え、表、東西、中央が有って、何で裏が無いかって?裏丹沢を規定してる案内書も多いんだって?
尤もな疑問だ。冒頭にお断りしたが、私は稜線で山域を分ける。私には分かり易いからなんだけど、本来そう言うもんだと思って居るからなんです。
北アルプスを例に取ろう。黒部川流域とか、梓川流域とかに関係無く、稜線で区域を定める。後立とか表銀座とか、だ。其れと全く同じ発想だと思って下さい。
丹沢に裏丹沢が設定されて有る(多くの案内書にも有る)のは、沢登りをメインに考える観点からで、私が様な奴には無縁な事、一発で分かり易いのが一番大切なのだ、と思った次第。
矢張り、一番人が入らないのは西で有る。営業小屋は一つも無い。避難小屋は一つしか無い。中央は営業小屋、避難小屋、共に三件有る。東は、営業小屋が五件、避難小屋が一件、表は、営業小屋が三十件以上(!)、避難小屋は零。
どうです、小屋の数で、人の入り方で分かるでしょうが。
多くの人は、丹沢と言えば、表、或いは東を思い浮かべるのは無理からぬ事。
でも丹沢には、中央、西と言う、しっぶーい隠し玉が有るのですぞ。其処へ踏み込んで初めて、丹沢の素晴らしさが分かるのです。行った事の無い方が居れば、是非に、とお薦めしたいのです。
まあどっちにしろ、どうでも良い話で、文句をつける人(沢屋)は読んでっこ無いし、書くだけ無駄だったかな?私ははっきり決められたので、良かったけど、自己満足の章でしたなあ。失礼しました。
2011年3月6日日曜日
どう切り分けよう その五
2011年3月1日火曜日
どう切り分けよう その四
白壁の国宝姫路城に対する、黒い下見板の鳥取城、別名鵜城の様な、落ち着いた味わいの山域なのだ。其の癖、滅茶苦茶にヤバイ沢で周りを鎧って居るのだから、流石に見事で有る、としか言えない。
勝手に私が名付けた中央丹沢こそ丹沢其のもの、表や東の華やかさとは違った魅力を、秘めて居るのがとても良い。丹沢を好きな人は、絶対此の区域が好きな筈だ。まず間違い無いと自信が有る。お前の自信に意味有るのかって?残念だけど、無い……。
いぶし銀の魅力、丹沢の中の丹沢、うーん、良いじゃん、此れで行こう、中央丹沢は蛭からモロクボ沢の頭迄だ!是非此の案を広めて下さい。駄目?
で、モロクボ沢の頭から先の事だ。結構範囲は広い。ペッペッペ(アホな擬音の説明は省きます)。では、語りましょう。(此の時点でキーボードは唾塗れ、汚ねー)
大界木で北に鳥の胸(とんのむね)への尾根を分け、城ヶ尾峠から菰釣山(こもつるしやま。こもつりやまでは無い)へ到る。
菰釣山から南には、尾根と言うより山稜と呼ぶべき地帯を抱えて居る。大栂へ至り、其処から富士見峠と織戸峠へ尾根は分岐する。其れについては、其のうちに書きましょう(覚えて居たら)。
菰釣山から北には高指へ向かう尾根が有る。此の菰釣山こそ、の近辺のハイライトで有る。避難小屋が有るのも、此処で最後だ。
避難小屋が有ろうと無かろうと、山は続くので、おまけに東海道自然歩道だ。従って昔とは偉く違って整備は良い。倒木をくぐったりまたいだり、藪に突入したりしないで良いので、ラッキー其のものなのだ。
を超え、大棚ノ頭で北西に山伏峠への路を分け、南東に西丸(前の西の丸と同名、別山)、東丸への尾根を分ける。更に進むと、高指山、鉄砲木ノ頭を経て三国山に登り着く。
三国山から西に続く稜線は、篭坂峠に至って、其処から先は富士山なので、丹沢の最西端は、篭坂峠って事です。
さて、三国山から東へ向かい不老山に到る稜線が、西丹沢のシメってこってす。
そう、モロクボ沢の頭から先こそが西丹沢なので、広いですよ。それでも、昔流の区分から見れば、遥かにまともだと思われる。再々だけど、私案ですからね、根拠不明、私の勝手な考えです。
でも、同感してくれる人は多いんじゃないのかなあ。甘い?ふん、甘くたって良いのさ。私の案なんだから、学会で発表する気も無いし。取り上げられ無いだろうし。
此の山域は爽やかだ。入る人は本当に少ないけど、駿河の平地を見乍ら歩くのだから、とても良いんです。おまけに、一寸と火山性の土だし。富士山の傍だから当然だけど。一寸と丹沢らしくない丹沢なのだ。
此れで丹沢は五ブロックに分けられた。目出度い。独自の案だが、一応其れなりにはなって居る。
(どう切り分けよう その五へ続く)
2011年2月24日木曜日
どう切り分けよう その三
併し、犬越路はどう見ても重要なポイントなので、区切りとせざるを得ない。何と言っても、中川川(変な呼称ですなあ)の詰め上げなんだから。
ん、考えて見れば中川川の詰め上げは白石峠だ。犬越路が要視されるのは、神ノ川と中川川を結ぶ位置で有るからだろう。よし、先入観を捨て去ろう。元々どうでも良い、誰も興味を持たない話なんだから、思う通りに行っちまおうぜ!
