2026年2月24日火曜日

閑話番外 その百八十九

 


 前章で朝日岳のジャンクションから巻機山が、上越国境稜線のルートのない部分の入門編と書いた。何たって入り易いのと、現役ならば前夜発で一泊行程だからだ。七十才なら二泊、或いは三泊、或いは全く無理かあw

 勿論積雪期に入るのだが、その訳は散々書いて来たので宜しいでしょう。上の写真は例に依って借り物です。

 さてその次は、巻機山から丹後山への稜線になる。こちらは前夜発で二泊が必要となる。巻機山へは登山道がある。越後の名山なのだ。丹後山にも登山道がある。更に丹後山から大水上山を経て中ノ岳、そして越後駒ケ岳へと登山道は続く。中ノ岳からは八海山へのルートもある。キツイですぞお。

 上越国境線は大水上山迄だ。既述と思うが、大水上山とは余りに立派な名前で、行って見ると一寸としたピークに過ぎない。利根川本流の水源の山なので、敬意を払われて付けられた名前なのだろう。その大水上山から上越国境線は分かれる。東南東へ下る急峻な尾根がそれなのだ。

 話が飛びました。入門二番目の話だった。先ずは巻機山に登らねばならない。積雪期でも山スキーヤ―が入るから、トレースは確りしている。現役の諸君なら二泊プラスの装備でも、苦もなく登る事だろう。あたしとYは六合目で幕営し、ピークをピストンして又そのテントで泊まるなんて、大名登山でしたなあ。折角荷物を担ぎ上げたのに、何を急いで下らなきゃならんのか。ゆっくり雪山を楽しむのが我々のポリシー、悔しければやって見れば良いのさ、簡単なんだから。

 閑話休題。丹後山迄は結構ある。昔は下津川山通過に要注意と雑誌には書いてあったが、特に危険は感じなかった。若かったからかな。

 丹後山から下山してから二時間の林道歩きが待っている。しゃくなげ湖の横を通る道だ。入門二番目は一寸とハードでしたね。

2026年2月21日土曜日

閑話 その五百二十九


 

 この日月の休みで次女夫婦は、白髪門から登って朝日岳を越え、ジャンクションから巻機山を目指すと計画していた。上越国境稜線の道のない部分の入門編のコースである。上の写真はそのルートだが借り物です。

 あたしもそこから始めたが、春の連休だったので二月とは違う。二月は冬山真っ盛りだ。ジャンクション迄のルートは、あたしは清水部落から謙信尾根を登って行った。冬に謙信尾根から入ると、清水峠へのトラバースが危険過ぎるので使われないのだろう。

 夜入って一泊二日だから、檜倉山あたりで幕営するのだろう。春なら池塘が清冽な水を提供してくれるので幸せこの上なしだが、冬じゃ雪の下だろうから残念ですなあ。翌日は唐沢山を越えて巻機山である。

 冬には稜線東側に雪庇が張り出すのが気掛かりだが、今は情報時代なのでそんなこたあ先刻御承知だろう。参考記録が幾つもアップされているので。

 あたしの時代は既述だが、「山と渓谷」や「岳人」のバックナンバーを古本屋で漁って行きたい山の情報を得た。神保町には山専門の古本屋があった。良い時代でした(?)。どこが?と問われると答えに詰まるが、簡単に道のないルートに、それも積雪期に入るのは大変な事だったので、気楽ではなかったと言う事かな。勿論、次女夫婦も気楽ではないだろうが、皆さん普通に入るので簡単な気がするじゃないですか。

 処がどっこい、それは天候に恵まれればの話。天候が崩れたら即動けなくなる。ホワイトアウトでも喰らったら雪の上で止まっているの一手、下手に動くと飛んでもない事になる。従って、回復しなければもう一泊、俗に言う”停滞”て奴だ。多少心配ではあった。

 今の山の天気予報は凄い。その二日間は強風予報。次女夫婦はあっさりと諦めて四阿山に切り替えた。安心したですよ。

2026年2月18日水曜日

おまけ

 


 ”おまけ”なんかで胡麻化そうってえのか!と怒る人も殆どいないだろうから(絶海の愚ログなんで、えっへん!)、縦走に出かける筈もなく、船旅に出掛ける金もなく、じゃあ何で愚ログの更新がされなかったかと、極めて詰まらない訳を書きます。

 シルバー人材センターから、一月二月三月と続けざまの配りものの依頼が来た。あたしゃあ中町の班長だから人の手配と、そのうち二件の品物の手配をしなければならない。そして自分でも配るの。

 一月分は無事終えて目出度い。二月分は難物で今格闘中である。次は直に来るのだが、あたしが枚数を数えて(たったの六千枚だけどね!)配ってくれる人に配るのですよ。

 その騒ぎは始まってないのだが、病院案件が突発して北里大学病院へ検査に通う事になった。昨日なんか三時間待てされて、帰りには会計も締まってるので次回ですよ。そして次はいつって決まっちゃうの。

 って訳で、シルバーの仕事も検査の日にぶつかって人にお願いする有様。その間にも次の荷物が着く前に配りものを終えておかなきゃならない、ってヒッチャカメッチャカが続いていた訳です。別に病に臥せっていたのではないです。

 てな言い訳でみっともない事夥しいが、ご勘弁を。