山で強い人は、何たって良く食べるし良く眠る。Yなんざ理想的である。が、残念乍ら冷却装置に難ありで、直ぐにオーバーヒートするので、山で強い人にはなれなかった。
あたしなんざ山に入ると食べれない。中年以降は端緒になって、夜飯はおかゆにカップワンタンに少々のパンとチーズである。朝飯は少々のパンと細身のカップ麺、それとコーヒー。よくもまあ縦走ができたものだ。おまけに眠れない。夏でも冬でも眠れない。流石に零時近くなると焦って起き、ウイスキーをがぶっとやってやっと寝れる。軽い誘眠剤を処方されてからは、随分楽になったけど。
そうなんです、軽い睡眠障害です。単独で春山縦走なんて、やっちゃいけないのかもです。要するに山に弱い人の部類ですなあ。
食べられないとは、即ち発熱量が少ないと言う事。体が温まらないの。特に冬山では。最初の冬山(初冬だが)はIと登った鹿島槍で、その様子は既述。書いてなかったのは、あたしはカイロを持って行った事だ。確か白金(はっきん)カイロだったかな、アルコールを燃料とする。上の写真の様な物。Iは寒がっていたがあたしはカイロのお陰で寒くなかった。二十才だったからポカポカに感じた。
冬山を再開したのは三十才から。その十年の間に技術は大進歩を遂げていた。使い捨てカイロが登場したのだ。白金カイロでも良いんだけど、燃料を持って補充するって、面倒なんですよ。
その上、オーバーミトンに入れると手が暖かい。これは凄い事で、あたしの様な手冷え症にはもの凄く有難い。手が冷たいを通り越して痛くなるのだが、それを抑えられる。これは白金カイロにはできない。
自分で温める力が不足してる分を、便利な道具で補う。あたしが半世紀早く生まれていたら、冬や春の雪山には入れなかっただろう。思えば良い時代に山登りができた訳ですなあ。



0 件のコメント:
コメントを投稿