2026年7月3日金曜日

おまけ

 


 前章で次女夫婦が笠ヶ岳へ登ったと書いた。何時も妻のスマホへ写真を送ってくるのだが、そのスマホがイカれてあたしのPCへ転送できなくなった。で、あたしへ直に送ってくれる様言ったが来ない。忘れたんだべさ、と写真は昔の北穂高からのを使った。今日会って、「写真送った」と言われて「来てない」と答えると、早速送って来た。こっちのPCがイカれた時期だったので消えたのだろう。見た処それ程雪はないが、斜面には張り付いていたのだろう。変に硬くなっていると、確かにアイゼンなしでは無理なんです。


 

 稜線に上がると雪は殆どなくなる。残雪の初夏の山そのものだ。


 

 幕営地近くだろう。これじゃあ雪上にテントを張って雪を溶かすのも当然です。朝にピークへ向かった時のものと思われる。ピークはテント場の直ぐ上なんですよ。旦那の頭の上に槍が見える。


 

 槍を引き寄せたのがこれ。笠からの槍は、普段見慣れた角度と一寸と違うので、面白く感じた覚えがある。

 朝焼けだからこの日は天気は今一だった筈だ。ひたすら下るだけだから、降らない限り問題はない訳です。そして降らなかったらしいので、上等です!

2026年6月29日月曜日

閑話 その五百四十二

 


 六月初旬に次女夫婦は笠ヶ岳に登った。新穂高から笠新道ピストンだった。前夜発で車で入り、笠のキャンプ場で一泊し翌日下山で帰京。忙しい事である。

 今はトンネルができたので、新穂高へは松本から入れる。あたしが初めて笠ヶ岳に行った三十代の頃は、名古屋に出て高山線で高山に着いて、そこからバスだった。登山基地迄が既に旅でしたなあ。

 笠新道は登山口から稜線迄五時間四十分、稜線に出れば緩い歩きで一時間でキャンプ場だ。そこから山頂はすぐそこ。稜線へ時間が掛かるが、標高差は1200mだから塔に登るのと同じだ。処が距離の半分で一気に1000m登る。ここがキツいんです。傾斜が厳しいと体にも厳しいので、時間も掛からうってもんである。次女も「もう登る事はない」と言うからキツかったんでしょうよ。

 半分から上は雪でアイゼンで登った。今年は残雪が多かったのだ。上の写真はゴールデンウイークのものだから、もっと雪はなく稜線付近から上が雪なのだろう。

 あたしが三十代の時の笠のキャンプ場の水場はお盆の時期、巨大な残雪の下にトタン板を差し込んでそのトタンからザーザー流れる水がそれだった。手間いらずで豊富、随分楽をしました。それがなければ稜線直下に水場のマークがあるから、一寸と下らされるのだろう。次女達は一面の雪、雪を溶かさなければならなかったと不服そうだった。

 その位何さ。幕営用具を背負って笠新道を登れたんだ、とても羨ましいよ。とは言ってもあたしも登れる歳だったとしても、もう登る気にはならないけどねw

 笠ヶ岳は見栄えが良い山ではない。その癖登ると思いの外にキツい。だもんで余り人は押し寄せない。それでも次女達の他に三張り程テントがあったと言う。実に羨ましい。

2026年6月26日金曜日

閑話 その五百四十一

 


 三日前に愚痴っぽい投稿をアップした後、弘法山へ出掛けた。ゆっくり出ても行けるのが里山の強味でやんすよ。

 一時間半で歩くと言う基準を後生大事に持ち続けているから、無理をしてバッテバテになっちまうんだ。昔じゃないんだ今はさあ。そんな夢の様な基準はスッパリと捨てるべきだ。良し、一時間五十分を新しい基準にしよう。二十分増えれば上等だろう。

 って訳で心機一転、無理は禁物と自分に言い聞かせて秦野駅を後にした。自動車道は少々急いでも大過あるまいて。山道に(里山なんだけどね)入ったらバランスを崩す様な歩き方はしない。説明しましょう。特別に急でもない階段が続くので、次の段へ足を伸ばして大股で行くのが常だった。最近はそれをやるとバランスを崩す。筋力的に無理になったってこってす。依って細かく足を置く様に心掛ける。ピッチが速いと感じたら、意識してピッチを落とす。良い心掛けだ。

 それでも権現山に着いた時ははーはーぜーぜーですよ。喘息の爺さんだでよお。その後も余分に急がないと心掛けて行った。それでも登りがあると筋肉に応える。今更、ダメだこりゃあなぞと嘆かない、自分の歩ける歩き方じゃなきゃ、リハにはならずに逆にダメージを受ける。本末転倒であります。


 

 弘法山を越えて行くと、全員七十代の十人程のパーティと擦れ違った。「今日は!」と皆さん元気である。急いでなんてない、あたしはあの姿こそ目指すべきなのだ。弘法山ルートで「無双したったで!」なぞと歩こうってえのが既に気が変なのだよ。

 まあ、ある程度気持ちを入れ替えて里湯に着いたら、一時間四十六分だった。前のガックリ参った時より二分縮まってるじゃないけえ。そしてバテバテにもなっていない。うん、これで良いのだ。里山歩きのセオリーがやっと分かったって顛末でした。お粗末、失礼。