2026年4月30日木曜日

閑話 その五百三十五


 

 次女夫婦と一寸と話す機会があった。ジャンクションから巻機山の話をゆっくりと聞きたかったが、せわしくも時間がない状況だったので、ちらっと聞いただけ。又の機会にゆっくりと聞こう。上の写真は相変わらず妻のスマホがいかれているので、無断借用の物です、スマソ。

 次女からは、最高に綺麗な縦走だったと妻のラインにあったが、旦那は「本当にキツかったですよ」とのお言葉。そりゃそうだ、あたしもほぼ同じ四十代初めに行ったが、きっとキツかったに決まってるって。辛い事は忘れるのが人の性(さが)、と言うより己を守る本能なのだろう。辛い事ばかり覚えていると、人生嫌になるでしょうが。

 前夜駅泊で初日は十一時間、翌日は九時間の行動。それでJRで土合駅に帰ってから車を運転して夜遅く帰京する、そして翌日は仕事だ、やったね!

 幕営した檜倉山に登る鞍部での幕営を考えたそうだ。もう、くたくだったのだ。翌日の行程を見直したらこりゃダメだと分かって、山頂へ登ったと言う。そうなんですよ、今日楽をすれば翌日が辛くなるだけ。だったら頑張るの一手でしょうが。嫌だけど……。

 旦那曰く「山中二泊できれば良いんですけど」。ピンポーン、大正解! そうすりゃあ夢の様な縦走になるですよ。あたしなんざ五十代からはその方法に気付いて、如何に楽に山を楽しむかって言う究極の贅沢をしまくって来たんだぞ、エッヘン。

 えーっと、自慢する事がないので思わず下らない自慢をしちまったですよ(テヘペロ)。必死に歩く(或いは歩ける)のは四十代迄。人によるのは承知だが、平均値だと思って下さいましな。その先は衰えるのが普通なので、楽して楽しむ事を考えなきゃ、下手すると事故を起こす。未だ若い次女夫婦は暫くはキツい登山をするのだろう。いやあ、それができるのは羨ましい限りですよ。

2026年4月27日月曜日

閑話 その五百三十四

 


 今年に入っても、富士山の事故が続発している。七人の遭難者が出たが、日本人は亡くなった男性一人のみ、あとは外国人である。肘の宮市長は「遭難しても救助費用負担がないなんて甘過ぎる」とお怒りである。尤もであろう、登山道閉鎖中なんだから入るなら自己責任にてお願いしたい。

 とは言っても市は救助しないなぞと言ったら当然”人でなし”との非難を受けるだろう

し、それ以前に見捨てる事はできないので、命懸けで救助隊は救出に向かうと市長は言う。助ける人達は命懸けなのだ。当たり前だが多大な費用も掛かる。有料化を検討すべきと市長は言うが、当然だろう。

 有料化している所もある。新潟の八海山スキー場だ。上の写真がそれ。今年一月の三週間だけで二十九人の遭難者を出している。その九割(!)が外国人である。スキー場で遭難?とお思いだろうが、コース外滑走で事故るのだ。やっと助け出すと「誰かが滑った跡があったので行けると思った」「コース外だとは知らなかった」と必ず言うそうだ。

 魚沼署はこの言い分に懐疑的である。ここから入ってはいけないと言うネットや規制線が張られていて、遭難者はその切れ目から侵入している。警察官は「彼らがわざと入りましたと認めて頭を下げる事は絶対にありません」と断言する。彼らは意図的にコース外滑走をしていると見ているのだ。

 スキー場と言えどもコース外の救助は命懸けである。北海道のニセコスキー場でも同じ

三週間で二十九人の遭難があり、そのうち九割(又か!)が外国人であった。

 八海山スキー場では救助費の基本料金が二十万円、それに隊員一人一時間あたり二万円の費用が請求される。命の代金である、その位なら安いものだ。富士山でも他のスキー場でも、そのやり方で行くべきではないだろうか。

 人様に命を掛けさせて無料はないでしょう。有料にすべきです。

2026年4月24日金曜日

休題 その六百三十一

 


 久し振りに高校のコーラス仲間と鎌倉散策に出掛けた。八人が集まったが、男性はあたしとNhのみであとは女性。”音楽部”ではなく”女九部”と言われていたのも無理はない。

 女性達は割と近所である。鎌倉、逗子に一人ずつ、横浜が二人、茅ヶ崎と大森が一人ずつ。あたしが町田は未だ良い、Nhに至っては流山である。これは遠い。

 寺を三箇所、竹林や牡丹や苔むした階段が売りそれぞれの売りだった。勿論、どこも拝観料を払う。若者の声が聞こえた。「拝観料は必要だよ、整備に金が掛かるよ」。そりゃそうだ。又拝観料かよ、と思った自分が一寸と恥ずかしい。若者の方が確りしてます。

 どこも人が一杯。その半分以上が外国人であった。お寺が面白いのかなあ? まあそうなんでしょう。禅寺の簡素な美が、”日本”を感じるのかな。イスラム教徒の一団も来ていた。他の神の元に来て良いのけえ? アジア系の人達だったからインドネシアかマレーシアか。それ程厳格じゃないのだろう。

 鶴岡八幡宮でお参りし、小町通で駅に向かうが人だらけ、そして外国人だらけ。日本人に見える人達も中国語を話している。面白いのかなあ? あたしが様な年寄りではない、きっと違った風景、文化が楽しいのだ。誰でもあたしと同じ無精者ではないのだ。

 Nhは肺癌の治療を続けている。流石に鶴岡八幡の階段では息を切らしていた。偉いものだ、あたしなら絶対遠くから出て来ない。人生を楽しむ意欲が見事である。

 八人のうち、癌と今の処無縁なのは三人のみ。37,5%のみだ。残りは癌患者か治った者。無縁の三人も連れ合いか家族に癌患者を抱えている。寿命が伸びただで、癌にもなるってもんだ。自然の摂理ってもんでしょう。

 Nhが酒を飲まなくなったのであたしだけ。Nhも飲めるが飲むと帰りが辛いと言う。今度流山へあたしが行って、一緒に飲むとしましょうかね。