2023年4月23日日曜日

閑話 その四百四


  前にも神ノ川林道が封鎖されていて、ルートを変えた事があった。今度もそうなっていたら、道志の湯の一寸と先から加入道山へ登って避難小屋泊、翌日大室山へピストンして下山すると決めていたのだ 早速道志道に入り、道志の湯を過ぎて直ぐに駐車する。

 十二時半過ぎ、あたりは一面の新緑、ゆっくりと登る。車は三台停まっていた。皆さん大室山(或いは加入道山)ピストンだろう。登りで二人とは擦れ違った。

 途中の看板には、稜線手前に崩落個所があるので注意しろとある。ありました、若ければ何でもないだろうけど、結構冷や冷やと通過した。脚の踏ん張りとバランスに自信が持てないのだ。雪の爺ケ岳なんて夢物語です。

 稜線に出る所で三人目と擦れ違った。これで全員だ。詰まり避難小屋は独占状態の可能性ができた。もし人がいたらテントを張れば良いのさ(違法なんだけどね)。

 あと一息なのだが、疲れた。流動物ばかり食べていた所為か喘息の所為か。歳の所為が正しいんでしょうなw 階段の乱打を登り切ったらベンチが四つもある山頂に着いた。凄く整備されていた。思えばここは二十年振り以上になるのだ。御無沙汰です!

 懐かしい避難小屋は直ぐ下だ。泊まった事はあったっけなあ。テントを張った覚えはあるが、他の時に避難小屋に泊まった覚えはあるんだかないんだか。爺さんだから仕方ないとしましょうかw


 
 避難小屋は皆さん綺麗に使ってくれている。荷物を広げているとノックの音、「どうぞ!」と声を掛けると若者が一人入って来た。「泊りですか?」「いえ、小屋を見に来ただけです」。あたしは小屋の主人かいw 白石峠から西丹沢へ下ると言う。今夜は独占決定だ。

 粗末な流動食の夕食は直ぐ終わっちまって嬉しい。未だ明るいがウイスキーを飲んで寝袋に入った。(続)

2023年4月21日金曜日

閑話 その四百三

 

 

 十八日の午後、爺ケ岳へ登るつもりで荷詰めをしていた。暫く仕事が休みなので、久し振りに春の爺ケ岳へ行きたくなったのだ。ピストンは無理に決まっているので、夏道から冬道に入って暫くの地点で雪を平にして幕営し、翌日頂上を踏んで撤収と考えていた。

 そこへ、翌日塔へ登るので我が家に泊まる次女が来た。「あ、パッキンしてる、どこへ行くの?」「爺ケ岳さ」「良いなあ!でも今年は雪が少なくて大変みたい」と今月上旬に爺ケ岳に登ったブログを探してくれた。

 な、何と、雪がチョボチョボで藪が出ている。雪の斜面も雪がグズグズで藪に逃げる有様。南尾根の合流点迄行けば一面の雪になるが、あたしが幕営しようとしていた辺りは話にもならない。

 結局爺ケ岳は諦めて、神ノ川から風巻の頭へ登りそこで幕営、翌日姫次をピストンして撤収と決めた。うーん、昨日丹沢から帰って来て筋肉痛が出ている我が身を思うと、何をトチ狂って爺ケ岳へ登れるとなぞ思ったのだろう。自分を、「たまに高い山にも行くハイカー」と規定したのに、急に登山者に心だけ戻ってしまったのだ。運転も危なくなった爺さんが突然「多治見で焼き物を見たいので、一寸と車で行って来るわ」と言い出した様なものだ。一種の惚けかも知れない。実に危うい。

 以上が長い前置き、十九日の九時過ぎにゆっくりと車で出発しました。ピッケル、アイゼン、スパッツ、グローブは下ろして多少身軽にはなった。但し、気管は六割弱しか空気を通さず、顎が正常な位置に戻った(?)為に噛めないので、ワンタンの小カップ、カロリーゼリー、チーズ、レトルトお粥が頼りである。おいおい、良くそれで爺ケ岳へ登ろうと思ったもんだ、矢張り惚けで間違いない。

 神ノ川林道に入ると暫くで通行止めの標識、入り口に書いておいて欲しいなあ。ふっふっふ、実は次の手も考えてあったのだ。(続)

2023年4月17日月曜日

休題 その四百七十二

 

 フランスのマクロン大統領がシナを訪問して大歓迎を受けた。大勢の財界人も同行し、エアバス160機の商談が纏まった。その他にも農作物の売り込みも成功した。

 マクロン大統領は年金支給年齢を二年引き上げる決定をして国内で大ブーイング、ストライキの嵐に見舞われて支持率は20%台の惨状なので、シナとの貿易拡大で点数稼ぎを図ったのだろう。

 帰りの飛行機内でのインタビューで、フランスは台湾問題には関与しない、ヨーロッパはアメリカに追従すべきではないってな発言をして物議を醸している。明確なシナ擁護の発言で、シナで大歓迎を受けたのも道理である。

 本音が顕れているとあたしは見る。外交は綺麗ごとではなく、自国の利益の為に行うものだから。台湾を巡って東アジアで戦争が起きても、そんな遠い所は知りません、である。

 フランスは人権に厳しいと思われている様だが、ウイグル人やチベット人や台湾人の人権はどうでも良いので、人権のない人種(?)が存在する事が前提の人権尊重だと考えれば分かり易いではないか。ヨーロッパの人権なんて一皮剥けばそんなもんだろう。

 ヨーロッパと日本の外交のレベルの違いを思い知らされるのは、マクロン訪問の数日後には、フランスの軍艦が台湾海峡をしれーっと通過し、開けたインド太平洋を守ると声明を出すところだ。え、東アジアには関与しないんじゃなかったのけえ?

 フランスはシナと組んだと見られるのは、勿論本意ではないのだろう。シナの金が欲しいだけだ。アメリカや他のヨーロッパ諸国からの非難を避ける為にやったな、と素人のあたしは思うのだ。だからと言って台湾の戦争には無関係ですよって事。

 したたかですなあ。日本の政治家も財界人もシナの金が欲しくて涎を垂らさんばかりの方々を見掛けるが、牽制球の一つも投げて見せてよ。シナに通じる言葉は”力”だけらしいのでね。