2026年3月20日金曜日

閑話番外 その百九十二

 


 五章前で、登山者でなくなったら花粉症になった様だ、と書いたが全くその通りだった。と言う事は、登山者(特に丹沢愛好家)は花粉症にならないとの仮説は正しかったのだ。えっへん。

 十七日に三ケ月弱振りに弘法山ルートをやったが、その夜から鼻が詰まってさあ大変、寝る時に息ができない。鼻薬を吸引したが効き目ナシ。仕方なく口で息をしたけど、口と喉がカラカラに乾いてしもうただよお。

 まあそれでも、弘法山でも月に一、二度行くうちには治るんじゃないかな。植林が割と少ないから無理かな。権現山ならバッチリなんだろうが、今一つ自信がなくて。全く話にならんのだが、弘法山に行けただけでほっとしてるんだから何だかねえ。

 翌日には脹脛の筋肉が張っていたので驚いた。ダメだこりゃあ。低山散策の爺さん七十八才そのもの。そうか、実態通りなんだから慌てる迄もない事かあw 鼻詰まりは続いていて、結構苦しいですよ。

 里山しか行けないと自覚しているつもりでも、心の奥では山をバンバン登っていた頃の自分がいる。適当に取り付いてカレザレを登り切る、そんな自分が未だいるのだ。やったら絶対にできっこないんだけど。この間の最初の登りで二ケ所ショーカットをしたが、足元がおぼつかず、息も上がって苦労だった。そんなの(もっと厳しい)を何時間も続けるのが、あたしの丹沢歩きの多くだった。今の自分に当てはめる事はナンセンスの極みって分かってんですけどねえ。

 大山にさえ登れるかどうか怪しい。去年は登れたがこんなに歩いたっけ?と思う塩梅、喘息が戻ったからには息が切れるに決まっている。その上筋力も確実に衰えているし。最早大山も遠い山なのけえ? そりゃそうだ、権現山すら自信がないんだから(涙)。

 良いのさ、それが実力。弘法山をせっせと歩いて温泉を楽しむ、それで上等でしょう。

2026年3月17日火曜日

閑話 その五百三十一


 

 どんより曇ってはいたが、思い切って弘法山へ行って来ました。さっき帰って来たです。暮れの二十三日以来で、体調にも今一つ不安があったが、今日行かないで何時行くって覚悟だった。案ずるより産むが易し、まあ普通に歩けてほっとした。太腿には負担を感じたけど。権現山の登りで一寸と苦労した。洒落にも冗談にもならない情けなさですよお。

 ボチボチと緑も吹き始めていた。何の塩梅か人が多い。単独は少なく、男性四人に女性三人位だったかな。他は大学生らしい二人連れや二十代の三人連れを除いて中高年だ。女性グループが中心で、七人パーティが最大だった。あとは二人や三人連れ。

 女性の方が元気なんですなあ。男性グループは前述の若者を除いてなかったと思う。カップルや親子連れはいたけど。女やもめに花が咲く男やもめに蛆が湧く、って本当なんです。男はか弱い生き物なんです。大切にしてやって下さいまし。

 六十代に見えたけど五十代かな、吾妻山へ向かっていると男性が走って登って来る。トレイルの諸君の様にサッサとではなく、ヨタヨタ走ってるの。あたしも前は下りは走ったがヨタヨタだった。でも走っては登れない。詰まり、偉い! でもどこ迄行くのだろう。あの調子では弘法山には着かないんじゃないかな。途中で下るのかな。どうでも良いですね、失礼しました。

 

 この詰まらない写真は途中の登り、小さいアップダウンはあるけど、皆可愛いものです。

 二十日から三連休になるので、谷間の今日に人が出たのだろうか。曇りなのに。あたしだって曇りでも行ったのだから、同じ事か。1200mを越える山は曇っていると展望が効かずに悲しい思いをする。その点里山は強い。どうせ大した展望はないんだもんねえ。

 因みに里湯も大混雑だった。ガラン待ちの列ができる程。矢張り連休の谷間狙いですな。

2026年3月14日土曜日

閑話 その五百三十


 

 今年になってから、里山すら行っていない。先ずは一月にインフルエンザをやって、出足を挫かれた。年の所為だろうが暫く不調が続いて、ハイクどころじゃなかった。おまけにインフルエンザに依って喘息が悪化し、咳に苦しめられる様になったですよ。

 そして数値の悪化で北里大学病院で検査を受ける騒ぎとなって、三月頭に細胞診になっちまっただ。一週間は静かにしてろ、酒も飲むな、水は1,5lは飲め、重い物は持つな、自転車に乗るなって訳で、ハイクなんぞーは夢のーなーかー♪ でしたよ。

 安静期間は無事済みました。心配された合併症状もなく済んだのはめでたい。シルバーの配り物が一、二、三月とたて続けにあって、安静中は配ってくれる人に取りに来て貰って何とかクリアー、自分の分はカートに入れてガラガラ引きずって歩いてボツボツ配った。ハイクなんぞーは夢のーなーかー

 いやはや、こうして凡人は体力を失って行くんでしょうな。さて、弘法山でも行くかとなっても、はーはーぜーぜー息が苦しい、足が重いー!って目に見えます。そのうちに大山にでも、何て戯言になってしまったですよ。

 大倉で会った数多い中高年の皆さんは、思えば見事な人達でした。パーティが多いが単独者もいる。パーティは楽しそうに、単独者は黙々と準備をする。大倉に来た限りは、塔か鍋割だろう。六十代、七十代、時には八十代の人も見掛けた。極普通の風景と思っていたが、普通じゃない人達だったんですなあ。現にあたしの山仲間も全滅、それが普通の老人の姿だったんだと思い知った訳です。

 自分も八十代になっても塔に登れるとか思っていたが、現実は厳しいものです。あのタフなSでさえ、何度かの手術で山は無理になった。七十代も終わりに近い人が山登りを続けているのは、特別な事でした。

 折を見て、せめてハイクを再開しますよ!