前回の弘法山で、時間が掛かって尚且つ偉くバテたって書いた。五年前なら、塔を一寸と無理に急いでピストンした位のダメージだった。里山でですぞ(涙)。
一年前には一時間半で歩いて、へん、何てこたあねえな、ってコースなのだよ。一年でこんなに衰えるものなのか。まあ、何のトレーニングもしないし、一日椅子に座ってる事が多いし、当然なのかも知れない。
思うにですよ、七十八歳にもなると、日に日に衰えて行くものなのかと。トレーニングに励む人は別だろうが、そう言う人は最早特別な存在なんじゃないのかなあ。知り合いにも陸上の現役がいて、その地方のシニア大会で優勝しあた。七十七歳ですよ、あたしとは全く別の世界の人だ。詰まり、特別な人だと思える訳です。
自分が何もしない言い訳かも知れんですね。普段のんびりしていて、月に一度気合を入れて必死に歩いても、そりゃあ思う様には行かんでしょう。分かっちゃいるんですがね。
それでも面白いのは、駅迄行くのに抜かれまくって思う様に足が進んでくれないのに、秦野駅から歩き出すと何かのスイッチが入ってぐんぐん歩く。登山口(里山だけど)に着くとモリモリと登り始める。息は切れるし汗は吹き出すが頑張っちゃう。山(里山だけど)を歩くモードが体にあるみたいなのだ。
その付けが下山して現れるのでしょう。今迄は僅かに残った体力で補えたのが、その体力すらなくなったって事なんだ、きっと。
里湯で体重を図ると50Kgを切る。普通は51Kg位だから、絞られてはいる。体重も減りました。五十代には62Kgはあった。10Kg以上は減った。筋肉が落ちたのが大きいだろう、筋肉は重いから。腿の太さなんて半分以下になっちまったし。腕だって細くて可愛いものだ。暴漢に襲われても抵抗もできないだろう。
静かに枯れて行く。自然な話です。


