2025年2月28日金曜日

閑話番外 その百七十一

 

 
   

 あたしは丹沢を除いた本格的冬山は、年に 一回行けたかどうかだ。奥秩父に二回、八ヶ岳に七回、中央アルプスに二回、南アルプスに十回、北アルプスに五回、那須に二回ってとこだろう。そのうち小屋泊が七回、避難小屋が三回、従って幕営は十八回って事になる。

 幕営だって殆ど二泊、聖岳は三泊だった。いやいや、大したもんじゃないですなあ。それでも常に寒いと言うより冷たくて、一度小屋泊まりを経験すると丸で天国、雪を取って融かす必要もなく、朝凍った水を融かさなくても良く、暖房も効いていて布団で眠れ、撤収のあの物凄い冷たさもなく、一遍に人間がヤワになっちまうのだ。

 ここ十五年以上はヤワになったで、小屋か避難小屋(詰まり冬季小屋)専門になったのは致し方なかろう。現在は、冬山に行く事すら考えられない状況なんだけどね。

 三十歳から冬山を始め(二十代に一回行ったんだけど)て、ほぼ毎年の様に良くぞ冬に出掛けたものだ。三十代の頃は勢いってもんだろうが、四十代以降は結構キツい思いだったのだろう。その頃は幕営中心だったから。

 他のパーティは極めて少ない時代だった。人のトレースをあてにしていた(へへへ、汚い奴です)から人気の山を狙ったのだが、それでも殆ど人に会わなかった。人だらけだったのは五龍岳と赤岳で、あとはたまにパーティと擦れ違う位だった。あ、西穂高は割と人がいたか。鹿島槍も幕営地はテントだらけだったか。聖岳に至っては、三泊もしたのに単独男性と一パーティにしか会わなかった。今と違って冬山に入る人自体が極めて少なかった。登山ブームの狭間だったのだ。依って、冬山は寒くて孤独な世界だった。

 よーし行くぞ!と冬山へ行き、帰宅して風呂に入ってつくづく幸せを噛み締め、春山へ出掛けて下山して、やっと一連の行事が終わった。今は最初から終わってますw

2025年2月25日火曜日

休題 その五百六十七


  冬の夜空は豪華である。その中でも主役級はオリオン座だ。四つの星が造る四角の中に三ツ星がある。四つの星の左上が1等星のベテルギウス、赤い星である。

 オリオン座の左下におおいぬ座があり、1等星のシリウス、全天中で一番明るい星で、白く輝く。シリウスの左上がこいぬ座で、1等星プロキシオンがある。ベテルギウス、シリウス、プロキシオンを結んで”冬の大三角”と呼び、冬空のスターなのだ。

 オリオン座の左上にはふたご座、ここにも1等星があってボルックス。オリオン座の上にはぎょしゃ座、1等星はアルデバラン。オリオン座の右上はおうし座で、又々1等星アルデバランがある。そしてその右にはすばる。

 狭い範囲に1等星が6座も犇めいている。ね、冬の夜空は豪華絢爛金襴緞子でしょうが。もう冬も終わりを告げようとしているが、日が暮れれば南面は冬の星々の大共演です。

 オリオン座のベテルギウスだが、太陽の十六倍以上の質量を持ち”巨星”に分類される。巨星はやがて膨張し、その色は赤くなる。今がそれ。大きさは木星軌道なので、大きいと言う言葉は相応しくないかもね。メッチャでけえ!で良いかな?

