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2014年7月17日木曜日

閑話 その百三十一




 百三十の続きです。
 パーティの引き込まれた分岐点迄頑張った妻は、此処いらで限界を迎える。五月も六月もそうだった。そうなるとどうなるかと言うと、プラス傾斜計測装置になるのだ。
 詰まり、登りになるとガクッと歩みが遅くなる。芋虫に追い越される位になる。平地と下りは、そこそこ歩ける。
 無理も無い。年中背中が痛い痛い、と言ってる妻を散々(本人に取って)歩かせて居るのだ。偉い負荷が掛かって居る訳だ。
 でも良いのさ。後少々頑張れば、温泉が待って居るのだ。五月には、弘法の湯にゆったりと浸かり、妻は湯上りのビール一缶でグロッキー、暫くは動けなくなった。
 限界寸前って事だろう。でも、背中や腰の痛みは全く無かった。矢張りリハビリになって居るのだ、本人は辛いだろうけど。
 大体からしてリハビリとは辛いものだ。だから、患者が家に帰るとリハビリを続けられない例が氾濫して居るのだろう。
 六月の時は、やっと弘法の湯に着いたが、月曜休館だった。あっらー、どうしよう。
 何、鶴巻温泉には幾つも立ち寄り湯が有る。旅館がやって居るのだ。少し戻って大和旅館に行って風呂に入った。一寸と値が張るけど、其の時は貸し切り、あたしも妻も、夫々一人でのうのうと温泉に浸かった次第。
 あたしのリハビリの山なのだから、妻にも良いだろうと、勝手に決めて居る。暑い盛りは避けて、秋になったら又連れて行く。妻は二度も行ったのに良くならない、と嘆くが、一、        二度が何だ。月に一、二度を繰り返してやっと効果が見えて来るもんだ。素人考えだが、きっとそうだろう。
 あたしは高取山ばかりに登りたい訳では無い。色々登りたい山は有る。併しあたしが高取山で膝の痛みを直したのだから、妻もそうあって欲しい。
 そうなるかも知れないと思うので、嫌がらずに高取山通いを続けよう。悪く無い山だし。

2014年7月11日金曜日

閑話 その百三十




 聖不動経由で高取山へ登り鶴巻温泉へ下る、我がリハビリコースに、妻を連れて行く事が出来た。それも、五月六月と二度だ。
 取り付く迄の車道歩きが一時間以上かかるので、多少心配はして居たのだが、気持良く開けた麓歩きなので、問題は無かった。
 五月の時は、遠望する聖峰が赤く見えた。登ったら一面の躑躅だった。一人の時は此処迄ワンピッチで来るが、妻連れの時は途中で休んでから来る。
 聖峰から山らしくなる。階段に掛かると、一気に登らされる。まあ、ハイライトですなあ。ぐんぐん登って稜線に飛び出ると、頂上は五分程だ。又此処へ戻って来ると話すと、頂上は行かなくても良い、なぞとのたまう。駄目、と冷たく拒絶してピークを踏む。
 折角肩迄登ったんだから、頂上に行かなくっちゃさあ。あれ、Kと同じ考えになっちまった。でも此の際は五分だからOKだろう。Kの場合は、平気で一時間は登らせるのだ。
 六月の時は、頂上で雨が来た。木の下でおにぎりを食べて出発したが、知らぬ間に蛭に付かれて、妻は一か所、あたしは三カ所喰われて仕舞った。クッソー、蛭の奴め!
 五月の時。善波峠迄来ると、六、七人の中高年パーティが来る。
女性「どちらからですか」
私「高取です」
女性「吾妻山はこっちで良いですか」
私「いえ、逆です。此の先を左へ行きます」
男性「(皆に)おい、引き返しだってよ」
 彼等はざわついた。其の騒ぎを尻目に、あたしと妻は進んで行った。彼等もついて来る。真っ直ぐ行けば良いのに、変に曲がって仕舞ったのだ。
此処(分岐点)の道標は前から変だとは思って居た。今迄は、吾妻山方面と表示して居たのが、急に鶴巻温泉に変わるのだ。吾妻山は何処??と迷わせる造りで有る。(続)