2026年5月6日水曜日

閑話 その五百三十六


 

 連休も今日で終わりだ。前だったら、昨日あたりに雪焼けして帰宅していただろう。ゴールデウィークは長いので、或る程度天候の良い日を狙えるのだ。

 最後の春山は、平標へ行き損ねた二年前。地図上一時間の鉄塔へ、四時間も掛かったあれである。最早春山に近付いてもいけないレベルの爺さんでしたなあ、七十六才で喘息持ちだったんであんな塩梅でした。詳しくはラベル”平標Ⅱ”をどうぞ。え、嫌?仕方ないです、情けない顛末なんでね。

 あれから二年経ったですか。ひでー思いをしたが、最後に行った春山と思うと懐かしくもありますなあ。あんなに歩けなかったなんて、思い出すと笑っちゃう程ですよ。

 春山シーズンになるとソワソワして、今年はあそこだと計画に掛かる。初めての所だったら古い雑誌からそこの情報を集めて準備を始め、眦を決して(チトオーバーです)パッキンをする。あの緊張感は堪らなかった。もうないんだけどね。

 天気予報を睨んで決行日を決め、前日に切符を買っておく。翌朝は早いからね。そして当日、大きなザックを背負って出発する。気持ちは結構緊張してんです。なんだか書いてる事が、ラベル”旅立ちの日”みたくなったです。でも、Yと行く時は駅でYと会うと、急に気が楽になるのが面白い。単独と複数とでは全く別世界なのだ。

 この”春山”でも書いたが、「暖かい冬山」って位置づけ(あたしが勝手に決めたんだけど)の春山は、俗な言い方で申し訳ないが、天国である。既述だが水に困らない、雪は溶かせば水になる。従ってどこでもテント場、行動の自由度は大きい。でもテントを張るのはピークか鞍部になる。斜面には流石に張れないのだ。緩い斜面を蹴飛ばして削り、無理やり張った事も何度かあるけど。岩壁に張り着いた大きな雪庇に張った事もあったですよw 無事で良かった(汗)。

2026年5月3日日曜日

休題 その六百三十二


 

 井上尚弥と中谷潤人の試合がとうとう行われた。あたしゃあ夜は早く寝るだで、今朝結果を知った。尚弥の判定勝ちだった。

 ダイジェストで見ただけだから実感はないが、元チャンピオン達は口を揃えて「緊迫感に溢れた試合だった。一瞬も気を抜けない真剣勝負、刀で斬り合う様な試合だ」と言う意味の発言をしている。「最高水準同士の最高の試合」と大絶賛である。

 中谷は8Cm背が高い。その上懐深く構えているので、尚弥も踏み込みに苦労した様子だ。そこを何とか踏み込んで打ち、カウンターをかわす。中谷の左フックへの警戒は解かない。一発でKOする威力があるので。

 何ラウド目だったか、二人が目を合わせて笑い合った、試合中にだ。上の写真がそれ。これについてはあの伝説の王者マイク・タイソンの言葉が一番的を得ていると思う。彼は来日し、リングサイトで観戦していた。

 「あそこで何故二人が笑ったか分かるか?楽しいから笑ったんじゃない。いや、或る意味では究極の歓喜だ。彼らは『俺と同じ次元、同じ深さで会話できる存在が、今目の前にいる』という喜びに震えたんだ(中略)俺の様に闘うファイターには、決して辿り着けなかった神聖な境地かも知れない」。

 いやあ、もう言葉もないですな。二人は昔の”剣聖”の如き存在って事でしょう。一般のチャンピオンを越えた境地に立っている、これ以上の誉め言葉はないだろう。

 引退を表明したが、PFP1位(階級を除いたボクサーとしての強さを表す)の常連クロフォードもリングサイド観戦だ。彼の言葉。

 「井上の派手なKO、中谷の左フックの炸裂、そういうものを期待していたかも知れない。だが、実際のリング上でおきていたのは、俺たちの様なボクサーにしか分からない、最高峰のハイレベルなチェスマッチだった」。

 肉体を駆使する頭脳戦、井上中谷の更なる進歩が楽しみです。

2026年4月30日木曜日

閑話 その五百三十五


 

 次女夫婦と一寸と話す機会があった。ジャンクションから巻機山の話をゆっくりと聞きたかったが、せわしくも時間がない状況だったので、ちらっと聞いただけ。又の機会にゆっくりと聞こう。上の写真は相変わらず妻のスマホがいかれているので、無断借用の物です、スマソ。

 次女からは、最高に綺麗な縦走だったと妻のラインにあったが、旦那は「本当にキツかったですよ」とのお言葉。そりゃそうだ、あたしもほぼ同じ四十代初めに行ったが、きっとキツかったに決まってるって。辛い事は忘れるのが人の性(さが)、と言うより己を守る本能なのだろう。辛い事ばかり覚えていると、人生嫌になるでしょうが。

 前夜駅泊で初日は十一時間、翌日は九時間の行動。それでJRで土合駅に帰ってから車を運転して夜遅く帰京する、そして翌日は仕事だ、やったね!

 幕営した檜倉山に登る鞍部での幕営を考えたそうだ。もう、くたくだったのだ。翌日の行程を見直したらこりゃダメだと分かって、山頂へ登ったと言う。そうなんですよ、今日楽をすれば翌日が辛くなるだけ。だったら頑張るの一手でしょうが。嫌だけど……。

 旦那曰く「山中二泊できれば良いんですけど」。ピンポーン、大正解! そうすりゃあ夢の様な縦走になるですよ。あたしなんざ五十代からはその方法に気付いて、如何に楽に山を楽しむかって言う究極の贅沢をしまくって来たんだぞ、エッヘン。

 えーっと、自慢する事がないので思わず下らない自慢をしちまったですよ(テヘペロ)。必死に歩く(或いは歩ける)のは四十代迄。人によるのは承知だが、平均値だと思って下さいましな。その先は衰えるのが普通なので、楽して楽しむ事を考えなきゃ、下手すると事故を起こす。未だ若い次女夫婦は暫くはキツい登山をするのだろう。いやあ、それができるのは羨ましい限りですよ。