏ならこれで登って行けるんだ。そして又雪の直登だ。続きます。

2017年5月10日水曜日

山の報告です その四十九




 面白い物で、リフトに乗せてくれないと言うだけで、何もかも気に喰わなくなるもんだ。けっ、こんなスキー場、とすっかり嫌ってもうただよ。
 嫌なスキー場をやっと抜けて稜線を行く。1659mのピーク手前で幕営。未だ二時間位しか歩いてない。時刻は十時三十分である。もうテントを張るのけえ?とは誰も言わない。
此の時期でも一泊でピストン出来る山で二泊するのが、我々の流儀だ。折角の雪山を楽しまないで何とする。其れに二人共六十代、あたしに至っては此の十二月で七十になる。無理しない(出来ない)が鉄則さ。
 十二時には酒盛り。ひどくグータラな奴等だが、それが目的の一つ(?)であるのだから、結構な事だ。為に、酒はバッチリと担いで来ているのだ。ダメなパーティですなあ。
 ザクザクと足音が近づいて来た。テントの前に四十前と見えるカップルが立った。
私「白砂ですか」
男性「そうです」
私「単独行の男性が別ルートから入ってます」
女性「それは心強いです」
 挨拶を交わして二人は進んで行った。油が乗り切った年齢だ。あたしだって十年若ければ、いや、手術さえ無ければ同じルートをやっていただろうになあ。
 これで明日は少なくとも三人のトレースが有る訳で、とても嬉しい。苗場山のやけに急な斜面を、どうやって登るのだろう、と眺めていたのだが、トレースが導いてくれるのだから一安心ってこってす。
 夜中に小用の為に出ると満天の星。明日の天気は保証された。それからグングンと冷えて来た。寒いが結構な徴候だ。
 四日の朝は予想通りの快晴。ただ、一寸と霞っぽいのは仕方無いだろう。大鼾でたっぷり寝たYと、うつらうつらと少しは寝たあたしは、先ずは元気である。続きます。