2026年7月30日木曜日

閑話番外 その二百

 


 写真の詰め込まれている段ボールを開けて、写真や屋がプリントしてくれる、フィルム一本分のアルバムを取り出した。昭和六十年九月十三日から十五日の記録だった。約四十一年前の話だ。あたしは三十八歳ですな。

 十三日梓一号で白馬に入り、その日は八方尾根で唐松岳へ登り幕営、我一人とある。今では幕営にも予約が必要、一つしかテントが張られないなんてお盆の最中なのに、本当に昔です。

 十四日は快晴、テントに碓氷が張る、とあるので相当冷えたのだ。その記憶はある。ポールにも氷が付いてましたなあ。快晴の稜線をキスリングを背に、五龍岳を越えて八峰キレットを通過、鹿島槍に登って冷(つべた)のキャンプ場で幕営、とある。うん、思い出した、とても長かった。冷に着いたら座り込んだ。当時の装備は重かったから、20Kgは超えてただろう。若さです。

 当時のバカチョンカメラでも、快晴のアルプスならそれなりの写真にはなっている。そんな時は誰でも立派なカメラマン、天候次第って事です。ネガを妻が処分してしまったので、ここでお見せできない。上の写真は人様のものです(ペコリ)。

 稜線には時々ガスが掛かるが、下界は雲海の下だ。懐かしい臙脂のカッター姿である。稜線の写真にも、山頂の写真にも人影はない。まさかあたし一人って訳じゃないだろうが、兎に角登山者が少なくなった時期だったんですなあ。今なら大行列だろう。

 十五日は天候悪化の兆しありで、爺ヶ岳を越えて扇沢へ下った。青空は消えて雲が一面に広がっており、山々は雲と雲海に挟まれて姿を現している。遠く穂高が見えるのは、爺からの写真だろう。

 帰りの車中では早くも脚が痛くなった、とある。帰宅したら東京はずーっと雨だったと。あの雲海の下は雨降りだったんだ。いやいや、当時は良くぞ歩いたもんです。思えば夢んごたるですよ。

2026年7月27日月曜日

休題 その六百四十

 

 この愚ログについての、ラベル通りに“どうでも良い話”です。厭な方は逃げ散って下さいね。

 去年からだが、一日に読まれるページ数が百を越える日がたまに現れる様になった。多い時には二百、或いは三百を越える事もあった。その後二、三日は五十や六十の日が続いて、普通に戻るパターンだ。

 普通は七か八、多くても十二か十三位、絶海の孤島を訪れる変わった(失礼!)人の数は、そんなところなのだろう。それでも、あたしには多く感じるのが現実だ。

 突然三桁、それも延べ二十回以上になるのかなあ。唖然とした。一体何なんだ?読まれている国を見ると、その時々に依って様々だ。アメリカだったり、香港だったり、フランスだったり、中東のどこかだったり、北欧のどこかだったり、東南アジアのどこかだったり、カナダだったり等々、である。

 どこかの駐在員が、日本の山が懐かしくて検索した結果なのだろう。前半は山中心の話だが、やがて閑話と休題ばかりになって、何だこりゃあと去って行くのだ、きっとね。

 一昨日には二千(!)を越えた。一人じゃ無理だ。二人かそれ以上がたまたま重なったとしか思えない。変な風向きでこの孤島に流れ着いたと言う事だろう。

 本文だけなら、多少は読む甲斐もあるかもだが、それ以外は単なる雑談だ。そう思うと何だか悪い事をしてる気がして来る。

 前に愚ログを立ち上げてくれたAが、本文を纏めてアップしたらどうか、と提案してくれた事があった。誰が読むの?と聞くと、需要はあるかと思うけど、と自信なさげな返事だった。当然その話はそれで終わった。

 こうなって見ると、Aの提案も悪くないかなと思えて来る。そうすりゃ、きっちり終わりがあるじゃないですか。もう一度Aとも相談しよおと思い始めたですよ。

2026年7月24日金曜日

閑話番外 その百九十九

 


 ラベルは”ニューレンズ”だけど、内容はニューカメラ、詰まりキャノンのお子ちゃまカメラの事なのでご勘弁を。

 本当は上位機種が欲しかったのだが、取り寄せで三ヵ月は掛かるとの事で、じゃあ仕方ないかと買ったのがお子ちゃまカメラって話は、もう書きましたね。

 何でそんなに慌てて買ったかと言うと、未だ未だ山に行けると思っていたからで、三ヵ月も待ってられるかい、って勢いでした。実際は本格的な山は勿論、塔ヶ岳さえ登れなくなってしもうて、お子ちゃまカメラで充分だ、となったんです(涙)。

 小さな物が撮れないのには弱った。花がダメなの。弘法山が中心になってしまっては壮大な景色なんざ望み様もないし、足元の花でも撮らない事には撮る物がない。望遠で引き寄せないで、カメラを近づけるとどうにか撮れると気づいた、とは書きましたね。そうなんですよ、今のあたしにはお子ちゃま用で充分なんです。

 高山や上越の山、丹沢核心部に入ったら撮りたい景色のオンパレード、1Kgを越えるカメラを担いで登る甲斐があったですよ。ついでに三脚迄担いだんだから、ちゃんとした(?)登山者の端くれではあったんですなあ。

 とは言ってもやがて三脚は持たなく(持てなく)なって、光量が不足してると岩にカメラを置いて何とかしたものだ。やればできるものなんですよ。

 たまに他の登山者にシャッターをお願いもしかが、一眼レフの”ガッシャン”とのシャッター音を懐かしく思われたり、驚かれたりで面白かった。あの”ガッシャン”はあたしも懐かしいですよ。

 今はもう、一眼レフなんて見掛ける事もマレになった。たまに鳥屋さんが、相変わらずでっかいレンズを振り回してるけどね。あたしにぴったりお子ちゃまカメラの回でした。