2026年4月15日水曜日

休題 その六百二十九


 

 久し振りに妻と貧乏旅行へ出掛けた。来月以降は旅行どころじゃなくなる可能性があるので湯河原で二泊、貧乏人にしては張り込んだでしょうが。

 一泊目は千代田荘、二泊目は大滝ホテルで上の写真は大滝ホテルの内風呂。大滝ホテルは古い宿だが、七つの源泉を持つので風呂が広い。かつ、広い壁面からザーザーとお湯が流れて滝の様、大滝ホテルの名に恥じない。湯船の底に黒い石が敷き詰めてあるのを、妻は黒いペンキを塗ってあるのが嫌いだとか言う。黒い石だと説明するのだが半信半疑の様子、ダメだこりゃあw

 中日は駅迄歩いてデニーズで昼飯。何でデニーズ?尤もな疑問だが、温泉地なので蕎麦屋は皆高いの。本当は蕎麦が良いのだが、夕飯を考えると軽く済ませたい。それでデニーズになった訳だ。

 千代田壮から歩いて五分一寸とで湯河原町立美術館がある。昔に妻と入って、中々良い美樹館だったので再訪した。平松礼二美術館と言っても良いほど、平松礼二作品中心の展示になっていた。それで初めて平松礼二なる人物を知ったが、日本画の名人(?他の言い方を知らないので)で、日本画的洋画(?)が素晴らしい。和洋折衷ってとこですな。

 二泊すると多少は旅をした気がするもんで、たとえ近くの湯河原でもそうなのだ。尤も、北陸や山陰へ出掛けたら二泊じゃ間に合わないか。最低三泊はしないと、唯汽車の旅になっちまうです。

 旅館の食事はあたしには多過ぎる。食が細くなったんですなあ。それが二泊だから多くを残すので勿体無い事この上なしだが、致し方ない。妻は頑張って食べているが、念の為に胃薬を持って行ってるのが面白い。ざっと見て、あたしの倍近くは平らげている。人間食べられるうちが花、良い事である。

 又旅行に出掛けられる様になれば良いんですがね。

2026年4月12日日曜日

休題 その六百二十八

 

 辺野古の海難事故は産経新聞のみが追い続けている様だ。TV各局にとっては格好の題材だろうに、何故かほぼ沈黙状態である。新聞各社も然りだ。

 沖縄基地問題と共産党が絡んでいるので、報道を自粛しているかと疑われる。何故自粛するのか、本心は普天間基地の辺野古移転に反対なのだろう。基地反対運動に水を差すのを嫌っているのとしか思えない。

 日本の報道自由度はG7で最低だが、尤もな評価であろう。一斉に(除く産経)同じ思いで報道する、或いは”報道しない”。これは特定の意図を持った国民洗脳の方法ではないか。長い間国民はメディアに洗脳され続けて来たと言う事だ。

 ネットの登場で世の中は変わりつつある。メディアの影響力が相対的に減少しつつあるって事だ。企業のコマーシャル費用も、ネットがTVを数年前に上回った。今ではダブルスコア―になったんじゃなかったっけ。

 オールドメディアとかマスゴミとネットで揶揄されるが、全くその通りだと思う。嘘は殆どつかないが、メディアにとって不都合な事は報道せずに、なかった事にする。独裁国家の御用報道機関にそっくりだ。違いは政府の指導の下にはないと言う事だ。では、どこの誰の指導下にあるのだろうか。そこを掘り返して明らかにして貰いたい。色んな説はあるけど、確証がないのでね。

 少なくとも日本の為に動いてはいない何かだろう。大体の傾向として、日米の間を裂く動き、日本の文化を破壊する動き、日本の防衛力を削ぐ動き、詰まりシナに有利な状況を作り出そうとする何かに見える。

 スパイもいるかも知れないが、日本人のそういう考えの人間が集まっている、と考えるのが妥当だろう。TVを見てるとバカになると昔から言われていたが事実だった訳だ。団塊の世代も徐々にTV離れが始まっているのは目出度い事でありますなあ。

2026年4月9日木曜日

閑話 その五百三十三

 


 次女夫婦が白髪門から巻機山へ縦走したとは書いた。先月二十八(土)二十九(日)だ。写真をラインで妻に送ってくれたが、妻のスマホがいかれていて、あたしのPCに転送できない。上の写真は他人の物を拝借です。

 前夜に土合へレンタカーで入り、仮眠して白髪門へ取り付いた。帰りは清水部落から六日町へ出てJRで土合へ、車で帰京であった。

 あたしは清水部落から謙信尾根で清水峠へ登り、ジャンクションから縦走路に入ったもんだ。雪の林道歩きが長くてしんどいから、次女夫婦のコースがベストだろう。

 二日共好天だったそうで目出度い。前後したのは二パーティ、擦れ違ったのは一パーティだ。あたしの時は巻機山の登り迄誰もいない。雪山独占であった。時代の差ですなあ、昔はそんな所には余程の好き者しか入らなかった。依って、トレースはバッチリでラッセルの苦労はなしとの事。

 幕営は広い山頂だったと言うから檜倉山だろう。池塘は雪の下だった筈だ。あたしの時は五月だったので、池塘は清冽な雪解け水で満々だった。この上ないキャンプ地だった。

 「最高に綺麗な縦走だったよ」と言う。そうでしょうとも、天気さえ良ければ危険な所もないし、雪山が連なって巻機山へ至る。周りも打ち続く雪山が輝く。誰が行ってもそう言うに決まっている。尤もバリエーションには違いないのだから誰でも行ける訳ではない。って考えは古いのかなあ。ググって見るとそのルートの報告であふれてるんだもんねえ。装備の飛躍的改良のお陰ですな。

 巻機山にはスキーヤ―が大勢いたそうだ。そこは昔と一緒。巻機山からはこれから先の上越国境線、そして平ヶ岳、越後三山、今来た上越国境と谷川連峰とその先に伸びる国境線、遠くに会津の山々と、白銀の山大会だ。さぞや嬉しかった事だろう。

 あたしはもう行けませんね。羨ましい限りです。