訂正、中央丹沢は前記に大室山と加入道山を加え、白石峠迄とする。
ん、未だ半端だ。沢屋(沢登り専門の諸君)がきっと文句を言うだろう。絶対読んでっこ無いけどね。
中央丹沢と称する限りは、丹沢の核心部で有るべきだ。面白い事に丹沢の名だたる滝は、中川川と玄倉川に其の多くが有る。要するに、険悪な沢の巣窟なのだ。すると、畦ヶ丸を抜かす訳には行かない。
よし、持ってけ泥棒!無責任にも思い切って、中央丹沢はモロクボ沢の頭迄とする!
力んでも意味無いですなあ。元々無意味なんだから、虚しいと言えば虚しいです。でも続けよう。男は志だ(何の?)。
モロクボ沢の頭とは、相甲国境線上の小さなピークで、東南東に畦ヶ丸へ通じる尾根を分けるジャンクションなのだ。そんなの知ってるって?失礼しました!
再度訂正、中央丹沢は前記に畦ヶ丸と、南へ続く尾根、すなわち屏風岩山、権現山(世附)、そして東へ向かう尾根で権現山(中川)をも含み、モロクボ沢の頭迄とする。
やったね、此れで完璧だ。文句無く、何処から見ても間違い無く、中央丹沢だ。
蛭ヶ岳を下り始めて、臼ヶ岳や金山谷乗越しを越え、檜洞丸に登ってから、大コーゲ小コーゲを過ぎて笹の犬越路に至り、大室山、加入道を踏んで相甲国境線を行き、モロクボ沢の頭から畦ヶ丸に至る。核心部其のものではないか!
(どう切り分けよう その四へ続く)
2011年2月19日土曜日
どう切り分けよう その二
本に依って分岐線は異なるものの、大雑把に主脈で東西に分けるのが昔の通例だったのだが、地図を見れば一目瞭然、主脈では東に偏り過ぎて居る。此れでは丹沢のほぼ三分の二が西丹沢の領域となり、到底適切だとは思えない。
案内書の中には、丹沢と言えば沢登りと言う立場で、川の流域ごとに章を設けて居るものも有るが、私は稜線で区分けをしたいのだ。
何故だって?其の方が私には分かり易いんだもん。多分、貴方にも。
大山から始まり。ヤビツ峠、塔ヶ岳、鍋割、桧岳、秦野峠へ続く稜線、そう、小田急の車窓から見渡せる連なりを、表丹沢とする。
あ、此れはあくまで、私の勝手な区分けで有るので、何の根拠も無いのです。唯の勝手な素人の考察なので、気にしないで下さい、本気にしちゃ駄目ですからね。
此の区分は如何にも表丹沢で有る。文字通りとは此の事だろう。華やかで、しかも堂々と正面へ押し出して居る。此処を表丹沢と名付けずして、何と名付けよう。
秦野峠から大野山、或いは高松山、そして松田山、シダンゴ山への稜線は、前衛の山としたい。従って弘法山、仏果山及び経ヶ岳の南山、鐘ヶ岳や日向山、辺室山等も前衛の山でる。
大山三ッ峰、大山北尾根は東丹沢としよう。
さて、其の東丹沢で有る。ペッペッペ(手にツバを付ける音)。つい、いらぬ力が入るのが悪い癖だ。大山からの、北へ向かう二つの稜線と、塔から焼山への主脈、勿論丹沢三ッ峰、其れに袖平から風巻への尾根も入ると言う豪華版だ。
此れこそが東丹沢、如何にも丹沢と言う区域で有る。東京方面から眺める丹沢の連なりこそ、此の東丹沢なのだ、えっへん(私が威張ってどうすんだ)。
実は表丹沢と東丹沢が、丹沢を代表して居て、訪れる人の数も圧倒的に多い筈だ(例に依って調べてません)。余り丹沢に登る事の多く無い人は、丹沢と言えば表丹沢と東丹沢を思い浮かべるだろうと思う。
