2026年9月7日月曜日

閑話番外 その二百一

 


 古いアルバム(現像した時に写真やがくれるやつ)を取り出したら、正月の千丈岳だった。あたしの記憶では冬の千丈岳は一回だけ、それも深いガスで、唯々風に吹かれただけだった。処がですよ、快晴だったのだ。北沢峠にツェルトを張った、とある。詰まり二回登っていて、最初の方ってこってす、昭和五十五年だから、四十三年前の話なのだ。

 全く、綺麗さっぱり忘れていた、快晴なのにね。写真は巧くない。今だって下手だが、もっと下手だ。折角の素材が生かされていない。バカチョンだから見た侭なんだけど。

 ヤッケとオーバーズボンは黄色のコットン、マナスル登山隊と同じ装備だ。ロングスパッツはナイロン製らしい、そして青い出目帽を帽子として被っている。手袋は黒に黄色い柄の入った懐かしい奴。オーバーミトンを着けていないから風は弱かったのだろう。絶好の冬山じゃないですか!それを忘れるなんて。

 上の写真と同じアングルの写真があるが、データーにできないので、人様のをお借りしたです。こう見ると、望遠は必需品ですなあ。山も引き寄せないと遠い風景になってしまう。当時一眼レフを持っていたらまともな写真が撮れただろうか。矢張り下手な写真になってたでしょう。年月掛けて撮り方を自然と学んで来たって事ですかね。

 十二月三十日に帰省バスで伊那着。一番バスを待った。ん、これだけは覚えている、立って待つのが凄く寒かった。三十一日に北沢峠へ登り、元旦にアタック。二日に戸台へ下山だが、この日は降雪とある。ラッキーでした。一日降雪がずれれば、アタック不能だった。いくら若くても降雪の中3000mのピークは目指さないだろう、風も出ただろうし。いや分かったもんじゃない。折角来たんだからと思ったかもですよ。うんと若かったから。

 記憶の間に畳まれた山行記録がひょっこり出て来た。思いもよらなかった事でした。

2026年9月4日金曜日

休題 その六百四十八

 

 ラベル”配達”で去年の今頃も、同じ様な事を書いていた。町田市のゴミカレンダーの配達の愚痴ですよw

 一日、二日で千四百部程は配った。幸い曇っていたからひどい暑さは避けられたが、二百部積んだ自転車がフラつくのと、配り終えた時の疲労感が大きくて驚いた。

 一つ歳を取ったのと、山に全く行かなく(行けなく)なったのが大きいだろう。筋力も猛烈に減って行くだろうし、心肺機能の衰えも半端ではない筈だ。たまに行く山だって、幕営具を担いで登るのだから立派にあらゆる負荷が掛かっている。それがなくなっては衰えるだけ、唯の爺さんになってもうただよお。

 一日七百部、三年前なら鼻歌(オーバーかな?)だったろうが、今じゃガックリと帰って来て、椅子に座っているのさえダルくて、つい横になる有様。唯の爺さんは取り消し。唯の弱っちい爺さんになっただよお。

 でもですよ、ゴミカレンダー配布はやっていて気持ちが良い。皆さんが待ってくれているから。「ご苦労様」との声も聞ける。他の配りものは、チラシお断りと書いてあるポストに投函できない。特に凄いマンションは「チラシを入れたらその宣伝する会社に着払いで送り返す!」と迄書いてある。配ってる身とすればムカッとするですよ。公共物を配ってるのに、あんまりだろう、ってね。

 そんなポストにも堂々と投函できるのだ。ふっふっふ、市役所に着払いで送り返して見ろよ、ってね。あたしは結構人が悪いのかなw

 うちの周りはどんどん古い家が壊されて、新しく家やマンションが建てられている。森もバッサリと切られて、九件の建売住宅になった。一寸と目を離していると、すっかり変わってしまう。去年とほぼ同じ数で申請したが、きっと不足するでしょうね。

 人口は増えているがあたしは衰えて行く。

さて、何時までできる事やら、ですよ。

2026年9月1日火曜日

閑話 その五百四十九

 


 去年の秋のものだが、秦野署のパンフレットをネットで見付けた。

 「丹沢を甘く見ていませんか?」「丹沢はあなたの体力、技量、装備で登れる山ですか?」との表題である。その通りの題である。秦野署の救助隊は、常にそう思っているのだろう。甘く見るな!と。

 そして過去三年間の統計を、交通事故と山岳事故を比較して表示する。

〇交通事故 約120000件 死亡5件 1/2400

〇遭難事故   120件 死亡6件  1/20

 秦野署では交通事故死より遭難死の方が多いのですな。年間で40件の遭難事故。山北町、伊勢原市、厚木市、愛川町、清川村、松田町、道志村、駿河小山町を足すと相当の件数になるだろう。死亡事故もずっと増えるのだ。

 多くが登山道での事故で、疲労や転倒で動けなくなったもので担ぎ下す様だが(それでも偉い苦労です)、滑落した件や沢登りでの事故は救助隊も命懸けになる。遭難者は偉くヤバい場所にいる事になるから。

 別の記事で、山北町での遭難対策講座に出席した人のレポートがあった。講師の救助隊長が、出動時に自分が背負うザックを受講者に背負わせる。重くてふらつく。何と40Kgだ、それを背に走る勢いで現場に向かう。最早、常人に勤まる仕事ではない。

 中身は数種類の長さのザイルとサブザイル、これだけでズッシリだ。多くのカナビラ、ハーケン、ハンマー、そして医療具、保温シート等々。それに水と食料が加わるから40Kgを軽く越えてしまう。

 確りと自分を確保しなければ遭難者を助けられないので、必要品ばかりだ。確保が不十分な為に遭難者を抱きかかえて一緒に落下したら、目も当てられない事故になる。下手すると死者が二人になってしまう。

 歩けなくなったとか、転んだとかで救助隊を呼ばない様に、自分を管理しましょう。助ける人達は、自分を捨てて救助に当たるのです。