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2022年11月11日金曜日

山の報告です その二百一


  足元の余り良くない路を下って行くと、先に降り始めた男性に追い着いた。登りの時に沢から踏み後の様な路に上がった地点だった。見ると沢の向かい側へ路が続いている。何だ、沢を歩かなくても済んだんだ。先行する若い二人の強引な登りに付き合った、年寄りの冷や水だったですよw

 その儘路は続いて林道へ戻れた。うーん、その出口にはマーカーが幾つもあるんだから、前のあたしならそっちへ行ったに決まってるのに、今回は変に自信がなくて人に付いて行った。衰えたと言わずして何と言おう。ルートファンディングも沢登りも、もう無理なんだろうか? 或いはそうかも……。

 流れを見乍ら林道を下って車へ戻った。三時間十分でピストンした。思いの他上部迄入っていたのだ。もっと下から歩き始めたつもりだったので、自分の位置不明状態に陥ったと分かった。一寸と遅いです。

 車で走り出すと軽トラと擦れ違った。運転してる若者が合図するので窓を開けると「山に登ってらしたんですか」「そうです」「今朝から停めてあるので駐車料金を頂きます」。五百円払いました。若者は丁寧で愛想良く、山の様子なぞを尋ねる。こちらも気分良く問いに答える。道志村は観光が大きな収入源だろうから、皆さん感じが良いのです。

 道志を抜けて青根に入って直ぐの立ち寄り温泉「いやしの湯」で入浴する。こんな田舎じゃ空いてるかと思いきや、地元の人が結構入っている。地元割引があるのだろう。

 湯上りで一杯やりたいが車なので駄目。山菜蕎麦を食べて昼食とする。田舎なんだから山菜はもっと多くても良かろうに、なぞと思いつつである。相変わらずいやしいあたし。

 あとは車を走らすだけで町田に着く。快晴の秋の一日、本当に簡単な菰吊山だった。車がなければ偉く遠い山なのだ。湯上り一杯が駄目位、我慢する価値がありました。

2022年11月8日火曜日

山の報告です その二百


  1379m頂上に着いた。正面に富士山。おー、と声が出る程近い。西丹沢でも西に偏しているので見事である。頂上には中年夫婦と単独男性(あたしより一寸と上かな)の三人がいて、さっきの二人はいない。多分、山伏峠へ向かって行ったのだろう。

 夫婦の三脚が立っている。富士山の雲の良い状態を待っている様だ。山の写真を撮ろうとするなら、その粘りが絶対に必要なので、あたしが様に手持ちでパチリとやってお仕舞では、碌な写真は撮れないのだ。もう皆さん充分ご存じですよね。

 風もあって寒い。上着を着こんで一服つける。山頂の一服は何物にも代え難いのだ。あ、皆さんとは離れて吸ってますよ。タバコ吸いのルールですので。

 菰吊山は富士山方面しか展望がない。畔ヶ丸や大室山方面が見渡せれば良いのになあ。どうしようもない事を嘆くだけバカってもんだ。見える景色を楽しもう。文句なしの大自然の真っ只中なのだから。

 初老の単独男性が下山して行く。あたしはカロリーゼリーをチューチューやる。これが一番簡単で宜しい。樹越しに目立つピークが見える。地図で確かめると鳥の胸山(とんのむねやま)だった。結構高いのだ。昔々、大界木山から稜線通しで行った。途中で間違って慌てたが、今はその路も登山道で記載されている。時は流れます。

 下山に掛かる。黄葉の中を下るのは、登るよりずーっと気分が良い。楽だから(小声)。避難小屋にはあっけなく着いた。分岐はその僅か下である。そこから大界木山が見えた。下の写真がそれだが、何だか分からんですよねw


 
 沢へ下る路に入ると足元が良くない。すると歩度が落ちる。弘法山の滅茶苦茶良い道ばかり歩いていたので、少々悪いと辛く感じるのだ。いかんですなあ。楽が身に着くと碌なこたあないってこってす。(続)

2022年11月5日土曜日

山の報告です その百十九

 


 暫くの間もたもたと沢を登る。よっこらしょってなもんで、丸でどっかの爺さんだ。それに違いはないけどねw

 そのうちに踏み後に入り、やや歩き易くなったのは目出度い。この沢沿いの道は十年前にYと下ったが、その時は深い雪だったので尻セードで滑り降りた。あれは面白かった。登りとなると結構キツい。

 ジグザグの登りになって程なく稜線に登り着いた。あの二人は影も形もない、とっくに山頂に向かっているのだろう。稜線は黄葉だが、一面見事にとはいかない。丹沢は大体そうなのだが、ブナの黄葉とたまに紅葉だ。


 
 そこから一登りで避難小屋である。硝子越しに中を覗くと、昔通りだ。ああ、あのテーブルを囲んで大宴会になったんだ。雪はなかったから十年以上前になるのか。その時一緒になった高校山岳部の皆さんと神戸からの二人の初老の男性、さぞや喧しかったでしょう、今更乍ら御免なさい(ペコリ)。

 既述だが、大宴会のメンバーはあたしとY、中年夫婦の奥さん(旦那はビールを飲んで寝てしまった)、髭さんと呼んだ落ち着いた中年男性、大阪から単身赴任で来ている男性、以上五人である。遅く迄飲んでいたのだ。寝てる人が大勢いるので小声で話したつもりだが、絶対騒いでいたに決まっている(汗)。

 そんな事を思い出しつつ、後は菰吊山へ登るのみ。昔は直ぐに頂上だったが、今は距離がある。地形が変わったのではなくあたしの力が衰えたの。え、分かってるって? そうですよねえ。

 ちらほらと他の稜線やピークが見えるが、樹木が邪魔して見え隠れである。ここ相甲甲国境線はそうなのだ。昔々は倒木や藪でやっと歩ける状態、路だって踏み後みたいなもんだった。今じゃ一級国道になっている。東海道自然歩道ですから。菰吊山なんてマイナーな存在だったのに、避難小屋迄あるのだ。(続)