2025年12月31日水曜日

おまけ

 


 令和七年も今日で終わりだ。それなりに色々あったが、あっと言う間に一年が過ぎた。こんな調子で墓場へまっしぐらですよw

 この絶海の孤島の愚ログで、もう書いた事だけど、普通は一日数頁多くて十頁と不人気振りが際立っていたのだが、今年は一日百頁を超える日が三十日以上もあった、もっとかな。凄い時は千頁(!)を越えた。一体こりゃ何じゃあ。

 カボチャが当たる年もある。遭難した人が孤島に流れ着いたのかな。何時迄ダラダラ続ければ良いのかな。三日に一度のアップを心掛けているが、多少は頭の体操になるかも知れない。え、こんな駄文じゃ頭は使わないって? そうなんですよねえ。推敲を繰り返して無駄ない文章に仕上げるなんて気持ちは更々ないんだから。

 でもまあ一年無事に済みました。皆様方もどうぞ良い年をお迎えください。

2025年12月28日日曜日

休題 その六百十四

 


 昨夜井上尚弥対アラン・ピカソの試合がリアドで行われた。夜中なので、あたしは今朝ネットで見た。二試合続けての判定勝ちである。殆どの元チャンピオン、ボクシングユーチューバーはKO勝ちを予想していたから、外しまくってしまったですな。

 ピカソはディフェンスが巧いと言われていて、実際巧かった。ガードは完全に上げ、小刻みに左右前後に顔を動かす。足も止めない。そう動かない相手ならガードの上からでもパンチを効かせるのだが、的を絞らせないのだ。たまに良いボディを受けても、効いた素振りはしない。思いの他にタフである。

 唯ですよ、ピカソは挑戦者だ。ガードだけではなくパンチも出していたが、受け身だった様に思える。試合前は「このベルトを国に持って帰る」とのたもうたのだから、ガンガン攻めて勝ちに行かなくてどうするね。どう見ても勝ちには行かず、KOされない事が目的なのだ。そう考えるとネリやカルデナスのファイトは実に立派だった、最後迄勝ちを狙って戦い続けた。結局KOされたが、評価は上がった事疑いない。

 尤もピカソの評価も上がったと言われている。えー、何で?モンスターにKOされなかったから。どんだけ井上尚弥の評価が高いのかって事です。

 勿論打ち合いの中で尚弥もパンチを貰っている。それが喰らった、ではなく当たったと言う感じなのだ。尚弥も後半には本気で避けていない様に見えたが、あたしが素人だからかな? まあそうでしょう、パンチを喜んで受ける人はいないって。幾らピカソのパンチが強くないと言ってもです。

 ハードパンチャーとの試合は緊迫感がある。一発貰ったら試合がひっくり返る。アフマダリエフとの試合はそうだったんですなあ。今回を見ると前回の緊迫感が良く分かる。ド素人でも少しは分かる様になったですよ。

2025年12月25日木曜日

閑話 その五百二十三

 


 前章で、箱根蕎麦は創立五十年と書いたが六十年の間違いでした。訂正致します。

 多分、今年最後の(里)山歩きは二十二日の弘法山でした。何故高取へ行かなかったかと言うと、軽めにしたかったのと家を七時半に出るのが億劫だったの。それじゃあ廃人爺(じじい)だろ!との声は承知なんで、詰まり立派に廃人爺なんです(涙)。

 面白いもので、街中では急いでも速くは歩けず若者に抜かれまくっているが、山道に入るとそれなりに速度が出せる。環境の所為なのか気分の所為なのか、その両方でしょうな。皆さんアスファルトは歩きにくいと仰るが、やっとその意味が分かったですよ。

 快晴で無風、寒い日だったが条件はバッチリ、結構人も入っていた。権現山の展望台下の日当たりの良いベンチには、老年夫婦と中年女性の二人連れが間食を摂っている。夏なら逃げ散る場所なのにねw 上が展望台からの富士。塔が見えないのが残念な展望台だ。

 あたり一面冬枯れになった。

 

 かと思えば散り残った黄葉もある。


 

 若者が七人程走って来るのと擦れ違う。トレイルの姿ではない。ラストの女性が「私でラストです」と言う。大学生より五才は上の諸君だった。どこかの運動部かな? 昔S、Kと歩いていた時、高校野球部が権化山と吾妻山を走って二往復していた事があった。山を走るのはトレイルだけじゃないですな。


 

 弘法山に保育園児がいた。時々擦れ違うが、同じ保育園かどうかは分からない。弘法山、権現山は危険が全くないから引率者も気が楽だろう。高取山に登る保育園は根性が入っている。あの急坂を下らせるんだ、一瞬も気を抜けないだろう。まあ、特に事故がないから続けているんだろうが、秦野の子は強い!世田谷あたりだったら、想像もできないねw

 これで令和七年の山も閉じる訳だ。何とも情けない話になりました。