2026年10月16日金曜日

閑話 その五百五十四

 


 ラベルは”平成三十年”だが、その五年後の令和五年はどんな山に行ったか見てみた。あたしが七十五歳になった年である。

 何と、二十七回も山に行ってる。そのうち十回は弘法山なんだけどねw 一回はYと一緒だった。次に多いのは八回の高取山で、三回はYと行ったが、何とか弱って行くYを山に連れ出そうと頑張った時期だったんですなあ。結局二人共アカンようになっちゃたけど。

 四回もYと堀山で幕営をしている。堀山だってやらないよっか遥かに増し。幕営具一式を背負って登るのだから訓練にはなる。今やれったって、絶対にできませんて。

 一番のイベント春山はYと平標だ。雪の多い年で天気も上等、仙ノ倉迄行く予定だったが三月の千切れる様な冷たい強風の日だった。為に、春山装備のあたしゃあ耳を凍傷にやられ、平標迄だった。思えば残念な事をしたもんです。三月にしては装備が甘かった。上の写真がそれです。

 五月には加入道山の避難小屋拍、翌朝、大室山をピストンして下山。新緑の贅沢山旅って感じで、気分の良い二日間でした。但し、筋肉痛が五日間続いたとある。矢張り七十五歳なんだ。テントを背負って歩く限界って事でしょう。一応テントも持って行ったので。

 塔をピストンしている。九月だが五時間二十二分だとある。汗びしょだったとも。これが最後の塔になった。未だ分からない?いや、分かる。もう登れないでしょう。

 大倉高原にYとテントを張って寝て、翌朝三時から登りだしたが、Yが不調で大階段の手前で引き返した。登れていたら、それが最後の塔ななっただろう。あたしもYも。

 寄から栗ノ木洞の尾根を詰めて、装備を置いて鍋割ピストン、栗ノ木洞で野宿って変わった事をやった。畔ヶ丸の下の避難小屋予定だったので、テントがなかったの。で、地面にマットでシェラフ。落ち着かないですよw

 ローソクが消える前に炎が上がる、その姿である。何とか立て直そうと努力した最後の年でした。

2026年10月13日火曜日

休題 その六百五十三

 

 本当にどうでも良い話ですよ、この愚ログについてなんだから。

 昨日の閲覧頁は百二十五頁だった。一昨日が四十数頁。週のうち五日位が数十頁で、一日が従来通りの十ページ凸凹、残り一日が百頁越えでたまには六百位にも達する。

 あたしは勝手に閲覧数を頁単位に見ているが、各章に幾つと明細があるので章単位かな?多分それはないでしょうな(無根拠)。ここは頁数としておきましょう。

 数か月前に千頁を越えて驚いた話は書いた。十年以上に亘って一日に数ページで、多くても十頁一寸とだったのだから、そりゃあ驚く。その数か月前から、百頁を越える日もたまにあったのだが、突然の千越えである。何の間違いだと思うのは自然だろう。

 それがですよ、先週ついに一万頁(!)を越える日が現れた。えー!何のこっちゃ! どこからかと見ると、アメリカ、カナダ、フランス、インド、ロシア、中国、日本、etc。ふーん、たまたま世界の駐在員がこの愚ログに辿り着いたって事かな。少しは閲覧数が増えていたので、アルゴリズム的に探し易くなっているのかも知れないですなあ。

 皆さん、揃いも揃って静かな読者である。コメントは一切ない。尤も、爺さんの愚ログにコメントを入れたって、何の張り合いもないのは当たり前かw

 前に愚ログについて書いたが、あの時の読みが当たっている筈だ。皆さん本文を読んでくれる。一応推敲もされてるし、読める程度にはなっているつもりだから。やがて本文がアップされず、閑話だ休題だと、どうでも良い訳の分からん文ばかりになって、離脱する。先ずそんなとこでしょう。

 海外で日本の山を懐かしく思う。そしてこの愚ログに出会う。そういう人に少しでも故国の山を思い出す縁(よすが)になったのなら、この愚ログも甲斐があると言うもんです。

2026年10月10日土曜日

閑話番外 その二百三

 


 高山は秋山真っ盛り、中腹は紅葉(或いは黄葉)で彩られている事だろう。実際に目にすると、オー!と声が出るものだ。森林限界を越えた所では草が色付く。山全体が色付くので、うっとりと見てしまう。

 それは中年迄で、六十代後半ともなると、色付いた稜線を見上げて「さあ、大変だぞ、ゆっくりと行くしかない」と覚悟を決めるのであって、”うっとり”なんぞはできない。周りが見事な黄葉であっても、唯歩くのみでその美しさを愛でるなんて、ないないw

 それでも秋山は好きである(あった?今は行けないので)。バテていても、休憩時には景色が名映る。ぼんやり乍らも、綺麗だなとは思う。特に快晴の時はね。神経の殆どは先の行程に捕らわれてるんだけどね、歳は取りたくないものです。

 燕岳へ登る途中で、黄葉の林の上に稜線が見えた。その稜線は新雪に輝いていた。あれは四十代初めかな、純粋に綺麗さに息を飲んだ。先の心配をしないというのは、素直に景色を楽しめるのだ。年寄は景色を楽しむのも難しいのですぞ。恐ろしいでしょうが。

 丹沢も稜線は黄葉が始まっているだろう。未だ、カマドを中心の一部だろうけど。カマドは赤いが、丹沢に紅葉は殆どない。黄色なのだ。それが渋くてあたしは好きだけどね。

 そう言えばアルプスでも紅葉の記憶がない。あったかも知れないが、覚えているのは一面の黄葉ばかり。丹沢と同じ事だったのか。違いはアルプスのスケールの大きさだ。視界一面黄葉で埋まる。丹沢ではそうは行きませんなあ。山の大きさが違うのでね。

 上越の山は春専門だから雪景色だけだが、一回だけ秋に歩いた。谷川岳から平標迄だ。樹木はないが草が色付き、綺麗な秋の山でした。あと夏に一回行ったか、上越国境線は春ばかりと言っても良いですな。

 さてさて、今は弘法山の黄葉しか見られなくなりましたよw