稜線の営業小屋も、檜洞丸を除いて此の区域に集中して居るのも、尤もな事なのだ。何せ、丹沢登山とは、殆どが表丹沢と東丹沢(再びお断りしておきますが、私の勝手な規定です、為念)が対象なんだから。そして、其処は確かに素晴らしい山なのです。
だからって、外が詰らないと言う訳では無い事は、断るのさえヤボってもんで、訪れる人の数はガクッと減るものの、ちゃんと、立派に、厳として、其の二地域以外の丹沢も、立派に丹沢なので有る。
蛭ヶ岳から檜洞丸を経て犬越路迄を、中央丹沢とする。石棚山稜と同角尾根も含むのは勿論だが、其れでも非常に狭い範囲で有るのは確かだ。
(どう切り分けよう その三へ続く)
2011年2月13日日曜日
どう切り分けよう その一
前にも書いたかな?ダブッても構うまい、どうせ誰も覚えてっこ無いんだし。其の前に、こんなアホなブログは読んでっこ無いに決まってるし(涙)。
泣くのは止めよう笑っちゃおー♪あ、こりゃこりゃ❤
いい年こいて自棄になるのは止めよう。見っとも無いだけだ。
西丹沢と言う区分けが有る。今でも有るだろうし、現にバス停にも其の名前が有るのだから、概念としては存在するのだろうが、最近のガイドブックは、西丹沢と言う区分けを設けなくなった。
一面賛成で、一面不同意で有る。
何年が分岐点だかは、例に依って面倒臭いので調べないが、昔は東丹沢と西丹沢と区分けした。
とか言い乍ら、一応見てみたら、平成四年の岳人カラーブックス「丹沢山塊」では、概要で東西丹沢の説明が有った。もっと細かく、五つの区域に分ける考えも紹介されて居る。但し、コース案内には東西の区別は無い。
では、もっと新しい処ではどうだろう。平成二十年の山と渓谷社版「丹沢」では、東丹沢、西丹沢、裏丹沢と三区域に分けて案内して居た。
いやー、調べて良かった。区分けしないガイドブックもる、が正しいのだ。惚けた頭の記憶なんぞを頼りにするもんじゃない。アブネエアブネエ。
因みに創元新社のハードカバー版、現代登山全集「冨士 丹沢 三つ峠」では金山谷と檜洞沢を結ぶ線で、あっさりと東丹沢と西丹沢を分けて居る。詰まり、檜洞丸を分岐点にして居るのだ。
尤も、此れは極めて珍しい区分で、殆どは主脈を境に、東西を分けて居る。平成二十年の「丹沢」でも同じで、其れに神ノ川流域の裏丹沢を加えて居る。
勘違いからだが、「東西の区分けを設けなくなったのは、一面賛成で、一面不同意で有る」と何故書いたかと言うと、主脈を境に東西を分ける考え方に反対なので、最近区分けがされない事に賛成で、正しい区分けは必要だと考えて居るので、最近区分けがされない事に不同意なのだ。
我乍ら呆れ返る。どうでも良い事を無闇と分かりにくい文章で書いて、一体どうしようってんだろう。誰がこんなもん読みたがると思ってんだろう?
でも、始めた限りは初志貫徹、最後迄やり遂げよう。
本当に大した話じゃ無くて、其の丹沢の区分けなんで、どうでも良い!と言われて当然です。従って、興味の無い方は此の章は飛ばして下さい。ったって、誰がそんな事に興味が有るの?ひょっとしたら、私だけなんじゃ無いかな?変態の章って事?多分当ってると思う……。認めるのが一寸と悲しい。
(どう切り分けよう その二へ続く)
