2026年7月6日月曜日

閑話 その五百四十三


 

 去年の三月の事故である。平日だったのがいけなかったのかなあ。土日でも通る人が少ない場所なので関係ないかも知れないが、その尾根に降りて行く姿を誰かが見ていてくれた可能性もあったので。

 経緯は、単独男性が塔の山頂での写メを家族に送ったあと、消息を絶ってしまい、広範囲の通過可能性のある危険地点を捜索しても見つからず、大分経って新茅ノ沢上部で遺体が発見されたと言ものだ。

 参照した文章は登山のもので、被害者の年齢や死因は不明であるが、滑落死した様に読める。そのインストラクチャーの方がこの遭難を取り上げた趣旨は、御自身が遭難救助に携わっている経験上の諸注意である。

 この遭難者の捜索に非常に苦労したのは、遭難者が家族に「丹沢に行く」としか言ってないので、塔から下山する主な路が表尾根、鍋割山経由、大倉尾根、長尾尾根と四本もあって、尚且つ途中で別れる枝尾根道も多い事だ。一体どこを探せば良いんだ?山は広いのだ。登山届が出ていれば一発でルートが確定して捜索できる。登山届は出ていなかった。白状すれば、あたしも丹沢で登山届を出した事はない。テヘペロwで許してたもれ。

 被害者は表尾根を烏尾迄下って、水無川へ下る急な尾根(仲尾根)を下って滑落したか、枝尾根に引き込まれて沢に降りたと推測されている。随分マイナーな尾根に入ったものだ。ここ迄捜索の手が伸びるには、相当あちこち調べてからになるのは当然だ。滑落死なら早く発見されても結果は変わらないが、ご遺族を思うと一日でも早い方が良い。

 「丹沢へ行く」はダメだ。範囲が広過ぎる。「塔ケ岳へ行く」も前より増しだが、ダメである。どのルートを取るかが大事だ。範囲が絞られれば時間の問題だ。救助隊員達は遭難しているであろう場所を直ぐに見つける。自分を危険に晒しつつ身に着いた技だ。感謝のみであります!

2026年7月3日金曜日

おまけ

 


 前章で次女夫婦が笠ヶ岳へ登ったと書いた。何時も妻のスマホへ写真を送ってくるのだが、そのスマホがイカれてあたしのPCへ転送できなくなった。で、あたしへ直に送ってくれる様言ったが来ない。忘れたんだべさ、と写真は昔の北穂高からのを使った。今日会って、「写真送った」と言われて「来てない」と答えると、早速送って来た。こっちのPCがイカれた時期だったので消えたのだろう。見た処それ程雪はないが、斜面には張り付いていたのだろう。変に硬くなっていると、確かにアイゼンなしでは無理なんです。


 

 稜線に上がると雪は殆どなくなる。残雪の初夏の山そのものだ。


 

 幕営地近くだろう。これじゃあ雪上にテントを張って雪を溶かすのも当然です。朝にピークへ向かった時のものと思われる。ピークはテント場の直ぐ上なんですよ。旦那の頭の上に槍が見える。


 

 槍を引き寄せたのがこれ。笠からの槍は、普段見慣れた角度と一寸と違うので、面白く感じた覚えがある。

 朝焼けだからこの日は天気は今一だった筈だ。ひたすら下るだけだから、降らない限り問題はない訳です。そして降らなかったらしいので、上等です!

2026年6月29日月曜日

閑話 その五百四十二

 


 六月初旬に次女夫婦は笠ヶ岳に登った。新穂高から笠新道ピストンだった。前夜発で車で入り、笠のキャンプ場で一泊し翌日下山で帰京。忙しい事である。

 今はトンネルができたので、新穂高へは松本から入れる。あたしが初めて笠ヶ岳に行った三十代の頃は、名古屋に出て高山線で高山に着いて、そこからバスだった。登山基地迄が既に旅でしたなあ。

 笠新道は登山口から稜線迄五時間四十分、稜線に出れば緩い歩きで一時間でキャンプ場だ。そこから山頂はすぐそこ。稜線へ時間が掛かるが、標高差は1200mだから塔に登るのと同じだ。処が距離の半分で一気に1000m登る。ここがキツいんです。傾斜が厳しいと体にも厳しいので、時間も掛からうってもんである。次女も「もう登る事はない」と言うからキツかったんでしょうよ。

 半分から上は雪でアイゼンで登った。今年は残雪が多かったのだ。上の写真はゴールデンウイークのものだから、もっと雪はなく稜線付近から上が雪なのだろう。

 あたしが三十代の時の笠のキャンプ場の水場はお盆の時期、巨大な残雪の下にトタン板を差し込んでそのトタンからザーザー流れる水がそれだった。手間いらずで豊富、随分楽をしました。それがなければ稜線直下に水場のマークがあるから、一寸と下らされるのだろう。次女達は一面の雪、雪を溶かさなければならなかったと不服そうだった。

 その位何さ。幕営用具を背負って笠新道を登れたんだ、とても羨ましいよ。とは言ってもあたしも登れる歳だったとしても、もう登る気にはならないけどねw

 笠ヶ岳は見栄えが良い山ではない。その癖登ると思いの外にキツい。だもんで余り人は押し寄せない。それでも次女達の他に三張り程テントがあったと言う。実に羨ましい。