2026年2月27日金曜日

休題 その六百二十三

 


 ロシアがウクライナに突如攻め込んでから四年経った。WW2の独ソ戦より長くなった。数日で片付くとプーチンは読んでいた様だが、泥沼に足を突っ込んだ訳だ。

 都市部のロシア人に取っては、遠い戦争らしい。前線に送られたのは、犯罪者、地方の少数民族、貧富の差を突いて金で釣って集めた志願者、北朝鮮兵、それでも足りずにアフリカや南米から、良い仕事があると騙して連れて来た人々。

 都市部のロシア人を戦場に送って棺桶で帰還させると、激しい反戦運動が起きる。アフガニスタンで経験済みなので、それは避けるからロシア人は枕を高くして眠れる。

 ウクライナ人はそうは行かない。ロシアがミサイルやドローンで攻撃するのは民間施設や一般住宅だ。一般人がロシアの標的なのだ。国際法違反だって? そんなもん守るなら突如攻め込んだりしない。ウクライナ人は何時攻撃を受けるか分からない生活を続けている。

 トランプがトンチンカンなもんで、欧州各国が支援額を増やしてウクライナを援助している。それでやっと、かっての米国の援助額に達した。それがなければ、ウクライナは戦い続けられなかっただろう。

 NATO軍とウクライナ軍の共同演習があった様だ。少数のウクライナ軍がNATO軍を圧倒したらしい。ドローンの使用方法、決断の分散と速さ。実戦で鍛えられた軍は凄く強くなる。そして、戦いの方法も変わって来ているのだ。北朝鮮軍はその近代戦を経験し、装備や訓練に生かすだろう。ワンランク以上強くなるのだ。余り嬉しくない話ですなあ。

 日本も援助をしているが、民生品が中心だ。戦車や自走砲や対空ミサイルや対戦車ミサイルを供与すべきだと、あたしは思っている。無理だろうが、実戦で使わなければ改善する点も分からない。命懸けでウクライナ兵が使ってくれるのだ、是非とも使って貰いましょうよ。

2026年2月24日火曜日

閑話番外 その百八十九

 


 前章で朝日岳のジャンクションから巻機山が、上越国境稜線のルートのない部分の入門編と書いた。何たって入り易いのと、現役ならば前夜発で一泊行程だからだ。七十才なら二泊、或いは三泊、或いは全く無理かあw

 勿論積雪期に入るのだが、その訳は散々書いて来たので宜しいでしょう。上の写真は例に依って借り物です。

 さてその次は、巻機山から丹後山への稜線になる。こちらは前夜発で二泊が必要となる。巻機山へは登山道がある。越後の名山なのだ。丹後山にも登山道がある。更に丹後山から大水上山を経て中ノ岳、そして越後駒ケ岳へと登山道は続く。中ノ岳からは八海山へのルートもある。キツイですぞお。

 上越国境線は大水上山迄だ。既述と思うが、大水上山とは余りに立派な名前で、行って見ると一寸としたピークに過ぎない。利根川本流の水源の山なので、敬意を払われて付けられた名前なのだろう。その大水上山から上越国境線は分かれる。東南東へ下る急峻な尾根がそれなのだ。

 話が飛びました。入門二番目の話だった。先ずは巻機山に登らねばならない。積雪期でも山スキーヤ―が入るから、トレースは確りしている。現役の諸君なら二泊プラスの装備でも、苦もなく登る事だろう。あたしとYは六合目で幕営し、ピークをピストンして又そのテントで泊まるなんて、大名登山でしたなあ。折角荷物を担ぎ上げたのに、何を急いで下らなきゃならんのか。ゆっくり雪山を楽しむのが我々のポリシー、悔しければやって見れば良いのさ、簡単なんだから。

 閑話休題。丹後山迄は結構ある。昔は下津川山通過に要注意と雑誌には書いてあったが、特に危険は感じなかった。若かったからかな。

 丹後山から下山してから二時間の林道歩きが待っている。しゃくなげ湖の横を通る道だ。入門二番目は一寸とハードでしたね。

2026年2月21日土曜日

閑話 その五百二十九


 

 この日月の休みで次女夫婦は、白髪門から登って朝日岳を越え、ジャンクションから巻機山を目指すと計画していた。上越国境稜線の道のない部分の入門編のコースである。上の写真はそのルートだが借り物です。

 あたしもそこから始めたが、春の連休だったので二月とは違う。二月は冬山真っ盛りだ。ジャンクション迄のルートは、あたしは清水部落から謙信尾根を登って行った。冬に謙信尾根から入ると、清水峠へのトラバースが危険過ぎるので使われないのだろう。

 夜入って一泊二日だから、檜倉山あたりで幕営するのだろう。春なら池塘が清冽な水を提供してくれるので幸せこの上なしだが、冬じゃ雪の下だろうから残念ですなあ。翌日は唐沢山を越えて巻機山である。

 冬には稜線東側に雪庇が張り出すのが気掛かりだが、今は情報時代なのでそんなこたあ先刻御承知だろう。参考記録が幾つもアップされているので。

 あたしの時代は既述だが、「山と渓谷」や「岳人」のバックナンバーを古本屋で漁って行きたい山の情報を得た。神保町には山専門の古本屋があった。良い時代でした(?)。どこが?と問われると答えに詰まるが、簡単に道のないルートに、それも積雪期に入るのは大変な事だったので、気楽ではなかったと言う事かな。勿論、次女夫婦も気楽ではないだろうが、皆さん普通に入るので簡単な気がするじゃないですか。

 処がどっこい、それは天候に恵まれればの話。天候が崩れたら即動けなくなる。ホワイトアウトでも喰らったら雪の上で止まっているの一手、下手に動くと飛んでもない事になる。従って、回復しなければもう一泊、俗に言う”停滞”て奴だ。多少心配ではあった。

 今の山の天気予報は凄い。その二日間は強風予報。次女夫婦はあっさりと諦めて四阿山に切り替えた。安心したですよ。