2025年12月7日日曜日

休題 その六百十一

 

 昔TVに良く出ていた早大教授が「私は見たものしか信じない」と発言していた。一応科学者なのだから、目で見たばかりでなく実証されたもの、も当然その範疇であろう。さもなくばクオークや中間子の存在も否定しなければならないから。絶対見えないもんね。

 関根東工大教授の「生命の起源を問う」と言う本がある。生命の材料のアミノ酸、核酸塩基、有機酸、ヌクレオチド等の成立過程を追及している。その過程で全生命は三つのグループに別れる事が明かされる。真核生物(人間を含む動植物や虫)、原核生物(細菌・バクテリア)、そして古細菌である。原核生物は遥か昔に細菌と古細菌に分かれ、その差は真核生物と細菌ほどに匹敵する。古細菌から真核生物は分離した、最近の事だと言う!全然知らなかった。

 それを(実験でも、採掘でも検証不能)発見したのはイリノイ大学のウーズ氏だ。時の科学者達からは「ウーズは見えないものをあるかの如く仮定している。導いたのは確率であって事実ではない」と猛烈な反発を受けた。それでも、結局1980年代に受け入れられた。関根氏は「生物学の革命があれば、ウーズこそその栄誉を受けるにふさわしい」と書く。その章の終わりをノーベル賞受賞者湯川秀樹氏の言葉で結ぶ。引用しますが、一寸と長いのでご勘弁を。

 「デモクリトスの昔はおろか、十九世紀になっても、原子の存在の直接的証明はなかった。それにもかかわらず原子から出発した科学者達の方が、原子抜きで自然現象を理解しようとした科学者達より、はるかに深くかつ広い自然認識に到着し得たのである。『実証されていない物事は一切信じない』という考え方が窮屈過ぎることは、化学の歴史に照らせば、明々白々なのである」。

 科学者にこそ豊富な想像力が必要なんでしょう。TV御用達の教授は、革命的な事を成し遂げた先人の足跡を、見た事も考えた事もなかったのでしょう。TV向けの人でしたなあ。

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