2026年6月15日月曜日

休題 その六百三十六


 

 久方振りに、Yと新宿の煙草を吸える店で一杯やった。昨日である。配りものや検査でバタバタしてたもんで、今年初めてである。

 あれこれ話が出て、思いっ切りセーブしたのだがチューハイ三杯行っちまった。昔なら極軽く飲んだ量だが、病を幾つも抱えて弱っている身には多かった。情けないですなあ、チューハイなら五、六杯でも何でもなかったのにね。充分酔いました。

 最後には山の思い出になるのは当然っちゃあ当然だ。Yは膝の古傷の所為で歩くのに不自由してるので、下りに膝が言う事を聞かずにグネリとなって転がってしまうって話になる。これは大変な事で、場所が悪いと命に係わるのだ。何せ突然転がる訳だから、急峻な下りならもうダメってこってす。

 既述の通りあたしも、前穂高の下りで左足がグネリと来て左にジャンプした。右だったらこの世にはいなかった。

 そのうちに、Yが転倒或いは滑落(仕掛けたも)した話になった。最初は辺室山の下りをわざわざ小沢にした時、Yが三十代であった。未だ堰堤を巻くのに慣れず、木を掴んじゃいけないと言ってあったのに木を掴んで折れ、落下した瞬間崖に生えた樹に両足でぶつかって止まった。ラッキーでした。

 次は転倒こそなかったが、鐘撞山の下りで膝がどうにも言う事を聞かなくなって、やっとの思いで下った事。急だから転ばなくて良かった。転んだら転げ落ちて怪我しただろう。

 次とその次も既述だが、日白山の下りであたしが方向を間違えて、下の国道へ下ろうと崖を樹木を頼りに下ったらYが滑落した。下は固い雪の急斜面でその侭雪崩除けの鉄柱に激突する処だったのが、一か所だけあった平にすっぽり嵌って助かった。

 で、芝倉岳の下りで雪を踏み抜いて転落、の筈がピッケルがシャクナゲに引っ掛かって助かった事。いやあ、本当にお陰様です。ラベルは”どうでもよい事”だが、どうでも良くないですなあ。

2026年6月12日金曜日

閑話 その五百三十九

 


 昨日弘法山へ行って来た。あ、怒らないで下さい、今のあたしに取っては精一杯の里山になったですよ(涙)。

 その上、お子ちゃまカメラの写真をPCに移せなくなって、午前中悪銭奮闘したけどダメ。正確に書くと、一度成功してファイルに移し、その残った写真を削除したらファイルの写真も消えてしもうただよお。んで悪銭奮闘、丸でバカだがバカなんで仕方ないっす。依って上の写真は他の時の物、昨日も咲いていて写真も撮ったので。カメラの中だけどねw

 何だか弱って来ちゃった様で、相当頑張ったんだけど一時間四十八分掛かった。時間が掛かっただけではない、ガクッと疲れたのだ。里湯に浸かって湯舟から上がると、貧血になって膝をつく。少し涼んで又湯に入り出る時に又貧血を起こす。下手に倒れなくて良かった、注意して上がったもんで助かった。

 こりゃ大分ヤバイんじゃねのけえ。手術をして間も無くの頃みたいだ。そう考えると一時間四十八分で歩けたのは、上等と言えるかもですよ。何とも情けない話になっちまったぜ。七十八歳で病気を幾つか持つって、こういう事なのだろう。

 帰ってからも良くない。ダルくて身の置き場がない。詰まり疲れ切っている状態。アルプスや上越の山じゃなくて里山でですよ。ハイカーとも呼べない有様。ああ、とっくにハイカー廃業宣言は済んでたっけね。何でも忘れてもうでよお。

 里山はカスミっぽい曇り。アジサイが咲き始めていた。人出は少なかった。梅雨入りすると余り里山にも来ないのかな。降られなかったのは有難かった。あたしのこった、降る予報じゃないのに降られても当然なんで。決して雨男じゃないつもりだが、降られた記憶がうんとあるもので、つい。

 何とかタイムを縮めようとして、足元ばかり見る結果となり、里山を楽しんでない。でもねえ、楽しむ気にならないのは、未だ色気がどこかに残ってるんでしょうな。

2026年6月9日火曜日

閑話番外 その百九十七

 


 日本第二位の高さの山は北岳なのは、言うだけ野暮ですね。位置が面白い事に、南アルプス主稜線から外れているのもご承知だろう。三峰岳から別れた稜線が間ノ岳に至り、南へ長く伸びる。間ノ岳の北に北岳があり、その先は野呂川へ下降するのみだ。

 思えば北岳へは四度登っている。三十代終わりの頃かなあ、大樺沢から登って登頂、ガスで何も見えない。へん、慣れっこだい。その日はガスの中を農鳥小屋迄行って幕営した。地図上九時間二十分だから、当時は何て事ない距離だ。翌日は吹き降りで、農鳥岳を超えて樹林帯に入ってほっとした。風が急に弱まって暖かくさえ感じた覚えがある。

 四十代になってからかなあ、塩見岳から入って熊ノ平で幕営、翌日はド快晴の稜線を北岳へ向かった。その時起きた情けない顛末は本文に書いた。北岳に上ると今迄晴れていた癖にガス。ん、ガスった頂上を見てその侭下ったっけ?忘れてもうただよ。ふん、あたしゃあそんなもんさ。

 五十代になって小学生の倅を連れ、白根御池小屋で幕営、翌日草すべりコースで山頂へ。矢張りガスでがす。北岳山荘で幕営し下山したが、その顛末も本文に書いた。

 六十代になって(何だか十年毎に行ってますなあ)白根御池小屋で幕営、テントは置いて山頂ピストン、その日もそのテントに泊まった。これは”山の報告 北岳”に書いた。途中で出会った青年はその侭下るのだが、あたしがもう一泊するのを羨ましがってましたなあ。ふっふっふ、やれば良いのさ、簡単なんだからさあ。で、この時が初めて晴れた山頂だった。四回目にしてやっと景色が見れた。それだけでも上等でしょう。あたしのこった、下手すっと一回も晴れに当たらなかったかもです。あー、良かった。もう登れっこないし。

 山頂からの眺望は見事。上の写真の中央の山は奥穂高と同率三位の間ノ岳、中央右下に見える小さな赤い物が北岳山荘。実際は凄く大きい山小屋です。詰まらん話、失礼すますた。