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2010年2月14日日曜日

色付くダイヤモンド その五

FH000077

 

 歩くったって、一、二時間掛かるんだから無理だろう。それに猪に襲われるかも知れないのだ。冗談です。怖いのは猪より人間で、人の乗った車は通るのだから、山道の方が安全な位だ。暴論?違うと思う。
 獣は無用な殺生はしない。獣に殺された記事なんざ、此の歳になる迄何度読んだだろうか。十幾つかだろう。人間が人間を殺した記事は、数え切れない。だから、本当に怖いのは人間なのだ。
 え、山道で悪い人間が子供を狙って待ち構えて居たらどうするって?うーん、在り得るが、其処迄心配したら、子供は学校に行けなくなる。困った、私が聞きたい、どうしよう?
 藤野から東野の路線も消えた。峠越えをしてのんびり行くバスだった。彼方此方の部落を結んで行くライフラインなので、どうにかはして居るのだろう。現に町営バスがやまなみ温泉迄は行く。其の先は何か有るのだ。そうしなけりゃ子供達が学……、繰り返しだ。
 大体調べもしないで書く事じゃ無い。分かっちゃ居るけど調べない、スイスイスダラダッタ♪著作権ギリギリなので止めよう。
 甲府から広河原へバスが行くのは凄い。二時間以上の行程だ。お陰で北岳が途轍も無く近くなった。夜叉神峠を越え、延々と走る。尤も冬は其の道を延々と歩く事になるのだが、其れは後の話としよう。
 前に北岳に倅と登った事を書いたが、其の時擦れ違ったバスが有る。勿論広河原から甲府へ向かうバスだ。其れが満員でぎっしりと人が立って居る。ゲ、どりゃー辛いでかんわ(名古屋弁、失礼)!こっちは悠々と座って居るが、立っていちゃあ苦しいだろうなあ、山登りも大変だなあ。何でそんな思い迄して山に行くんだろう?と、例の詰まらない冗談です。
 で、思い出したのは静岡から畑薙への三時間のバス。二昔半前、其のバスを静岡駅前で待って居たら、バスの始発駅は新静岡だと言う。え、何処だ?歩いて十分位だと言うが、こちとらキスリングを背負って行くから、十五分は必死に歩いて、汗まみれで着いたら、もう長蛇の列、ガックリです。
 で、立って三時間、トホホホ。と思ったら大間違い、はっはっは、キスリングは便利だ。置くだけで場所を取る造りなので、どうせ有る場所ならと、キスリングに腰を下ろして行けたのだ。普通のザックならそうは行くまい。
 三昔前の折立への三時間のバスも難行だった。其の時は座れました、はい、若かったのに座ってました(恥)。外にぎっしり立って居るのに。あ、待って、当時はバスの乗客は皆若かったのだ。私だけでは無い。ん、許そう。(良いでしょう、此の場合は)
 バス路線が無くなって困る話だった。長い路線の話では無い。丁度良い処(何処が?)なので、終わりと致します。

2010年2月11日木曜日

色付くダイヤモンド その四

FH010024

 

 黒部五郎の山頂は此の世の天国。色付く北アルプスの山々が真っ青な空の下、見渡す限り展開して居るので、息を呑んで仕舞うのは私だけでは無い筈だが、残念乍ら其の景観に接したのは、其の日は私と九州の男性のみ。(本当はもう一人遠く姿を見かけたが、其れには最早触れない約束)
 尤も、外の日にこんな素晴らしい景観が有ったとは思えない。冷静に判断しても決して有り得ない。何せこっちは前線通過の翌日なんだもんねー(此処で意味無く威張るのが、ガキだとは知ってますけど、つい……)。
 山頂で男性と私は挨拶を交わして別れる。彼は三俣蓮華へ、私は太郎平へ向かう。前述だが、一期一会です。
 太郎平の小屋でビールを買って飲んで居たらチューハイが有った。げっ、チューハイにすれば良かった。ま、どうでも良い事。
 翌日も快晴。どんどん下りた。何せ一日一本のバスに乗らねばならない。せっせと頑張った結果、バスを一時間待つ羽目になっちまったが、文句を言ったらバチが当たる。其のバスのお陰で此のダイヤモンドコースをやれたのだから。
 其れがですよ、乗客は二人だけ。バスから降りた人は三人だったかな。シーズンから外れて居たからだろうけど、此の按配では否応も無く再び廃止路線となるんじゃないだろうか。あの時行っておいて良かった!
 三昔前に此処でバスを降りた時は満員だった。夏だったからかも知れないが、登山者の絶対数が多かったのだろう。
 太郎平へ登って居ると、黒カッターに黒ズボンの女性に抜かされた。歳は当時の私と同じ位(三十一歳だったかな)の彼女は颯爽と登り、グングン離された。キスリングの荷物がハンデだが、クソッ(失礼)、女に負けて堪るか、と頑張ったが、完敗で有る。当時は未だそんな意地を持って居たんですなあ。
 因みに、山では勝ち負けは無い。若かったので、そんな頓珍漢な思いを抱いたのだ。
 折立のバスに戻ろう。乗り込んで三時間、終点の無人駅で小一時間電車を待って、地鉄で富山へ着く。立ち食いの立山蕎麦(富山の定番で、美味しいですよ!)を食い、ビールを買って列車に乗り込む。下山してから始まる旅なのだ。良いもんでしょう、一仕事を終えた列車の旅。車で来てちゃあ味わえないのです。其の上、車だとビールも飲めない。此れは完全な致命傷で有る(くどいですか?)。
 バス路線の話だった。つい、入れ込んで仕舞ったのは、余りに素敵な山旅だったからなので、大目に見てやって下さい。(ペコリ)
 昔は橋本から東野へ直通でバスが行ったと記憶して居る。何時からか、三ヶ木で乗り換える様になって、其れも廃線になったのが数年前。日に何本かは有るけど、通学用時間帯なので、登山には不向きだ。此れまで無くしちゃあ子供達が学校へ通えなくなってしまう。
 (色付くダイヤモンド その五へ続く)