 一時明るさが減少し、爆発間近かと騒がれた。検討の結果、多分十万年後あたりで爆発するだろう、と結論が出た様だ。とは言っても人類の知らない事情もあって、もう爆発しているかも知れない。

 地球はどうなっちまうんだ、との御懸念は尤もだが、五百四十八光年はなれているので、流石に地球に影響はない。半月の明るさで輝いて昼間でも見える、天体ショーである。

 因みにシリウスは太陽の倍程の質量だが、地球から8,6光年と近い為、一番明るく見える星なのだ。当分爆発しないのでご安心を。

 町田でさえ綺麗な夜空はなくなった。山の夜は、星座が分からない程の星なんです。

2025年2月22日土曜日

閑話 その四百八十一


 

 又もやネットで拾った遭難話で失礼。先日高取山へ行ったら数日腰が痛んで、情けなくも自分の話ができないので、済みません。

 六年前の七月、四十代の単独女性が雲取山を目指した。初日は三条の湯で泊まり、翌日登頂して下山し帰宅の予定。三条の湯は行きたかったけど、あたしは行かず終いになっちまったです。そんなのどうでも良いですねw

 翌朝三条の湯を出発して暫くで道が別れていた。彼女は間違った道に踏み込んだ。途中で変だと感じたが、強引に進んで足場は悪くなって行く。何故引き返さない?変だと思ったら引き返すのが鉄則だ。そして定石通り滑落した。幸い怪我はなかったがもう戻れない。自分の位置も全く分からない。

 彼女の偉かったのは、行程表を警察と家族に提出していた事。あたしなんかと違いますなあ。従って動き回らずに救助を待つ、と決めた。家族の依頼を受けた警察は三日間捜索し、打ち切った。山梨県警さんよ、一寸と早過ぎねえだか。七月なんだからさあ、生存の可能性は極めて大きいよ。

 家族は警察のアドヴァイスを受けて、民間の捜査隊に救助を依頼した。費用は掛かるが諦められないでしょうが。彼女は山岳保険に加入していたのも助けになっただろう。ここもあたしとは偉い違いですなあ。

 彼女は一日分の食料と水しかなかった。装備はアルミシートのみ。そのシートを被って孤独で不安なビバークが始まった。遭難二日目に水と食料は尽きた。でも彼女は動かなかった。水なしでは三日が限界とされている。水が切れて三日目には小さな痙攣が起き始めた。

 その二日後(遭難七日目)に彼女は発見された。××さんですか?と訊かれると笑顔で答えた。家に帰りましょうと言われて涙を零した。あたしも泣けて来る。動かなかったから水分なしでも耐えられた。家族を、そして必ず救助が来ると信じた結果の勝利です。

2025年2月19日水曜日

閑話 その四百八十


  ネットで拾った遭難話だが、双方の気持ちが分かって何ともなあ、と思わされたので書いてみましょう。登った事がない御在所が舞台。ロープウエイがあって登り易いが、山自体は中々の難物だとは聞いている。

 八年前に三十代の女性がロープウエイで御在所に登り、地図も持たずに中級ルートを下った。多分、登山経験はない人なのだろう。案の定道を間違え、変だなと思いつつ無理に下って、絶壁になった。上にはロープウエイが行き来している。そこで救助要請をを行い、警察の救助隊に救われた。

 良かったじゃない? それが、救助の警官が上から目線で説教し、警察で調書を取られた。宿には十九時迄に入らないと食事がない。そう言っても聞いて貰えない。散々文句を言われて始末書を書かされ、タクシーで宿へ行った。帰ってからXに不満を投稿して炎上した。「助けられたのに文句を言うな」との投稿が山の様に書き込まれた、って話。

 彼女は好きで遭難したんじゃない、警察は人を助けるのが仕事だろう、と思っている。その通りではある。登山者でなければそう思うのもある程度無理からぬ。

 携帯がなく、一晩ビバークして、ロープウエイの乗客に発見され命からがらで救助されていたら、彼女の気持ちは全く違っていただろう。唯々涙、感謝のみだったのではないか。

 簡単に救助要請できるので、遭難自体をも簡単に思えるのでは。救助に当たる人々の大変さ、場合に依っては命懸けの任務である事が分からない。

 昔は携帯はない。うっかり遭難すると容易く死に至る。だから「山は怖い」「山では慎重に」「装備準備は万全に」と気を付けた。誰も死にたくないからだ。

 毎年遭難が増えているが、あたしは携帯もその原因の一つだと思っている。救助隊員にしたら、堪ったもんじゃないでしょうね。