2010年2月7日日曜日

色付くダイヤモンド その三

FH000010

 

 双六小屋に戻ろう。寒いので座る気も起きないので、唯突っ立って居る。雨と風のお陰でゆっくりと休める!
 良くしたもので、黒部五郎小屋に着いた時は天候は回復、薄日が差し始めて、目出度い。しかも水場は直ぐ其処、やったね。但し、シーズン外なので小屋は営業して居ず、冬季小屋を使用する。勿論こちとらご承知でい。だから夏用シェラフもシェラフカバーも確り担いで来て居るのだ。
 九州弁の六十位の男性と二人だけだった。以下男性と記す。
男性「良く降ったとですね」
私「寒くて、参りました」
男性「まっこと、凍えたですよ」
 書こうか書くまいかと、一寸と迷ったが、気持ちに引っ掛かって居るので書くけれど、余り良い話では無い。山では全てが綺麗事、では無いと言う意味です。
 男が一人やって来た。関西弁の中年入り口の男性だった。以下中年と記す。
中年「え、小屋はやってへん?難儀やなあ、どないしよ」
男性「自炊ばしよりますか?」
中年「小屋の食事でんねん」
 男性は自分の食料を分け与えた。私はシェラフカバーと、取って置きのお汁粉を(此処で食べるのを楽しみにして居た)渡した。相身互いで有る。今回は私と男性は小屋の閉鎖を知って居たが、次はどうだか分からない(勿論調べるけど)。
 此の夜は冷えた。悪い事では無いので、天候は完全に回復すると言う事なのだ。でも、ペラペラの夏用シェラフだけではきつかった。カバーの保温力とどっこいなのだから。と言う事は、中年氏にとってもカバーが無ければ、地獄の一夜となった訳だ。
 翌朝は弩急快晴、わーい!で、中年氏の所へカバーを回収に行くと無言で返す。何で無言なのかなと思いつつ朝飯を食べて居ると、男性が来た。
 あ、行った、とか来たとか、変ですね。冬季小屋と言っても大きいので、彼方此方に分宿して居たんで、それで無料なのは私にとっては、寒くたって天国です!
男性「あの方、黙って発ったとですよ」
私「え?」
男性「いや、早かね(笑)」
 九州人は偉い。四の五の言わないで笑って済ませる。何をだって?野暮天ですねえ、私に言わせなさんな。とか言い乍ら言っちゃう訳で、情無いったら有りゃしねえ。
 私は未だにあの中年(と言っても当時の私よりは若い人なのだ)の行動は、不思議の一言だ。何で食料をくれ、カバーを貸し、色々気を使ってくれた人達(其の人達も乏しい中から捻出してる)に礼も言わず、無言で去る事が出来るのだろうか?何が楽しくて山に登るのだろう。何が楽しくて人生を……、此の話しは止めましょう。本当に失礼をぶっこきました、未熟ですなあ。私は、九州の男性には死んでも及びません(汗)。

2010年1月31日日曜日

色付くダイヤモンド その二

 

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 翌日は南岳へ登って、槍の肩の小屋迄。楽ちんだなあー♪と思った私は、頗る付きの馬鹿だった。昔々に登った時は確かに、楽ちんだなあー♪でした。時は流れる。意識の外で流れる。貴方が亜光速で運動して居ない限り、等しく時は流れ、気が付けば皺が増え、毛が薄くなって行くのが世の習いで、あがらうのは野暮ってもんです。
 グチャグチャ言うのが最早野暮、反省するです。簡単に言うと、南岳へは辛かったの。昔は何でも無かったのに(だからあ、其れを言っちゃあ無限ループなんだって)。
 やっと稜線に出て槍へ歩く私を見て、雷鳥が笑って居た。クソ(失礼)、バテたおじさんが面白いのか?(多分そうだ)
 どうにか肩の小屋に着いたのは目出度いが、好天は以上を以って終了。自然相手だから、文句は言わない。
 翌日は雨の縦走、フン、大好きだもんねー。しかも秋の雨の三千m級、やったぜ!人けの無い双六小屋の前で休憩。寒くて震えるのが休憩とは、ちと情無い。
 単独の時の休憩とは、味気無いものだ。疲れるから休むと言うのは同じなのだが、一人で息を吐き、後はキョロキョロして居るだけなのは、何とも詰まらないのだ。だからどうしても直ぐ出発してしまう。そんな事言ってる様じゃ、単独行の資格無しですな。ま、歳だから何ともならないって事で、ご勘弁。
 処で、単独の時の話は大体バテバテになって居る。先ず外れが無い。空クジ無しの大盤振舞い、どうしてだろう?
 ふっふっふ。思い当たったぜ。
 単独の休憩は詰まらないと書いたが、其れも一つ。だから碌に休まない様になる。でも、休まざるを得なくなる(バテて)のだから、回数と言うより時間の長さだろう。
 複数なら、ああだこうだと詰まらない事を言い合って喜んで居るうちに結構時間が経って居るものなのだ。一人だと直ぐ発つ。此の差は大きい。
 そして最大要因はペースで有る。自分のペースは常に過去のペースだ。二年前だろうと一年前だろうと関係無い、過去は過去。
 体の覚えて居るペースに、今の自分が付いて行けないって事なのだ。って事は、一年でガタッと衰えるって事かい?ビンゴ!!!
 いやー、歳は取りたいもので、一年一年新たな自分を見出せる、楽しいなあ嬉しいなあ♪
 自棄になるのは止そう、いい歳こいて見っとも無いだでよ。実は其の通りなので、去年のペースは今年は無理な訳だ。でも自分は其れが分からない。今年の自分も、去年の自分と同じだと何の疑いも無く、自分も、そして自分の体(此の部分が大きい)も思って居る。或いは十年前のペースが未だに染み付いて居るのかも知れない。当然の結果としてバテる。
 複数なら自分の過去のペースを守れないので、バテないで済む。どうです、こんなとこでしょう、きっと。
 (色付くダイヤモンド その三へ続く)

2010年1月27日水曜日

色付くダイヤモンド その一

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 単独行で困るのは、麓のバス路線がどんどん廃止される事だ。殆ど登山者しか利用しない線だから、無理からぬとは思うが、パーティならいざ知らず、一人でタクシーに乗るのは、極貧契約社員の私としては、荷が重い。と言って、歩くには遠過ぎる。山に登る前からバテるのも、旦那、ご勘弁下せえ、の世界で、避けたいのは人情だ。
 合戦尾根を登りたくとも、中房温泉へバスが無い(筈だ)。ま、例の通り調べては居ない。その代り何処の登山口にも、車が止まって居る。車でしか山に行けなくなっちゃうじゃんかさー。嫌だよそんなの!飲めないし、大体、旅情が無いじゃないですか!
 前章の一期一会の時もそう。ブナ立尾根を下ってバス停に着いた(?)らバス停が無い。ウロウロ探し回ってっても無い物は無い。聞いたら路線は廃止だった。例に依って古い地図を持って行ったので……。結局、信濃大町へタクシーで有る。トホホホ……。
 処で、俗に日本三大急登と言われるのが、裏銀座のブナ立尾根、鹿島槍の赤岩尾根、甲斐駒の黒戸尾根。黒戸尾根だけは登降して居ないので何とも言えないが、ブナ立尾根は下るだけでもウンザリする。赤岩尾根もそう、同じくウンザリだ。
 ウンザリとは、段差の大きい(詰まり急な)下りを続けて、膝は笑い掛け、或いは笑い出し、しかも長いので何時までも続き、息を吐く間も無いので、もう勘弁してくんろー!と叫びたくなる状態を言うのだ。従ってウンザリなのです。
 登って来る人はもっと悲惨だ。一期一会の時も一パーティと擦れ違ったが、皆さんゾンビがやっと蠢いて居る(失礼)状態、生きて小屋に着いて下さい、と祈るのみ。オーバーでは無いのです。疑う方は、一度登ると(下っても)分かるのだ。
 バス路線が復活したと聞いた。折立への路線だ。富山地鉄の何とか言う(忘れちまった)無人駅から三時間位の路線だった筈だ。やったー、此のチャンスを生かさなきゃ、ダイヤモンドコースは一生やれない。
 余計な説明をしよう。知ってる方は御免なさいね。槍ヶ岳から三俣蓮華、其処から東へ向かい野口五郎を越えるのが裏銀座。西へ向かい黒部五郎を越えて太郎平に至るのがダイヤモンドコースで有る。
 此れをやれば、私の北アルプス主稜線のトレースは全て繋がる(朝日から親知らずが残るか……、此れは昔のルートには無いので、スルーしよう)。太郎平から薬師を越えて、剣岳へは、既に歩き済みで有る。
 一昔前の秋の日だった。五十を過ぎれば無理はしない(出来ない)。新幹線で名古屋、特急に乗り換えて飛騨高山、バスで新穂高に入り、染まる様な黄葉の中、槍平小屋へ着いたのは、早夕暮れ時だった。と書くと、何か素晴らしい入山に思えるけど、実際は寒い位なのに汗まみれ、やっと小屋に入って行った、が現実なのは、情無けれども真実なので、涙です。
 (色付くダイヤモンド その二へ続く)